お姉ちゃんだから

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 わたしが二歳になるお誕生日の三日前、妹は産まれた。もちもちすべすべで、いい匂いがして、髪の毛はぽやぽやで。ママもパパも、お姉ちゃんになったんだよと優しい顔で言ってくれた。  嬉しかった。これからわたしが、妹を守ってあげるんだって。  妹が産まれてから、ママもパパも忙しそうだった。今までは、わたしひとりが構ってもらえたのに。散歩だって、いつも行っていた大きい公園じゃなくて、近くのブランコしかない公園になった。ごはんだって、おやつだって、時たま遅くなることもある。  でも、わたしはお姉ちゃんだから。  それくらい我慢できるの。  妹が初めて話した言葉は、ママでもパパでもなく、わたしの名前だった。パパは悔しそうだったけれど、ママは何故かとっても嬉しそうにしていた。でも、当たり前だと思う。だって、パパよりもママよりも、わたしが一番妹と一緒にいるんだもの。  妹が歩けるようになったら、また、大きい公園に行けるようになった。妹がボールを投げて、わたしがボールを取りに行く。取ってきたボールを妹に渡すと、とっても楽しそうに笑うの。私も嬉しくなって、一緒に笑った。  かけっこしたり、花の匂いを嗅いだり、ちょうちょを追いかけたり。毎日たくさん遊んだ。ひとりで公園に連れて来てもらった時よりも、うんとうんと楽しかった。  雨の日はお揃いのレインコートを着た。なかなかお揃いで売っていないからと、ママが作ってくれたの。そのレインコートを着て妹とお散歩すると、必ずみんなが振り返って「可愛い」と言うのよ。前は雨の日の散歩は嫌いだったけれど、それからは大好きになった。  妹とは誕生日が三日違いだから、誕生日会はいつも合同だった。でも、そんなの気にならない。妹と私の食べられるケーキは違うから、ママは毎回ちゃんとケーキを別々に用意してくれるもの。  妹が小学校に入ると、ママもお仕事に行くようになった。散歩も近くのブランコしかない公園に戻ったし、ひとりで毎日お留守番はとっても暇だ。まぁ、わたしももう小さい子どもじゃないから、ゆっくりお昼寝するのも悪くない。  それでも、妹が学校から帰ってくると、遊んであげたり、おやつのお世話をしたり、宿題を見てあげたり、危ないことをしないように見守ったり、忙しくなる。  だって、わたしはお姉ちゃんだから。ちゃんと面倒を見てあげなくちゃね。 「ただいまぁ!」  詩織が学校から帰ってくると、真っ先に向かうのは、ナナのところだ。最近は、リビングの日当たりの良い窓辺で昼寝をしていることが多い。 「ナナちゃん、今日もお留守番おつかれさま」  手洗いやうがいは後回しだ。まずは、ナナの茶色くて巻き毛のふわふした背中の匂いを嗅いで癒されるのが先なのだ。ナナの背中に顔を埋めていると、背中ごとしっぽをふりふりと振ってくる。 「わかったよぅ。手を洗ってくるよ」  手を洗った後は、ナナと一緒におやつを食べる。詩織は、ママが用意してくれたマドレーヌ。ナナには、いつものチーズのおやつ。時々、詩織が床にこぼしたおやつを、ナナが拾って食べてくれる。だから、チョコレートが入っているお菓子は、ナナの前では絶対に食べないことにしている。  おやつを食べた後は、ナナと一緒に遊ぶか、先に宿題をやるかいつも悩ましい。 「今日はピアノのレッスンがあるから、ママが帰ってくる前に宿題を済ませなきゃなんだよなぁ。ナナちゃん、遊ぶのは宿題が終わってからね」  六年生にもなると、低学年の頃よりも宿題の量はぐんと増えるのだ。苦手な算数のプリントをうんうん唸りながら解いていると、足元でナナがくうんと鼻を鳴らした。 「うん、難しいんだよ。この問題、ナナちゃんはわかる?」  プリントをナナの目の前でひらひらとかざすと、ナナは首をかしげて詩織を見つめてくる。 「だよねー。さすがのナナお姉ちゃんにもわからないよねぇ」  詩織はまぁいっかと呟き、次の問題を解き始めた。カリカリと鉛筆の音が響いている間、ナナは大人しく詩織の足元で丸くなっていた。 「終わった! ナナちゃん、遊ぼう!」  プリントも鉛筆もそのままテーブルの上に広げっぱなしで、詩織はナナを抱き上げてソファの上にぽすんと座った。 「今日も、ひろくんがいじわるしてきたんだよ。ほんと、毎日嫌になっちゃう」  ナナの頭を撫でながら、詩織は眉をひそめる。隣の席の大翔は、何かにつけ詩織にちょっかいを出してくる。髪の毛をひっぱったり、歩いている時にわざとぶつかったり、休み時間に読んでいる本を取り上げたり、消しゴムを隠したり。  そんな事が続いて嫌になり、休んだ次の日は特にひどかった。何で休んだのかとか、明日は休むなとか、一日中うるさかった。 「中学校では、別のクラスになるといいなぁ」  くうんと鼻を鳴らし、ナナが詩織の頬をぺろりとなめる。 「うん。ありがとう、ナナちゃん。あ! 明日の朝の会、スピーチはナナちゃんの事話そうかな?」  ナナの丸い目を見つめて、詩織はいたずらっぽく目を輝かせる。 「私には、とってもかわいいお姉ちゃんがいます。私が生まれた時からいつも一緒にいてくれて、たくさん遊んだり、悩みを聞いてくれたり、とっても優しいお姉ちゃんです。どう?」  詩織の言葉に、ナナも嬉しそうにひと声鳴いた。 「ナナちゃんとお揃いのレインコートの写真も持って行って、みんなに見せてあげよう!」  テレビボードの上に飾ってある写真を手に取り満面の笑みではしゃぐ詩織の足元を、ナナもくるくると走り回った。
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