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1.おかしなギャル
近くで彼女の黒髪がふわりと揺れれば良い香りが漂ってくる。きっとなんちゃらフローラルとかそういった名称の香りだ。
俺は親友のてっちゃんがこの香りを必死になって吸い込んでいた光景を思い出した。あの時は格好つけて呆れたフリをしていたけれど、本当は俺だって彼女の香りにドキドキしていた。
「あのね、黒木くん」
彼女、野々宮花心は頬をこれでもかというくらい赤くして、潤んだ目で俺を見つめている。
俺は男子の中じゃなかなか気のつく方だと思う。だから、野々宮がこれから何を言おうとしてるのかもなんとなく察していた。
「なに?」
なんでもないような顔をしてみるが、心臓の音が耳に響いてうるさい。野々宮に聞こえていないか不安になった。
野々宮はしばらく「あー」だとか「うー」だとかの言葉にならない声を発していたが、ふいにぴたりと止む。何故だか俺もつられて息を潜める。
「あの!私、黒木くんのことがずっと好きでした!良かったらお付き合いして下さい!」
てっちゃんをはじめとする同中の男子生徒諸君には申し訳ないが、俺の中でファンファーレが鳴り響く。中学校のマドンナに告白されたのだ。俺の方こそずっと憧れていた。
さて、どのように返事をしようか。どうせなら格好良くキメたい。なんて考えていたその時。
「その告白、ちょっと待ったああああ!!!」
「は?」
「え…?」
ビュォォォという勢いよく空を切る音と共に、女性の叫び声が頭上から聞こえてくる。咄嗟に空を見上げると、ピンク頭に露出多めな格好をした女性が空中を浮遊していた。いや、浮遊しているのではない。
——————落ちてきてるんだわ。ギャルが。
「いや意味わかんねえよ!ああもう!!」
「黒木くん!?」
空からギャルが落ちてきたというなんとも不可思議で理解できない状況にも関わらず、俺の体は考えるより先に動いた。何故か彼女を救わないといけない気がしたのだ。
「とぉくん?なんで走って…」
ギャルは呑気なもので、必死に駆ける俺を見て不思議そうな顔をした。
(間に合え間に合え間に合え…!)
ギャルが地面に着くか着かないかのギリギリのところに滑り込む。直後に大きな衝撃となかなかの重量を感じた。どうやら一応は間に合ったようだった。
(いってぇ…なんなんだ本当)
緊張が解けると擦れた箇所が痛み出した。ズボン越しだったものの、そこそこのスピードで突っ込んでいったので傷が出来ていそうだ。
痛みに顔を顰めていると、俺の上に居座っている奴が俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして、とぉくんってばメグのこと助けてくれたの?カッコ良すぎるって!」
「…」
「あ、一応安全に着地できるように設計されてるから大丈夫だったんだよ!でもでもありがとね!」
「…」
いやまず、とぉくんとは誰だ。確かに俺の名前は東弥だが、そんな間抜けなあだ名で俺を呼ぶ人はいない。というか、このギャルが当たり前のように親しげに話しかけてくるのが怖い。俺はこんな女性は知らない。
知らない人には声をかけられても関わるなと言われて育ってきたが、このおかしなギャルは俺の上に乗っかったままだ。俺は仕方ないので話しかけてみることにした。
「あの、どちら様でしょうか?」
俺がそう訊ねれば、ギャルはまたきょとん顔だ。俺がきょとんとしたいのだが。
ギャルはそうか、そうだったなどと呟いた後、俺に顔を向けた。
「はじめまして!とぉくんの、えっと君の未来の恋人の五十嵐恵です!メグって呼んでね⭐︎」
ギャルはピースの形にした指を目元に当て、俺に向かってウィンクをくれた。
——————いや、やばい人じゃん。
ちらりと野々宮の方を見れば、心配そうにこちらを見ていた。俺を置いて逃げてくれても良かったのに優しいな。
俺は野々宮を第一優先にして、このイカれてるギャルから逃げることを心に決めた。
「あの、お姉さん。退いてもらってもいいですか?」
「あーごめんごめん!ほいっと」
「じゃ、僕たち急いでるんで!」
「きゃっ」
俺は野々宮の腕を掴んで、一気に走り抜けていった。あのギャルは大学生くらいだろうか。いや、それでも女だ。走るのは俺の方が早いだろう。
追ってきていないか確認しようとして後ろを振り返れば、意外にもギャルは遠くの方で大人しく突っ立っていた。
少しだけ、寂しそうな彼女の顔に胸がチクリと痛んだ。
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