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見た目こそ魚に見えるが、水草という話だった。
ガイドの人がそう言うのだから間違いない。
草地に点在する澄んだ池塘には、いろんな種類の浮草や水草などが茂っていて、それぞれがしつらえられたように美しい。
しかしその水草だけはどうにも浮いて見える。
アブラビレから細い茎が伸びていて、それが水草本体と繋がってはいるのだが、見た目はまったく魚そのもの。というか、イワナそのもの。だいたい植物がエラを開け閉めしたり、ヒレをひらひらさせたりなどという動きをするものだろうか。
もちろん正真正銘のイワナも泳いではいるのだが、水草イワナのほうを特段気にかけている様子はない。とはいえ本物のイワナは同じく本物のイワナに対してさえ特段気にかけている様子はなく、お互い近づき過ぎれば小競り合いを演じる程度のものではある。
本当に水草なのかねえ。
と、誰に言うともない疑問を引き受けて、ガイトは言う。
水温が低く、ものが腐らず、生き物の育ちも悪く栄養に乏しいこの環境で、水草が己の生存のために遂げた、これは進化の果ての形態なのです、と。
事実、水草イワナは本物イワナと同じように、水生昆虫などを食べるらしい。
それは本物イワナとおよそ変わるところのない器官によって消化され、アブラビレから繋がる茎を通って本体へ着実に栄養を届けるとのことだった。
食べたらやっぱり、魚の味なんですかね。
と聞くと、ガイドは言った。
祖父の話によると、少し肉がぱさつく以外は普通のイワナと変わりないみたいです、もっとも現在は絶滅危惧種に指定されているので、味見はできませんけれど。もちろん僕も、食べたことはないです。
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