朽ち祠の手

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朽ち祠の手

作家という職業をやっていると、それなりに作家同士にも付き合いというのは生まれる。もちろん、昔ながらの孤高の作家気取りの人間はいないこともないが、この世界ではやはり、横のつながりも重要だ。どこかに伝手がないと自分の作品をすくい上げて貰えないので、どんな力作を書こうとも孤高を気取っていてはやはり本は売り出せない。 世間で『煎田清一』といえば、『おかしな怪奇小説ばかり書く変人』というイメージが定着しているようなので、こんなことを言うのは意外かもしれないが、現実とは得てしてそういうものなのである。 とは言っても、私は作家全員と親交があるわけではない。同じ怪奇小説作家の中でも当然いけ好かない奴はいるし、逆に内容的には全くそりが合わないような推理小説を書くような人間と親交があったりもする。 さて、その友人作家の中に、西田秀雄(にしだひでお)という人物がいる。西田は怪奇小説作家で私とは十年来の付き合いがあったが、彼は数か月前に突如断筆を決意し、文壇から姿を消してしまった。 断筆の理由は本人によると『何も思いつかなくなったから』ということらしいが、最近の西田は言動が妙だったり、顔つきもどこかくたびれている様子だったので、私は心配に思っていた。 そこで私が何かあったのかと西田の家に行って訊ねてみたが、彼は『いや、何もないさ。ただ本当に新しいプロットが思いつかなくなってしまったんだよ』というばかりだった。だが、それでもなお私が食い下がると、西田は諦めたようにこう言った。 「俺が辞めたのは、自分の才能に自信がなくなったからでもある。しかし、それ以上に俺は怖くなったんだよ、この仕事が」 どういうことだ、と問い返すと、 「細かい事情は、全部ここに書いてある」 西田は私に黒のUSBを手渡した。 以下の内容はこの西田のUSBに残されていた文章をそのまま掲載したものであり、一切の改変は行っていないということを断っておく。
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