Primitive tale

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 この頃、学界では一人の男が指弾され、(あざけ)り者とされている。倫理にそぐわぬ提案を幾度も出しては否定され、なおもしぶとく類似案を提唱しているものだから、周囲は皆呆れかえってしまっているのだ。  男の姿は、子供に描かせた学者の絵みたいなナリだった。痩せぎすの長身で、丸い黒縁の二つの輪を目元でいつも不機嫌そうにかけており、青ざめた肌の色は彼が愛着をもって着まわしている薄緑の上衣にそっくりである。  黒髪は常にキッパリ分け目が揃えられ、猫背のくせに、革袋の履き物は入念に油で磨かれていた。  男の名はアルマノイド・ソレスチア。  生物学に奉仕する研究者であり、メルセオ王朝の世において学問の権威と名高きマッガス一門に従い、博士の称号を戴いている。齢は三十一歳。男の盛りにある時期だ。  さて、アルマノイド博士は現在、発表の場において熱弁を振るっている。冷えた視線の円心に立つ彼の黒い双眸(そうぼう)は、ランランと煌めいていた。 「私達は、早急に滅ぶべきだ。今ここで私を見ているあなたも、お前も、そこもとも、君も。己が人間であり、人間だと自覚している者には(あまね)く滅びを受け入れて貰わねばならない」  木造舞台、天井のないすり鉢状の座席は三百。青空の陽が板目を照らす。満場の中においてアルマノイド博士の言霊は響き渡る。 「我々は世界における役目をすでに終えているのだ。田畑を耕し、家畜を育て、社会形態の確立も済ませた。もういいだろう、次の世代に世界を譲る潮時が迫っているのではないだろうか」  また始まった。  あんたの終末論は聞き飽きた。  君こそ次に発表する者へ場を譲ればどうかね。――聴衆から雨のように野次が降る。アルマノイド博士は笑っていた。 「はーははは、ははーはは。原初的本能のままに生き延びたいと願うのは、諸君らもとい我々が動物であり、神によって認められた摂理の一枝に過ぎないからだ」  アルマノイド博士はいつにもまして機嫌が良かった。舞台の上から眺める景色は、己を理解できない愚か者ばかり。しかし今日は違うのだ、凡人共がようやく分かるトピックを用意してある。 「今、人類に無くてはならないものは何だろうか?」  アルマノイド博士の語り口には、お伽話を子に聞かせる気配があった。 「それは、輪廻の受容である」
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