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──いつからだったっけ。
──私が、るるか達に嫌がらせをされるようになったのは。
私は佐々波ゆら。今は中学1年生で、テニス部に所属している。
ごく普通の中学生で、普段は特に支障もなく過ごしている。……普段は。
しかし、部活の時間だけは違った。
間宮るるかは、同じ小学校出身でクラスメイトだ。
常に取り巻きが彼女を囲い、話し声がクラスどころかフロアに響き渡るような人だった。
小学校のころは特にいざこざもなく、地味な私とは挨拶を交わすこともない……それだけの人だったのに。
きっかけは今年、学年でいちばんイケメンと言われている佐々木啓の言葉だった。
その頃は出席番号順に席が並んでいたから、佐々木、佐々波と私達は並ぶわけで。
誰に対しても友好的な佐々木くんは、私によく話しかけてくれた。
そんなある日、彼は私にこう言った。
「佐々波って優しいし、結構可愛いよな!」
何気ない一言を聞いたるるか達は、私に悪口を言うようになった。
それも部活のときだけ、直接的な危害などは加えられていないのが辛い。
「──ねえ、ゆら。何ボーッとしてんの?」
「……ぁ」
私に高圧的に話しかけてきたのは、るるかだった。
大方、私を馬鹿にしに来たのだろう。
何か言おうとしても、謝ろうとしても、私の口は思いどおりに動かない。
(──……怖い)
今日は何を言われるかな。
考え始めるときりがないのはわかっている。 なのにそのことが怖すぎて……私の頭は全く他のことを考えてくれない。
「聞いてなかったの? 今日は私とあんたがラリーすんだよ」
「……は、ぃ」
なんとか声を絞り出しても、声は小さくなってしまう。
私とるるかでラリーなんてほんとはしたくない。
……でもそうしないと。そうしないと、もっとひどい言葉をるるか達にかけられるだろうから。
その一心で、私はラケットを持ってテニスコートに立つ。
審判の声を聞いたるるかは、ボールを上に投げてサーブを打つ。
でも私は、そのボールを拾いにいこうとは思えなかった。
(勝ったらだめ。調子に乗ったら、だめ……)
心のなかでただただ呪いの言葉のように唱えていると。
──飛んできたるるかのボールが、私の顔すれすれを飛んでいった。
突然のことすぎて呆然とする私に、すかさずるるかは声をかけた。
「ねーなにしてんの? 少しは避けようとか思わないわけ?」
言い返したい、と思った。でも、るるかが怖くて言い返せない。それはいつものことで……。
何も言えない私を見たるるかの手下みたいな立場の、めると鈴音もるるかに便乗する。
「危なかったねー。顔に思いっきりぶつかりそうだったし」
「ねー。でもさ、あんま変わんなくない? もともとブッサイクだもん」
「あははっ、確かにー! 鈴音の言う通りだー」
ひどい言葉。それでも、もう言われ慣れた言葉。
それはきっと、私が佐々木くんに「可愛い」って言われたからだろう。
調子に乗るな、お前なんて可愛くないって意味を込めて……。
(別に、調子に乗ったりとかしてないんだけどなあ……。私が可愛くないってことくらい分かってるっつーの……)
もう何回心の中で言ったか分からない言葉をこの日も言う。
そのときだった。
──ゆらは可愛いよ! ブサイクなんかじゃないもん!
またか、と私は思った。
ここ最近私が自嘲の言葉を思い浮かべると、誰かの声が聞こえるのだ。
最初こそ気のせいかと思ったが同じことが1ヶ月も続き、私は認めざるを得なかった。
でも、私がほんとはそう思っていて、心の声が誰かの声のように聞こえてるわけではない。
だから分からないのだ。
そんなことを考えていると、るるかから2回目のサーブが飛んできた。
私が動けないと思ったのだろうか、遠くの方へとボールが飛んでいく。
思わず反射的に手を伸ばそうとして、直前で止める。
(また、何か言われてしまう)
私にるるかの放ったボールが取れるわけはないのだ。
それを分かっていてラケットを振ったら、るるか達に新しい会話のネタを作ることになる。
(まあどっちにしろ、何か言われるのは変わらないけど)
そしてボールの方へ向かって足を踏み出したところで──私は夢から覚めたのだった。
(──夢……)
どうやら、私は昼間の出来事を夢に見ていたようだ。
るるか達への恐怖は、夢の中でも消えてはくれないらしい。
(……誰か、大人の人に言えたらいいのに)
でもそれも無理だ。
るるか達には悪口こそ言われているが、実際に私に危害を加えていない。つまり証拠がないのだ。
仮に信じてもらえたとしても、るるか達は私への嫌がらせをやめはしないだろう。
友達に愚痴を言おうとしても、私には気軽にメッセージを送ることができる友達がいない。
結果的に、私はるるか達のことを誰にも言うことは出来ないのだ。
(テニス部の顧問の先生も、気づいてはくれない)
いや、気づいてはいるのだろう。
ちらっとこちらを見遣ることがあることも、たまたま居合わせたこともあった。
しかし、そこまででもないと思ったのか──はたまた、手を出してとばっちりを喰らいたくないのか。
いつもいつも、見なかったフリをして去っていくのだ。
(……ストレスを発散できたら、多少は辛くなくなるかな……?)
