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◆
「アキ、あと少しで会えるね」
ある月の綺麗な晩。
いつものように心地よい音に耳を傾けていると、衝立の向こう側で彼が《彼女》に囁いた。
「早く会いたい」
これまでずっと、彼の奏でる音にただ耳を傾けていただけのはずなのに。
はやる気持ちを抑えきれずにいるような、いつもとは違った彼の声音にチクリと胸が痛んだ。
あぁ。この声は私ではなく、私と同じ名前の《彼女》のものなのだ。
初めからわかっていたことなのに。そのことをはっきりと自覚させられて、ひどく切ない気持ちになる。
「おやすみ、アキ。愛してる」
これまでずっと、心地の良い《音》としてしか認識していなかった彼の声が、唐突に意味を成す言葉となって私の胸に降りかかってくる。
衝立越しに響いてくる、彼が奏でる《彼女》への愛の言葉。こんなにも綺麗で、優しくて、温かい彼の声を聴くのは初めてだった。
今までで一番優しくて美しい彼の声音が、私の心を掻き乱す。どうしてか、堪らずに涙が零れた。
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