⑯ 見慣れぬ背中

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「うちの母親の実家の方が、会社やってて、相続対策で貰ったみたい。母親は今、昔のモデル仲間と小さい事務所やってるから、その倉庫として使ってた感じだよ。とは言っても、ただの物置きだから、誰か使ってくれたらいいって言われてたんだ」  雑然と置かれていた段ボール箱を部屋の端に移動させていたら、ぼけっと立っていた納見も慌てて手伝ってきた。  その様子を見ながら、香坂は小さく息を吐いた。 「まさか、そんなことになっているなんて。確かに一部のファンが暴走しているとは聞いていたけど、困ったことになったな」  そう言って声をかけると、納見はシュンとした顔になってコクンと頷いた。  納見がDom配信のagehaだったと打ち明けられたのがつい数時間前。  そのまま家に連れて帰ろうとしていたら、面倒なことになっていると聞かされた。  agehaの引退に納得できない一部のファンが暴走して、どうやら家を突き止められてしまったらしい。  今日事務所で手続きがあって、その時に注意しろと言われて、そういえばと違和感に気がついたようなので、納見の行動範囲をどこまで知られているか分からない。  そこでしばらく身を置ける場所として、香坂は母親の会社が所有しているホテルの部屋に納見を案内した。  様子を見つつ諦めてくれるのを待とうという話になった。 「事務所の方でも、警察に相談してるし、警告文とかも出してもらったから、それで収まってくれるといいけど」 「俺も一緒に泊まるし、この階は居住エリアで、かなりセキュリティは高いから、しばらくここから通勤するといいよ」 「……うん、色々とありがとう」  最近は過激なファンも多いらしい。  テレビでやっていたニュースなどを目にして、心配になってしまった。  ホテルに移動するなんて、大げさかもしれないけれど、念のためにもこれくらいは必要だと思った。  申し訳なさそうに項垂れた納見に近寄った香坂は、背中に手を回して安心させるようにぎゅっと抱きしめた。  それから二週間は何事もなく過ぎた。  今のところ怪しいものといえば、郵便受けに入っていた手紙くらいで、その他は普段通りの日常だった。  納見が抜けた擬似プレイ配信にはすぐに新しい配信者が投入された。
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