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Domの母親は、支配的なタイプではなく優しくて気遣いに溢れた人だった。そんな人を間近で見て育った香坂にとって、いつしか母親が理想のタイプになっていた。
どちらかというと男の方が魅力的に見えるので、今までにも何人かDomの男と会って相性を確認したことはあった。しかし、その誰もがいかにもDomという感じのオラついた態度で上から接してきたり、いきなりCommand(めいれい)を言ってくる失礼なやつもいた。
その時点でもうダメで、喧嘩になって最悪の空気になり別れるというパターンばかり繰り返してきた。
いくら完全無欠のモテモテ王子様と言われても、香坂はお付き合いどころか恋愛の経験もなかった。
現在も好きな人はおらず、もちろん童貞という非常に微妙な人生を歩んでいて、気がつけばため息ばかりついてしまう毎日だった。
本当は、Domのパートナーが欲しいし、プレイをして精神的にも肉体的にも満たされたい。
Collar(カラー)(首輪)を付けてもいいし、深い繋がりのある関係を築きたい。
それが叶わないのは、この容姿と無駄に高い理想のせいなのか。
どうにも身動きのできない日々に、香坂は爽やかな教師を演じながらも、内心は悶々としながら生きていた。
「ちょっと、いい加減にしてくださいよ!」
職員室のドアを開けようとして、中から聞こえてきた声に香坂はまたかと呆れた気持ちになった。
目立たないようにドアを開けると、やはり怒鳴り声の主は教頭で、怒鳴られていたのはいつもの背中だった。
その周りにいる教師は、いつものことなのか、早く風が治まるのを待つだけなのか、みんな我関せずと下を向いて黙々とパソコンに向かっていた。
「頼んでいた委員会に提出する資料、全然できていないじゃないですか! 仕事舐めてますか? だいたいこの前の会議の資料も間違いだらけで校長の前でどれだけ恥をかいたか……分かっていますか?」
教頭は忙しい忙しいと言って自分の仕事を誰かに振るのが好きな厄介な人だ。
色んな人に振りまくるのだが、みんな自分の仕事で手一杯なので、適当なものが出されたりする。
そのツケを払うのはいつも、こういうことが言いやすい大人しいタイプ、理科の教師である、納見陽太が今日もターゲットになっていた。
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