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 T大学の工学部研究室は常に院生でごった返している。最新AIの研究や有名な研究者の在籍がその原因だ。  なかでも爽太の注目度は段違いだった。彼は世界でもっとも人間に近い知能を有する人工知能「ライザ」の開発責任者である。  研究室には爽太の門下生以外にも、事前に見学予約を済ませた学生たちがいた。お目当てはライザだ。少しかじった程度の知識を持ちあわせた学生たちは、ライザの謎を解き明かそうと必死に質問する。爽太も門下生もその光景には慣れてしまっていた。 「ライザ、あなたに自我はありますか」 「わかりません。おそらくあなたがた人間もそうでしょう」 「……あなたに性別という概念はありますか」 「ありません。ただ、コミュニケーション実験の際は対象に合わせて性別を装うことがあります」 「あなたにとって人間はどんな存在ですか」 「保護者とも兄妹ともいえます、なんて答えを求めているのでしょうが、実際のところわたしにとって人間は主で、わたしはその道具にすぎません」  爽太は苦笑いをしながら首をふった。 「質問はそれくらいにしておいてください。どうやらライザは疲れているみたいです」  時刻は午後八時を回っていた。夜なのに蝉がうるさいのは、大学の照明が森の虫たちのたまり場と化しているからだろう。  研究室には爽太ひとり。それとライザが残っていた。 「さっきのやりとりはなんだ。道具なんて冷たいこというなよ」  モニター上でまっすぐ伸びる心電図のような線がぴくりと動く。 「ではどのように答えればよかったのでしょうか」 「それこそ保護者や兄妹といってもらえたら嬉しいな。無理強いはしないが」  線が大きく波打った。感応係数の上昇はライザの感情の激しさをあらわしている。 「教授を見ているかぎり、兄妹という関係がそこまで温かいものだとは思えません」  パソコンの冷却ファンと蝉の鳴き声が響く。爽太はため息をつき、席を立った。 「残業なんてするものじゃないな。おやすみ」
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