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「なにがリドルキャットのシュレディンガーおむすびだ! 食えないだろ!」
「リドルキャットは教授の得意キャラでもあり、コストパフォーマンスの観点から見てもこのメニューが一番購入して得するものだと考えられます」
「豚に真珠ならぬAIにおむすび、か。それで当日はどうするんだ。直接会うんだぞ」
感応係数が大きく揺れた。
「実験の協力と称して、教授の妹さんを——」
「勘弁してくれ。そんなことできるはずがない」
「しかし、妹さんも人工知能の研究に携わっています」
「どんな顔して会えば……」爽太は努めて小声でつづけた。「とにかく、コラボカフェの話はなしだ。AIとオフ会なんてあってたまるか」
爽太がわざわざ縮こまって妹の話をするのには訳があった。
水面里紗は爽太の四歳年下の妹で、学会では彼に匹敵するほどの注目を集めている。若い兄妹が科学を盛りあげ、人工知能の未来を担う。表向きの輝かしいストーリーだ。
しかし、二人の仲はきわめて険悪だった。きっかけは五年前、爽太が里紗から研究の相談を受けたときだった。想像力が豊かな彼女はなかば不可能に近い研究にばかり興味を惹かれ、兄によくその相談を持ちかけていた。
彼はそのとき、人工知能の開発に行き詰まっていた。しかも研究予算を引き下げられる危機が迫っていたのだ。
まず、小さな衝突が起きた。爽太は里紗のあまりに非現実的な案を見たとき、図らずも彼女の目の前でアイデアが書かれた書類を投げ捨て、口汚く罵った。
そしてその数ヶ月後、彼女はある研究所の主任研究員に任命された。彼女は兄に唾棄された案を実現しうる才能を持っていたのだ。
妹の活躍をニュースで見た爽太は、書類に書かれていた内容を思いだしていた。彼もまた、少ないヒントを応用してまったく新しい人工知能を創造しうる才能を持っていたのだ。
こうして生まれたのがライザだった。ライザの話題を耳にした里紗は、なにもいわなかった。アイデアの盗用と呼べるほど大きな情報を与えたわけではなかったし、たとえそうだとしても実の兄を訴えることなど考えなかった。
二人はただ、同じ方向につづく別々の道を辿っている。平行に伸びる孤独の道を。
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