① 熟れた果実の食べごろは。

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 小さく丸まった背中を見て、香坂は頭に手を当ててため息をついた。  教頭の説教を聞いてみたら、それらは別の教師が割り振られたもので、教頭自身そのことを忘れているようだ。  しかも納見が全く反論せずに、大人しく謝っているので、これまたどんどん過剰に色んな件をまとめられて怒りをぶつけられる事態になっていた。  ゴホンと咳払いをして香坂が前に出てくると、教頭の怒鳴り声は止んで職員室内の視線が集まった。 「教頭先生、委員会に出す資料は出張中の百田先生がメールで送っていらっしゃいましたよ。後、先日の会議の資料を作ったのは、酒井先生だったと思いますが……」 「ん? あっ……ああ、そうだったかな。まあ、そこのところよろしく頼みますよ、納見先生」  勘違いで説教していたことで気まずくなった教頭は、半笑いで頭をかきながら自分の机に戻っていった。  結局謝ることなく濁した態度に誰もが嫌な気分になったが、関わると面倒になるのでみんな黙っていた。 (相変わらずここの空気は最悪だな。休憩は別の部屋で取ろう)  納見の小さくなった背中を横目に、香坂は自分の授業に必要なものを揃えて職員室を出た。 「香坂先生」  廊下を歩いていると背中から弱々しい声が聞こえてきて香坂は足を止めた。  振り返るとあの職員室で丸くなっていた背中の持ち主である、納見が立っていた。  くるくるした長い前髪に、分厚い大きな黒縁のメガネ、不健康そうな青白い肌が印象的な納見は、ピンと背を伸ばしても香坂よりは少し低い身長だが、見た目の弱々しさからもっと低くて生徒のように小さく見えた。  いかにも理系らしい容姿だが、着ているものもとにかくダサい。  一昔前に流行った野暮ったいシャツを、これまた着古したようなベージュの足首まで出たパンツにインしていて、シャツのボタンは一番上まで留めている。  生徒からもダサ先生とあだ名されているが、庇いきれない現状を香坂は思わずまじまじと見てしまった。 「どうされました?」  まさかダサいですねとは言えずに、香坂はいつもの笑顔を貼り付けて、無害な同僚教師を演出した。 「あ……あの、さっきは……」  納見は顔を下に向けながら、もごもごと口を動かして話しかけてきた。  その様子から、さっきの礼を言うつもりなのだろうというのは分かったが、声が小さくて聞き取れない。
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