死人の誘い

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 それからというもの、心霊現象はどんどん悪化していく。  耳元で囁く声、水の流れる音、ラップ音、誰かが走り回る音、玄関を開け閉めする音。  新しい住居に引っ越した後も、その現象は収まるどころか、酷くなる一方だった。  異形と化した恋人は、私の傍から離れることはなく、私は可能な限りその存在を見ないように心掛けていた。  ――私は思った。  これは、お祓いしかないだろう、と。  私は、急いでお祓いについての情報を調べ、評価の高い霊媒師にお祓いを依頼した。  その費用は、決して安くはなかったが、すぐにでもお祓いの儀式が出来るといわれて即決していた。  その日のうちに私は霊媒師の元を訪ね、その場でお祓いをしてもらう運びとなった。  怪しげな部屋に誘導された私は、その中央に置かれた椅子に座ってお祓いが始まるのを待つ。  霊媒師が白装束に身を包み、塩の盛られた器と、大幣(おおぬさ)を携えて部屋に入ってきた。 「見えます、そこに恋人の霊がいます。間違いなく、取り憑いています」  霊媒師がそう言うと、私の目の前に異形となった恋人が現れる。 「とても危険な霊です!」  霊媒師は、必死になって私目掛けて塩を投げ、芝居がかった動きで大幣(おおぬさ)を振るう。  恋人は、私の前で、私を睨みつけている。  霊媒師の動きが激しくなるにつれ、目の前で私を睨みつけている恋人の存在が徐々に薄くなっていく。 「これにて、お祓い完了となります。お疲れ様でした」  霊媒師は汗だくになった額をハンカチでふき取り、私にそう言った。  すると、存在が薄くなり、消えかけていた恋人が、スーッと消えていき、完全に消滅した。    ――これで、終わったのだ。  恋人と、私の苦悩は、今ここで断たれたのだ。  私は、高い費用に懐を痛ませながらも、すべてが終わったことに感謝し、喜ばしく思えた。  その時はそう思えた。  それからしばらくの間、ぱったりと恋人は現れなくなった。  あの時、本当に成仏してくれたのだろう。  私は、そう思っていた。  月日は流れ、私の学生時代は終わり、社会人として新たな一歩を踏み出していた。  新卒で採用された企業は、初任給もよく、風通しの良い理想的な職場だという。  それが嘘か誠か、私がその職場に在職中の間は、あまりいい思い出がなかったために真相は闇の中ということだ。  そんなある日、私は仕事で大きなミスをした。  上司や、周りから責め立てられ、その責任を誰がどうとるのかと、お前に何が出来るのかと。  そう、新人の私には何もできない。  上司や同僚、他部署や役員に頭を下げて、解決するのをただひたすら待つことしかできない。  そうして、周りに迷惑をかけておいて何もできない私がしたことといえば、結果的に始末書を1枚提出しただけとなった。  それ以降、私はその会社で肩身の狭い思いをすることとなる。  そして、それが、悪夢の再来となる引き金(トリガー)となったのだ。
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