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次いで二度、三度。すっかり水を吐き出してしまうと、礼一郎の嘔吐は止まった。髪を乱してうつむき、四つん這いのままでいる。
「……遥ぼんか」
久しぶりに名前を呼ばれた嬉しさに、「そうだす、遥二郎だす」と兄の顔を覗きこもうとしたが、礼一郎は遥二郎から顔をそむけた。
「部屋ぃ……帰ね。片付けは自分でやるよって」
「せやけど……」
「帰ね」
かすれた声にも鬼気迫るものがあり、言い返すことができなかった。そろそろと立ち上がり、
「礼一兄さん。次なんぞあったら、私に言うとくなはれな」
返事を期待したが、礼一郎は変わらない姿勢のまま、何も答えなかった。
襖を開け、自分の部屋に戻る。今さらながらに、冬とは思えぬほどの汗がどっと出てきた。
一・六夜店からの礼一郎の態度は確かにおかしかった。とはいえ、何かに悩んでいるだとか、面倒ごとに巻き込まれたとか、無理にでも現実的な説明をつけることはできた。
だが今夜見聞きしたことの、すべてが遥二郎の頭では理解ができない。礼一郎の部屋の女。襖の隙間から覗く、光る眼。礼一郎の吐いた水。
――化け物。
そんな言葉が浮かび、遥二郎の心臓がどくりと大きく跳ねた。
――礼一兄さんは、化け物に取っ憑かれてはる。
自分の手には負えない。どうしようもない。父も母も、信じてくれるはずがない。
へたりと畳の上に座りこみ、いつの間にか目尻に溜まっていた涙を拭った。
ただ呆然とうなだれていたとき、ふと、半年ほど前に学友から聞いた話を思い出した。
「ほんまかどうか、分からへんけどな」という前置きつきではあったが。
もし、学友の話が本当ならば。
この事態をなんとかできる人物が、この大阪にひとりだけいる。
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