明日の朝聞いてみよう、と思いながら目を瞑ると、私はいつの間にか眠りについていた。
△▽△▽△
「ねえお母さん。ストレスってどうしたら発散できるかなあ?」
朝食を食べている途中で、私はそう切り出した。
お母さんはというと、何回か目をしばたたかせたあとに、しっかりと答えてくれた。
「そうねぇ……ゆらも同じかどうかは分からないけど……私は裁縫をすると心が休まるわ」
「…………裁縫、かあ」
(やってみよう……かな?)
幸い今日は日曜日なので、学校の授業も部活もない。
確か、クローゼットの奥深くに小学校で使った裁縫道具があったはずだ。
食事を終えたあとは、リビングでテレビを少し見る。それは私の習慣だった。
しかしそんな時間が続くと、次第に暇だな、と思う。
テレビのチャンネルを回してもめぼしい番組はやっていない。
(……裁縫道具でも探すかなあ)
ふと思い立った私は、すぐに立ち上がって2階にある自分の部屋へ向かう。
お母さんはといえば、十数分前に「お昼ご飯の食材が足りないから買ってくるけど……他のも見るから結構遅くなるかも」と言いながら買い物袋片手に出掛けていったところだ。
自分の部屋に着いた私は、早速クローゼットのドアを開いた。
クローゼットの中を見渡すと、裁縫道具が下の方に置かれているのを見つける。しばらく放置されていたからか、だいぶ埃を被っていた。
「久しぶりだけど……出来るかなぁ?」
蓋を開くと、懐かしい針や糸がしまってあった。数年前まで使ってたのにもう懐かしいんだなあ……。
針を一本取る。適当に取った黒い糸の先を針の穴に近づけてみる。
少しだけ奮闘したけど、なんとか通ったので一安心だ。
玉結びも感覚で適当にやってたら、奇跡的に出来た。本当に奇跡……。
(とりあえず布でも縫ってみようっと)
裁縫道具の中に入っていた布を取り出す。 表から針を通して、裏からまた針を通す。
「痛ッ……!」
やっぱり私は、細かい作業に向いていないのかな。
しかも差した指からは、だんだんと血が滲み出てくる。
多くはない深紅の液体が、私の指を伝っている。
「………………はぁ」
なんだろう。
血を見ていると、自然と気が滅入ってくる。
それどころか、よくない思考さえ私の頭を埋め尽くす。
(…………いっそ、死んじゃうとか?)
このまま指をぐさぐさ刺せば、……出血過多とかなんとかで死ねるんじゃ?
よくないことは分かっている。
しかし、だめだめ、と思考を振り払うほどの気力もない。
そのときだ。
『だめ! だめだよ! ゆら、死んじゃだめ……ッッ!!』
いつも、私が自嘲すると聞こえてくる声が、今日も聞こえてきた。
……でも、何か違う。
少しだけ考えて、私はすぐに気がついた。
(──……近い。声が)
心の中で呟いた私がゆっくりと振り向くと、
……そこには女の子がいた。
浮いている。ふわふわのワンピースを着た、すごく小さな女の子。
金色の長い髪の毛は、左右で結ってツインテールにしてある。
同色のきらきらな瞳は、まるで宝石のようで……。
「──あ、あなたは……?」
震えた声で、目の前の女の子に呼びかける。
私の声を聞くと、女の子は嬉しそうに答えた。
『ユーのことっ? ユーはね、ゆらの妖精なのっ!』
「……ユー? それがあなたの名前なの?」
『うんっ!』
笑顔で頷く女の子──ユー。
いや、それよりも。
(私の、妖精……?)
