闘う二人の敗北宣言 3

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闘う二人の敗北宣言 3

 執務室の扉のノックに、若き王太子は書類をめくる手を止めた。間を置いて入室してきた妻にフフンと鼻を鳴らす。 「な? 断られるって言っただろ?」 「……くっ!!」  拳を握り無念そうに俯く妻に、ロナウドは腕を組み椅子の背に寄りかかった。尊大に勝ち誇った笑みに、ルーナ唇を噛みしめる。 「……お約束通り南庭園のガゼボの優先権は、貴方に譲りますわ……」 「はぁ……小賢しい真似をするな。マカロンの選択権もだろ?」 「……無駄に記憶力がよろしいですわね。分かりました。渡せばよろしいんでしょ? 王太子のくせにケチ臭いこと!」  扇の陰で盛大に顔を顰めたルーナに、ロナウドはわざとらしく眉根を寄せた。 「ルーナ、随分な言い様じゃないか。ラルクに側近騎士を断られた私から、茶葉選択権をむしり取ったのは誰だった?」 「過ぎ去ったことをいつまでも。アニエスに護衛を断られて傷心の妻にこんな……あんまりですわ……」  マカロンの好みがロナウドと被るルーナは、ロナウドに潤ませた瞳を縋らせる。 「茶葉選択権を返してくれるなら、考えてもいい。」 「……チッ!!」  清楚な王太子妃と称賛を集めるルーナは早々に演技をやめ、苦々しく舌打ちをした。そんな妻にロナウドは眉を跳ね上げる。 「……まあ、同情していなくもない。私もラルクに断られた時はたいそう傷ついた。妻は慰めもしてくれなかったが。」 「では、マカロン選択優先権は……」 「それとこれとは別だ。」 「なら無駄に期待させることは言わないでください。」  ロナウドは目を輝かせたルーナを、バッサリと切り捨て肩を竦める。扇の陰で不機嫌顔を隠しもしないルーナに、わざとらしく大きくため息を吐き出した。 「茶葉選択権を手放さないくせに図々しい。」 「お黙りになって?」  冷たく言い放ったルーナを頬杖をついて眺め、やがてロナウドはニヤリと笑うと手を組んで身を乗り出した。 「ルーナ、確かアニエスの断り文句は、新生活に専念するためだったな?」 「ええ。ラルクは家門と騎士団の一員として忠誠を、だったかしら。」 「そうだ。私の側近騎士より、定時で帰れる騎士団所属を選んだ。」 「まあ、あれだけ拗らせてようやく結婚すれば、そうなるのかもしれませんね……はあ、アニエス……約束してたのにひどいわ……」 「忠誠心が足りないと思わないか?」  顔を上げたルーナがロナウドと視線を合わせる。ロナウドの表情に察したルーナもニヤリと嗤った。 「……ええ、殿下。その通りですわ。忠誠心も友情も。新婚だからと忘れていいものではありません。」  国外にも名の知れる名門騎士家門の二門。側近にすべく幼少期から、共に四人で緊密な交流を持っていた。行政学部と騎士学部と所属学部は違っても、幼馴染として側近候補として時を重ねてきた。そんな篤い友情を恋愛にかまけて、ないがしろにするのもここまでだ。護衛騎士欲しいし。 「拗らせはもう十分堪能いたしましたし。」 「そうだな。存分に楽しんだ。そろそろ幼馴染として()()してやらねば。」  人の上に立つべく王族としての教育を施され、二人を間近で見てきた幼馴染にはセラード夫妻の拗らせなど、今更気付くようなことでもない。卒業したら護衛騎士になるという約束をすっかり忘れ、結婚に浮かれて拗らせ続けた相手にばかりかまけている。  夫婦というより悪友が正しい王太子夫妻は、顔を見合わせ不敵な笑みを浮かべた。そんな二人を盗み見て、補佐官はため息を吐き出した。 (セラード夫婦も気の毒に……)  そっとしていてやれよ。