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「あ」
「え!」
横から伸びてきた指先が白梅の手と重なった。その体温にあ、と小さく言葉を発した白梅と対照的に、同じタイミングで本に手を伸ばしていた明星は目を見開いて大声を上げた。その声を聞いた図書委員から「静かに!」とカウンター越しに注意が飛び込んでくる。
二人揃って叱られてしまった手前、白梅は気まずそうに身を縮こまらせながらちらりと明星の顔を見た。すると明星はバツが悪そうに「ごめん」と同じく気まずそうに背を丸めた。
「何をそんなに驚いているのか」と白梅が不思議に思っていると、明星は声のトーンを落としつつぼそりと「宇宙、興味あるの?」と先ほどの本を指差した。白梅はその質問に首を傾げつつ、平坦な声で「いいえ?」と告げた。
その返答に、明星は再び目を見開く。
「え、じゃあなんで読もうとしてたの?」
「私は藤原定家が好きなの。彼が書いた明月記に関する本なら読んでみようと思って」
「テイカ……って何した人?」
「平安時代の歌人よ。和歌の名手だったの」
「和歌……和歌ってあの、”春はあけぼの”ってやつ?」
「それは枕草子ね。それと、枕草子は和歌じゃなくて随筆よ」
奇妙に噛み合わない会話を繰り広げながら、明星は多くの疑問符を頭に浮かべたような表情で相槌を打った。
対する白梅は、平静を保ちつつも誰かと歌人について話す楽しさに内心震え上がっており、必要以上の予備知識を添えないように真顔の裏で懸命に自制していた。
そしてふと、明星もこの本に手を伸ばしていたことを思い出す。未だに会話内容を噛み砕いている真っ最中であろう様子の明星に向かい、今度は白梅が質問を投げた。
「じゃあ、貴方はこの本のどこに惹かれたの?」
「僕は宇宙に興味があって。この”かに星雲”に関する紹介文とか」
「カニ……え? カニと宇宙になんの関係性があるの?」
「ああ、かに星雲っていうのは今から1000年ぐらい前に起きた超新星爆発の後にできた星雲のこと。見た目がカニの足に似てたからそう名付けられたんだって」
「ちょ、チョウシンセイ爆発……?」
「星の寿命が尽きる時に起こる爆発のこと。ほら、こんな感じに」
そう言うと明星は本の表紙を指さした。様々な光で溢れたその馴染みのない光景に、白梅は数回瞬きを繰り返した。
「……物知りなのね。私じゃとても理解しきれなさそうだし、貴方に譲るわ」
「え、でも僕は藤原テイカとか、和歌とか全然知らないし」
「………。」
「………。」
互いに譲り合い、いつしか沈黙が訪れた。気まずそうに視線を落とした白梅の傍ら、明星は躊躇いがちに口を開いた。
「……一緒に読む?」
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