他のことはまだよく理解出来ていないが、それだけは大体分かる。
ということは、だ。
「今まで私に呼びかけてたのも、ユー……なの?」
私が恐る恐る聞くと、ユーは待っていましたと言わんばかりの満面の笑みで答えた。
『そうだよっ! だってゆらには死んで欲しくないもん……』
「あ──」
ユーの言葉に、私は思わず言葉に詰まってしまった。
ユーはさっき、私の妖精だと言っていた。
今まで私に『可愛いよ!』とか『ブサイクなんかじゃないよ!』って呼びかけてたのは、そういうことだったのだろうか。
(ユーは、ほんとに私の……)
私が悲しむときに、いつも励ましてくれていたのはユーで。
ユーは、私の妖精で。
にわかには信じがたいが、それが現実で真実だというのならば。
(……信じたい。それで私は、ユーに心配をかけなくてすむようにしたい)
そう思う。
私の心の声が聞こえたわけではないだろうが、ユーはふわ、と微笑を浮かべる。
それがいいよ、というかのように。
私も微笑みを返すと、ユーはすっ……と空中に消えていく。
ユーがそれだけを伝えるためにここに来ていたからなのだろう。
でも、私はちっとも悲しくはなかった。むしろ、感謝していたから。
(ありがと、ユー。明日から……頑張れそうだよ)
ぎゅっ、と胸の前で手を握る私には、既に強い覚悟があったのを、自分でも感じていた。
△▽△▽△
翌日、私は普段以上に──否、普段とはうってかわってとてもやる気に満ちていた。
朝もすっきりと起きれたし、準備も前日に用意して今日は持ち物の確認までした。
私がそんな意気込んでいるのには、もちろん理由があった。
(今日こそは、るるかたちに文句を言ってやる……!)
なんだかいつも根暗気味の私らしくはないが、それもいい変化だとは思う。
いつもは言われっぱなしで文句なんて言えもしなかった。
けど、私は昨日、知ったんだ。
(私を愛して──るのかは分からないけど、死んで欲しくないって、言ってくれた。勇気をくれた)
わざわざ会いに来てくれたユーは、それを望んでいてくれたのではないだろうか。
いや、絶対そうだ。ユーが私を呼ぶ声からは、心配しているのがありありと伝わってきたから。
(頑張らなくちゃ)
その一心で、私は「行ってきます」と力強い1歩を踏み出したのだった。
△▽△
いつも、昇降口が暗かった。私が怖がっているから、そう見えていた。
でも、今日はなんだか違う。
まばゆい光に満ちていて、通る人たちのほとんどが、笑顔で誰かと話してる。
(私も、前はあんな感じだったのかなあ……)
ぼんやり考えながら、靴を履きかえる。
一緒に登校する相手なんて私にはいないけど、今はそんなことは気にしない。
階段を上って教室に向かう。
いつもならこのあたりで、酸欠のように苦しくなるのに、今日はそれもない。
(気持ちの問題なのかな……)
これもまたぼんやり考えていると、いつの間にか私たち1年生のフロアに来ていた。
すーはーすーはー、と深呼吸をして、扉に手を掛ける。
(……大丈夫)
普段は部活のときしか、るるかたちは嫌がらせをしない。だから、気づかれてない。
でも、だったら、知らせればいいんだ。
(るるかは本来、メンタルが強いわけではない……はず)
小学校では些細なことで泣いていたような気がするし、今はそれに賭けるしかない。
よし、と小声で呟いて、扉に掛けた手に力を込める。
抵抗もなくガラガラ、と開いた扉の先には……
(……いた)
入り口から左奥にある自分の席に、私はるるかの姿を捉えた。
手下──と勝手に思ってる、めるや鈴音と談笑してる。
とりあえずリュックの中身を机に移したり、リュックをロッカーにしまったりして。
私は──るるかたちの前に立った。
頭上に影が差したのか、顔を上げたるるかと、ふと……目が合う。
「何?」
ちらっとこちらを見て、低く声を発したのはもちろんるるか。
うぅ、怖い……。
でも、今日ここで屈したらだめだ。今までの……というより、ユーにもらった勇気が、努力が、水の泡になっちゃうから。
「…………っ、るるか」
声を絞り出して、るるかの名前を呼ぶ。 るるかは私のことなんて気にもかけてないみたいだけど、めると鈴音が話をやめたからか、自然と私を見ている。
「…………っ、私に! 私にごちゃごちゃ言うのはもうやめてっ!!」
決死の覚悟で、私は言い放った。
こんなところで言われるとは思わなかったのか、るるかは目を丸くしている。
それをいいことに私は続ける。
「私がどれだけ怖かったか、どれだけ我慢したか……るるかに分かるわけないっ! だからもうやめて!!」
いつのまにか、教室にいた全ての人が私やるるかに注目していた。
教室に入りにくいのか、入り口で立ち尽くしている人もいる。
そんな光景を横目にみながら、私は視線をるるかに戻した。
るるかは一度驚きはしたものの、気を取り直したのか腕を組んだ。
「そんなこといったってあんたに出来ることはないでしょ? それにあたしはそんなひどいことはしてないし。ちょっとあんたが気に食わないだけ」
刺々しいを極めたような言葉だ。
るるかの言葉は要するに、自分のしていることはそんなひどくないということだろう。
(……なんで、そう言えるんだろう)
無言で拳に力を入れていると、押し負けたとでも思ったのか、るるかは言葉を続けた。
「それとも、あんたはあたしに復讐したいってわけ?」
「そ、それは…………」
るるかの意外な言葉に、私は思わず言葉につまった。
復讐だなんて、ちっとも考えてなかったから。
──ゆら!
