衝立越しの君の声

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「アキは今日何してたの?」  ベランダで立ち竦んでいると、また声がする。    低くて柔らかな、耳心地のいい男性の声。それが、オーケストラの低音楽器が鳴るようにぼわんと響いて、私の鼓膜を震わせた。   「そうなんだ。楽しかった? 俺はね……」  楽しげな笑い声に混じって響いてくる心地の良い重低音。それは、衝立を挟んだ隣のベランダのほうから聞こえてくる。  どうやら、まだ一度も顔を合わせたことのない、名前すら知らない隣人が、誰かと電話をしているらしい。  何度か聞こえてきた「アキ」というのは、きっと隣人の電話の相手。彼の彼女の名前だろうか。  ベランダの衝立越しに漏れ聞こえてくる隣人の声があまりに楽しそうで、幸せそうだったから、私は部屋に入るのをやめて、ベランダの床にすとんと腰を落とした。  いいな……。  幸せそうな隣人の声に、少しだけ耳を傾ける。
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