衝立越しの君の声

10/10
前へ
/10ページ
次へ
 愛してる──。  その言葉が、《彼女》ではなく私のためにだけ紡がれればいいのに。  嗚咽が漏れないように手の平で口を塞ぎながら、浅ましくもそんなことを思った。  だけどこれまでもこの先も、彼の声は《彼女》のもので……。顔も名前も知らない私に彼が言葉をかける日なんて、一生こないだろう。  衝立越しに窓を引き開ける音がして、電話を終えた彼が部屋の中に入っていく気配がする。隣室の窓の錠が落ちる音が、私との世界を遮断するようにカタンッと冷たく響く。  溢れた涙が止まらず空を見上げると、黄色い月の光が私を慰めるように優しく頬を照らしてくれた。  きっと明日からも、彼は《彼女》のためだけに言葉を紡ぎ続ける。  それでも私はまたここでひっそりと、心地よいあの音に耳を傾けるだろう。  この想いに未来なんてないけれど──、それでも。 「君を好きでもいいですか?」  紺色の空に浮かぶ綺麗な月に、静かにそっと問いかけた。 fin.
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

153人が本棚に入れています
本棚に追加