ふと、ユーの声が私の脳に響いた。るるかたちがいるからか、出てくることはせずに話しかけることにしたのだろう。
──ゆら、いいんだよ。それくらいのこと、ゆらには許させるよ!
……今思えば、このときの私は冷静さを欠いていたのだと思う。
でも私は、ユーの言葉に軽く頷いた。頷いてしまったのだ。
「今日の部活で、私と試合して」
私はきっぱりといいはなった。
るるかはさすがに驚く素振りは見せなかった。
「あんたがあたしに勝てるとは思えないけどね」
「いいよ」
るるかのとげいっぱいの言葉に、軽く返す。
後ろを向くと、私は何事もなかったかのように自分の席に向かった。
(言えた……私、るるかに言ってやれたんだ)
思わず、握る拳に力が入る。
そして放課後、私はるるかとテニスで試合をすることになった。
△▽△
私は今、テニスコートに立っている。そして反対側にはもちろんるるかがいる。
部活中では1年生は主に素振り、球拾い、外周なため、早めに来て試合をすることになったのだ。
るるかはめんどくさい、って言って来ないかも、なんて思ったけど、来てくれたみたい。
あれだけ言っといて試合しませんでした、なんてことになったら逃げたとも思われかねないからかな。
「サーブはあたしでいいよね」
「うん」
特に異論もなかったので、私はすぐに頷く。
るるかがボールを上に上げた。こちらをちらっと確認すると、すぐにボールがこちらへ飛んでくる。
私が立っていたのは、コートの丁度真ん中。後ろの方に立っている。
対して、るるかのサーブはコートの端っこのほうに飛んでいった。私からしたら左だ。
「……っ!」
私はボールが飛ぶと同時に走り出していた。ネットに近い位置でバウンドしたボールを、バックで打ち返す。
(今までだったら、絶対に……返さなかった)
るるかは打てないと思ってたみたいで、かなり驚いている様子だ。
フェンスの向こうで見ているめると鈴音も、心なしか目を見開いているような。
それでもるるかは気を取り直して、私が返したボールに向かって走っていく。
るるかからしたら遠い位置なのと、しばらく動きが止まってたからか、ギリギリで私のコートへと返した。
だからだろうか、ボールには回転などはかかっておらず、しかも私にとってかなり取りやすい位置に飛んできた。
そのボールにはもちろん回転がかけてある。家で何度も練習したスピン……スライス? とかいうものだ。
上手くいくかはわからなかったけど、どうやら成功したらしい。
るるかの立ち位置より少し前あたりでバウンドしたボールはるるかに打ちやすい位置だったために、油断したらしく。
余裕の表情で打とうとした途端、ボールは変な方向に飛んでしまった。
そのままぽーん、ぽーん……と弾みながら、ボールはるるかの後ろを通りすぎていく。
「──……やっ、た?」
どうやら、最初の1点は私に入ったみたい。
もう一回……とるるかがサーブを打とうとして、
「何してるのっ! もう部活が始まる時間よ!」
大声でやっていたのは、テニス部の部長だった。
いつの間にか、そんな時間になっていたらしい。
さすがに私たちが先輩……それも部長に反論できるはずもなく、私たちはコートから退くと、素振りを始めた。
めるや鈴音も慌てて戻ってきて、るるかのそばで準備体操を始めた。
「………………ゆら」
ふと名前を呼ばれて、私は顔を上げた。そこには、仏頂面のるるかがいる。
「何か?」
「……っ、今日のとこはひいてあげる。でも次はあたしが勝つんだからねっ!」
それだけ言うと、めると鈴音が待っている方へと戻っていく。
しばらく、私は立ち尽くしていた。
(…………私が……勝ったってことで、いいの……? いいん、だよね……?)
