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愛してる──。
その言葉が、《彼女》ではなく私のためにだけ紡がれればいいのに。
嗚咽が漏れないように手の平で口を塞ぎながら、浅ましくもそんなことを思った。
だけどこれまでもこの先も、彼の声は《彼女》のもので……。顔も名前も知らない私に彼が言葉をかける日なんて、一生こないだろう。
衝立越しに窓を引き開ける音がして、電話を終えた彼が部屋の中に入っていく気配がする。隣室の窓の錠が落ちる音が、私との世界を遮断するようにカタンッと冷たく響く。
溢れた涙が止まらず空を見上げると、黄色い月の光が私を慰めるように優しく頬を照らしてくれた。
きっと明日からも、彼は《彼女》のためだけに言葉を紡ぎ続ける。
それでも私はまたここでひっそりと、心地よいあの音に耳を傾けるだろう。
この想いに未来なんてないけれど──、それでも。
「君を好きでもいいですか?」
紺色の空に浮かぶ綺麗な月に、静かにそっと問いかけた。
fin.
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