君と兄妹だったら

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 君と兄妹だったらよかったのに、と思うことがある。  実際は、私は一人っ子で、兄弟も姉妹もいない。気の合うお姉ちゃんと一緒にお洋服を買いに行くのも楽しそうだし、かわいい妹と新作のお化粧品の話をするのにも憧れるし、姉ちゃんと呼んで甘えてくれる弟もいいなとは思う。  でも私は、兄が欲しかった。そう思い始めたのは、中学生の頃か。 「おーい、帰るぞ」 「先帰ってれば」 「後ろ、乗ってくんだろ」  顔の横でバイクの鍵をチャラチャラと鳴らしながらそう話しかけてくる君とは、腐れ縁の仲。家がお隣同士で……という、漫画でよくあるやつだ。でも漫画の中だとそこから恋愛に発展し恋人同士になったりするものだが、残念ながらそんな夢のある展開にはなっていない。  年も高校も同じである上に、習い事まで幼い頃から一緒で、最近はいつも帰り道はバイクに乗せてもらっている。同い年だけど、いつも私はからかわれっぱなしで、妹のような扱いだ。今日も当然のように、水泳の習い事が終わると声をかけられた。  水泳のあとって、まだ乾き切ってない髪の毛が顔にぺたんと張り付いてなんだか不細工で、あまり見られたくないのだけど。でも、一緒には帰りたい。そんな二律背反。  バイクで君の後ろにまたがると、大きな背中が視界の大半を占める。昔は私よりも小さくて、ちーびなんて呼んでたのに、いつのまにやら逆転されてしまった。夏はバイクにまたがると必ず腕をまくる。そのときに見える腕の筋肉が男らしくて、ドキッとする。腕を回そうとして体全体を君に近付けると、大きな背中からツンとプール独特の消毒の匂いがした。この匂いですら、間近で感じられるのはこの特等席だけだと思えるから好きだ。  付き合ってるんでしょ、と友達にからかわれることもあった。その度に、ただの幼馴染、と口では返しながら、「そうなってほしいと一番願ってるのは私だよ」と内心答える。でも君も「ただの幼馴染だっつーの」としか言ってくれない。もう少し、意識してもいいと思わない? それとも私と同じで、不器用で素直になれないだけですか?  もう高校生なんだから、自分の気持ちにくらい素直になってほしい。と、自分のことを棚にあげてそう思う。 「今日さー、帰ったら弟とゲームしなきゃいけなくてさ」  走りながら君が言った。耳元で鳴る風の音と合わさって心地良い。 「あ、今日発売の? なんかいろんなゲームのキャラでバトルするやつ」  実はそのゲームはチェック済みだった。きっと兄弟で買うんだろうな、と思って、予約購入してある。でも自分はこの手の格闘ゲームは下手なので、たぶんあんまりやらない。 「そうそう。勝つまで粘られるから、ダルいんだよなー」 「ほんとかわいいよね、お兄ちゃんっ子で。うらやましい」  うらやましいのは「君が」じゃなくて、弟くんのことだけど。  そう、兄だったらよかったのにな、とある日ふと思ったんだ。そしたら家でも毎日一緒だし、勉強教えてって甘えても許されるし、無防備な寝顔だって見られるかもしれない。それに弟くんとの様子を見ていればわかる、ダルいと言いながらなんだかんだ大事にしてくれるはずだって。 「まー、年もそこそこ離れてるからな」 「私、お兄ちゃんが欲しかったんだよねえ」    ぽつりと、そう言ってみる。 「そうなん? お前が妹だったら、めんどくさそー」 「え、なんでよ」  少しムッとして言うと、君はぺらぺらと語った。 「まず朝起きるの遅いだろ。起こすと機嫌悪いだろ。洗面所で歯磨いてたら早くしてとか邪魔とか言ってくるだろ。テスト直前になるまで勉強しないくせに、いざ近づいてきてから慌てて、ここ教えてぇ〜とかいって泣きついてくるだろ。夜はいびきうっせえだろ」 「めちゃくちゃ具体的じゃん、しかも全部悪口」  でも、そんなに細かく「私と過ごす生活」を思い描けるなんて、もしかして普段から妄想してくれてる?  そんなことを考えて、いやいや、と都合の良い考えを振り払う。悪口を言われてもちょっぴり嬉しくなってしまうなんて、ほんとどうかしてるのかもしれない。恋ってみんなそういうものなんだろうか。初めてなのでちょっと私にはわからなかった。 「なんで兄貴欲しいの?」 「えー、やっぱ一人っ子だから憧れるっていうか。優しくて頼れるお兄ちゃん、欲しいなって」 「ふーん。俺がいるんだからいいじゃん」  君は何の気なしにそう言った。  ――ああ、だめだ。なんでそんなことをさらりと言っちゃうかな。だから、君とは兄妹がよかったんだ。実の兄なら、こんなにドキドキして困ることはなかったのに。  心臓の音が背中越しに伝わってしまわないか、そんな心配をしながら、私は君の腰に回した腕をこわばらせた。そして精一杯平常心のふりをしたつもりで、「ばーか」と言った。
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