先日のアマガエル色の拗らせ夫婦を思い出しながら、心優しい補佐官は楽しげに微笑み合う王太子夫妻にため息をついた。 ※※※※※  呼び出された王宮の客間で、アニエスは怒りに燃えてロナウドを睨んだ。 「そ、そんなわけないでしょ! た、ただの噂よ!!」 「そうだな。私もそう信じたい。だから直接聞きたかったんだ。ラルクとはうまくいってるんだよな?」 「もちろんよ! ラルクが毎日毎分毎秒カッコイイを更新してても、心臓麻痺を起こさないように鍛錬だって欠かしてないわ! それに声も……」 「アニエス、ラルクが絡むと途端、知能指数を低下させるはやめてくれ。ラルクのかっこよさとか一ミリも興味がない。()()()()()うまくいってるのか答えてくれ。」 「そ、それは……」  正直に言うとまだ堕とせていない。アニエスはもじもじと俯いた。寝室の主導権を握るのは諦めた。かっこいい上に声まで良い。身体に至っては芸術品なのだ。ちょっと触られただけで脳が溶ける。勝てるわけがない。 「でも……浮気する余裕なんてないはずよ……」  勝てないなら数で。作戦を切り替えてからは、毎晩できうる限り絞り取っている。残弾など残していない。ロナウドが深くため息を吐き出した。 「なんでそう思うのかは聞かない。どうせまたアホなことやってんだろ? そういうことじゃない。」 「……ちょっとロナウド! アホなことって! 私はちゃんと……!!」 「私が聞きたいのは、ラルクはお前のことが好きなのかって聞いてんの。」 「……っ!! そ、それは……」  腕組みして睥睨するようにロナウドに見据えられ、アニエスはドレスを握りしめ俯いた。 (一度だって言われたことはない……)  出会った時から好きだった。一目見た時から、アニエスの世界はラルクを中心に回り始めた。好きで好きで大好きで。でも結婚しても身体を重ねても、少しも振り返ってもらえない。 「で、でも……結婚したのよ。神に誓ったの。ルーナは友達で、ロナウドの妃で……ラルクがルーナに想いを寄せてるなんて……そんなこと絶対にない……!!」  声を荒げたアニエスに、ロナウドは哀れむような瞳を向けてきた。 「政略結婚だろ? 家同士の繋がりのための婚姻だった。お前たちも、私とルーナも、な。」 「だって、そんな……あり得ないわ。お互い既婚者なのよ? だから……」 「婚姻は心までは縛れない。」 「……っ!!」  アニエスが一瞬で潤んだ瞳を隠すように俯いた。不安を誤魔化すように張っていた虚勢が崩れ去り、泣かないように必死に歯を食いしばる。ロナウドは静かにお茶をすすり、カップを置いた。 「……清楚で可憐な、小柄な女。」 「……え?」  思わず顔を上げたアニエスを見つめ、ロナウドは会心の一撃を放った。 「ラルクの理想の女。性格はともかく、ルーナは見た目だけは完璧にラルクの理想だろ? だから噂だと聞き流せなかったんだよ。」 「清楚で可憐……小柄……」  呆然と呟いたアニエスは、目の前が真っ暗になった気がした。背が高くてキツそうと言われるアニエスに、当てはまるところが一つもない。喉奥が震えて、アニエスは両手で顔を覆った。 (そんなの無理じゃない……だから好きになってもらえないの……? 本当にラルクはルーナが好きなの……それじゃあ二人は……)  もう想い合ってる? 思った途端心臓に走った激痛にきつく目を閉じた。ラルクがルーナを好きなら、ルーナもラルクが好きに決まっている。ラルクより素敵な人はいない。目の前のロナウドなんかよりずっと。 (瀕死だな。なんで嘘だって気付かないのか……)  のんきに面白がるロナウドは、割と失礼なことを思われていることに気づかなかった。