じわじわと、実感が私の胸に広がっていく。
それと同時に、にやけてしまいそうで。
「ゆらー、ミーティングだよー?」
「は、はいっ!」
ぼーっとしすぎていたのか、部長から声をかけられてしまった。
慌てて部長たちのほうへ行く。
……でも、今までみたいなことは、なくなるんだ……そう考えると、なんだか心が軽くなったような気がした。
△▽△▽△
私は今、学校から帰っている。隣にはひとりの男の子がいる。
「なあゆらー。今度勉強教えてくれよ~っ」
パンッ、と音がなりそうな勢いで両手を合わせながら頼んできたのは……
「えぇ、また? 啓くん、授業聞いてないからそうなるんだよ」
佐々木啓くんこと、啓くん。
たまたまなのか見計らっていたのか、テニスで私がるるかに勝った数日後、私に告白してきた。
首に手を回して、そっぽを向いた啓くんの耳は真っ赤で。
「好きだ」ってすごい照れながら言われちゃって、私も恥ずかしくなったくらい。
もちろん、告白にはおーけーの返事。
ラインの交換から始まって、私たちは部活のあと、一緒に帰るようになった。
これが幸せだって、私はいやなくらいに感じてた。
……でも、心配ごとがあった。
ユーの様子が、なんだかおかしくなっていたから。
△▽△▽△
私がそう感じたのはつい最近。学校でのことだった。
私はるるかに小言を言われることもなくなって、今はまだひとりでも……友達もできた。
でもやっぱり、私をよく思わない人がいるみたいで……。
「調子乗ってやんの」だとか「あんなのが佐々木くんの彼女?」みたいな声がしばしば聞こえてくる。
新しく出来た友達──村瀬りかちゃんも気にすることないよ、って言ってくれて。
だから私も気にしてないつもりなんだけど……それらが聞こえてくるのもまた事実で。
そんなある日だった。
『ゆらっ』
部屋のベッドでスマホをいじっていると、ユーが私の前に現れた。
「ユー、どうしたの?」
『……まだ、ゆらのことを悪く言う人がいるでしょ?』
「う、うん……でも、気にしてないし」
『でもね、ユーは気になるの』
両手を身体の前で握って、俯きながら、ユーはそういった。
本当に私は気にしてないってば、って言おうとして……私は口を閉じた。
(私は、本当に……気にしてないの?)
今までは浮かばなかったそんな疑問が、私の頭を駆け巡る。
ユーの言葉は、私に刺さるっていうのかな。不思議とそういう感じがしてくる。
『ゆら、ゆらのことをまだ悪く言う人は、テニスでこてんぱんにすればいいんだよ』
ふと、ユーの声が聞こえた。
怒ったようにいうこの子は、私なんかよりも私のことを考えてるのかもしれない。
いや、きっとそうだ。そうなんだ。
そう思うと同時、私の口は動いていた。
「そう、だね」
そうして私は次の日から……悪口が聞こえては、その人をテニスの試合でこてんぱんにした。部活でだけじゃなくて、休日もそうして過ごした。
影でこっそり悪口を言ってる人がいるのはもちろん分かってる。でも、表立って言われないだけで、私には十分だった。
……はずだけど。
(何かが、おかしい気がする)
私がそう思ったのは、ユーにああ言われてから2週間ほどが経った頃だった。
ユーは何があっても私を励ましてくれるから、ここまでやってこれたけど……さすがの私も、おかしいとは思う。
『今日のゆらもすごかったね! 相手の子、泣きそうになりながら逃げていったもん!』
あれから私がひとりになると、毎日のようにユーが出てきて、私に話しかけている。
そんなわけで今日もユーが側にいるけど……。
「──……っねぇ、ユー」
私は意を決してユーに話しかけた。
『どうしたの? ゆら』
無邪気に首をかしげるユーは……やっぱりそんなことを考えてるとは思えないけど。
このままじゃ私は変われないんだろう。
「──わ、私ね。こうすることが正しいとは…………思わない、の」
震えまくった声で、それでもユーには聞こえたのだろう。
ユーは、驚いて目を見開いていた。
『……ゆら?』
不安げに私の名前を呼ぶこの子は、泣きそうな顔をしてる。……でも、どうしてなんだろう?