これで最後になるかもしれない、友人の拗らせを楽しみながら、ボリボリとお茶菓子を噛み砕く。  何度試してもラルクが関わると簡単に致命傷を負うアニエスは、一向に学習しない。  キツめの凛々しい美貌と、スラリと背が高いグラマラスな体型のアニエス。多分もうそんな容姿すら関係ないだろうに。ラルクの理想は昔からアニエスであること。アニエスなら太ろうが痩せようが関係ない。  ともあれ超意地っ張りのアニエスを、しっかりぺしゃんこにした。その上で、ちゃんとトドメも刺しておく。 「王宮務めのラルクは、ルーナと()()()()()()顔を合わせる。私付きの護衛騎士なら見張れるが、勧誘は()()()断られてしまった。()()()()()()()()()()()()()()()見張りを頼めたんだがな……」 「…………」 「こうなったら噂が本当じゃないことを祈るしかない。よく顔を合わせる二人に間違いが起きないといいな。なにせルーナはラルクの理想の女だし。」  もう言葉も出てこないアニエスを見やり、ロナウドは優雅にお茶をすすった。 ※※※※※  執務室からひっぱり出されたラルクは、腕を引くルーナに苛立ちのまま声を荒げた。 「そんな戯言信じるわけないだろ!! 下らない! アニエスが、アニエスがロナウドをなんて……そんなわけないだろ!!」 「そう言い切れるってことは、アニエスとうまくいってるってこと?」 「当然だ! あの女神の美貌に跪いて祈りたくなっても、辛うじて堪えてるからな。美人過ぎるアニエスの隣で、犬にならずに夫が出来るのは俺しかいない。なにせとんでもなくいい匂いが……」 「黙ってラルク。あんたの変態度合いを知りたいわけじゃないの。アニエスに愛されてるのかを聞いてるのよ。」 「そ、それは……」  意気込みはあっても結果は出てない。ラルクはぐっと唇を噛みしめた。主導権はもう無理だと悟った。何もかもが完璧すぎて、もう声だけで理性がぶっ飛ぶ。勝てるわけがない。 「けど、アニエスに浮気する余力なんてない……」  毎晩限界まで貪っている。余分な体力なんて残していないはずだ。拗ねたように呟くラルクに、ルーナは呆れたように瞳を眇めた。 「どうせバカバカしいって分かり切ってるから、そう思う根拠は言わないで。聞きたくない。私が確認したいのはそういうことじゃないし。」 「バカバカしいってなんだよ! 俺は真剣に……!」 「アニエスに愛してるって一度でも言われたことがあるの?」 「……っ!! そ、それは……」  じっと見つめてくるルーナの視線から気まずげに顔を背け、奥歯を噛みしめた。 (俺だってその一言のために必死だよ……!!)  出会った時から夢中なのだ。勉強も訓練も死に物狂いでやった。アニエスに振り向いて欲しくて。愛おしくて愛おしくてもうおかしくなってるに違いない。それなのにほんの少しも手に入らない。 「お、俺とアニエスは結婚したんだ! あれだけ盛大に式を挙げたんだ。俺の妻だって知らない奴はいない! ロナウドだって参列した! 既婚者同士でそんなこと起きない!!」  焦燥に焦れるように怒鳴ったラルクに、ルーナは疲れたように首を振った。 「親が決めた婚姻でしょ? 私たちも貴方達も。恋焦がれた上での結婚ではないわ。」 「それでも!! それでも誓ったんだ!! ロナウドにはルーナがいるだろ! だからそんな……そんなことは……」 「第三騎士団の騎士団長。忘れたの? 既婚者同士の不貞で、派手に修羅場を繰り広げてたじゃない。」 「……っ!!」  見ないようにしていたものを、目の前に突き出されてラルクは顔を歪めた。結婚がゴールだと思っていた。もう安心だ。自分だけのものだと。