『だ、だって……ゆらのことを悪く言う人が悪いんだよ? ゆらは何も悪くないんだよっ?』
「それは……少し前までの私だよ。今は、もう…………」
どうしてもユーの顔を直視できなくて、私は俯いた。
それから、しばらく沈黙が続く。
『────あーあ。もう終わりかなぁ』
ふとユーの声が聞こえて、私は顔を上げた。
ユーの声は、さっきまでとは何かが全然違ってて……わけがわからなくなった。
「終わりって……何が?」
『ユー…………いや、私の復讐、かな?』
なんとか絞り出した私の問いに、ユーが疑問形で答える。
「ふ、復讐?」
『もういっか、ゆらには教えてあげる。私の過去』
……過去? 妖精のユーにそんなものがあるのだろうか。
そんな疑問を抱きつつも……私はユーの話に耳を傾けることにした。
△▽△▽△
私が……小学校、4年生の頃だったかな。
進級して、クラスメイトを確認して、結構驚いたのを覚えてる。
佐々波っていう多くもない名字がふたり、並んでたんだもん。
その子は佐々波ゆらっていう名前で、おっとりしてたけど優しくて、すぐに仲良くなれた。
移動中も、放課後もずっと仲良し。
ずっと楽しくて、こんな日々がずっと続くんだと思ってた。それはゆらも同じだった。
でも、そんなことはなくて。
しばらくしてから、私はいじめられるようになった。
いじめのリーダーはるるか。性格も悪いって有名だったし、話したこともなかったけど……。
お兄ちゃんがるるかのことを悪く言っていたのを聞いたみたいで……妹の私に八つ当たりしてる、みたいな状態だった。
ゆらは私と話そうとしてくれた。
るるかがいないときは積極的に私のところに来てくれたし、放課後も何度も家に入れてくれて、たくさん話した。
そのときはいじめの苦痛を忘れられて……ゆらにはたくさん感謝したんだよ。
…………でも、ついにゆらも私から離れてしまった。
るるかに言われたの、ごめん──そういったきり、話すことはなくなった。
でもゆらは優しいよ。
ときどき手紙が私の机にあって、辛かったらいつでも言ってね、って……。
でも私には出来なかった。
それでゆらにもるるかのいじめが広がっちゃうかもしれなかったから。
でも、辛いのも事実。
……だから私は決めた。
目の前に広がる空と背中から強い風を感じながら、涙を流した。
──意識は、途切れなかった。わけがわからなかった。
手は小さくなってて、ふわふわなワンピースを着てて、金髪はツインテールになってて。
下を見たら、ゆらがいた。
るるかに嫌がらせをされて、暗い表情をしてて。
しばらく私はゆらを励ました。ゆらは元気を出したみたいで、るるかに言い返して……安心できた、はずだった。
だんだんと大きくなっていった、黒い感情さえなければ。
でも私は、その感情を押さえられなかった。
だから私……ユーはゆらを使って、るるかに復讐をした。他の人もそう。大体の人が、私をいじめたるるかの仲間だったから……。
でもそれも終わらなきゃ、なんだね。
──ごめんね、ゆら。
△▽△▽△
ユーの話を、私は静かに聞いていた。
話を終えたユーに、私はひとつ、聞いた。
「ユーは……ゆり、なの? ゆりだったの?」
ゆりは、小学4年生の頃に仲良くしていたこの名前だ。
佐々波ゆり。こんな奇跡は他にないってほどの奇跡だったと思う。
でもいじめに耐えられなかったのか、窓から飛び降りて……。
でもまさか。まさか妖精になるなんて。
『そうだよ』
泣き笑い、って言葉がこれでもかってくらいにぴったりな表情を浮かべたユー。
私の目には、涙が浮いていた。
『ごめんね、ゆら。私、もう……』
「待って!」
消えそうになったユーを、慌てて引き留める。
……もう、会えなくなるような気がしたから。
「私、ユーに元気をもらったんだよ。ゆりを助けられなかったのはずっと後悔してた。でも、どんな形であれユーのために何かが出来たなら私っ──」
『──もう。優しすぎるってば』
ユーは、笑った。
無邪気な笑顔だった。
それからすぐ、ユーは消えてしまった。姿を見ることも、声が聞こえることさえもなかった。
でも。
ユーは、ゆりは、最後に笑った。
それが、私には嬉しかった。
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