現実は日々アニエスの魅力を思い知るばかり。アニエスなら例え既婚者でも構わない。ラルクでさえもそう思う。ぐっと痛みに耐えるかのようなラルクを眺め、ルーナは広げた扇に口元を隠した。 「繊細で優美。知的な文官タイプ。」 「……何?」  訝し気に眉根を寄せたラルクに、ルーナは笑みを浮かべて痛恨の一撃を放った。 「アニエスの好みのタイプよ。ロナウドは中身はともかく、外見だけは完璧に理想だろうから。だからそんな噂が立ったのよ。」 「繊細で優美……知的な文官……そんな……」  ぐらぐらと回り始めた視界に、ラルクは口元を手のひらで覆った。ゴリゴリと鍛えまくった紛うことなき騎士の身体。父に似た彫りの深い顔立ちは、お世辞にも繊細で優美とは言えない。 (だから、なのか……? だからアニエスは俺に興味がないのか……? ロナウドに惚れてるなら、ロナウドだって……)  アニエスに惚れないわけがない。ぐうっと喉が詰まって息が出来なかった。喉元をかきむしり、滲んて来た視界に歯を食いしばる。アニエスに惚れない男なんて存在しない。アニエスに比べたらルーナ程度では太刀打ちできるはずがない。   (虫の息ね。相変わらずチョロいわ)  ナチュラルにディスられているルーナは、ラルクを可哀そうな子を見る目で見つめた。  このネタで何度騙されたら気が済むのか。毎回律儀に騙されるほど盲目のラルクに、ルーナはため息をつく。  精悍で男らしい色気のある美形。長身で鍛え上げられた颯爽とした立ち姿。その見た目ももう、アニエスにとっては忌むほどなのに。アニエスにとって大事なのはラルクであることだけだ。  ともあれラルクはもうぺしゃんこ。絶望に涙目になって小刻みに震えている。ルーナは扇を閉じた。捨て犬のような顔で、打ちひしがれるラルクに遠慮なく追い打ちをかけた。   「アニエスに護衛騎士を断られたわ。()()()()が無くなるからって。()()()()()()()()()()()()()?今の護衛じゃ年季の入ったサボりの天才を、王宮からしょっちゅう抜け出すのも止められないし。」 「…………」 「ロナウドの城下の視察って言い訳が本当だといいけど。とにかく急ぎましょ? ロナウドがアニエスを()()()呼び出したらしいから。」  真っ青になって急ぎ始めたラルクを見やり、ルーナは扇で笑みを隠した。 ※※※※※ 「ラルク、ちょっと待って……!」 「……何やってんだ!! 急いでくれよ!!」  よろけたルーナに苛立ちながら、背中に手を回して支えると一刻も早くと客室に急ぐ。ちらりとラルクを見やり、ルーナはぽつりと呟いた。 「どうして客室に呼び出したのかしら……」  いつもなら応接室。客室にはベッドがある。添えられた手がぶるりと震えるのを感じて、ルーナはニヤリと笑った。全速力で辿り着いた客室を開けようとするラルクの手が震えているのを見て、ルーナは無言で押しのけるとそのまま扉を押し開く。 「……アニ、エス……」  視界に飛び込んできた光景に、ラルクは呆然と立ち尽くした。ロナウドに肩を抱かれた涙目のアニエス。優美で繊細なロナウドの美貌が、アニエスを覗き込んでいた。寄り添って座る二人は、一幅の絵画のように完成していて、ラルクの心を打ち砕いた。  扉の開く音に顔を上げたアニエスは、頭を殴られたような衝撃を受けた。心を満たすような可憐な美貌の小柄なルーナ。労わる様に回されたラルクの腕。並び立つ二人は感嘆するほどにお似合いで、アニエスの心を叩きのめした。 「……ラルク……や、だ……いやだよぉ……ラルク……」  アニエスはついに涙腺を決壊させ、ぼろぼろと涙をこぼし始める。どれほど二人がお似合いだったとしても、ラルクを手放すことなどできるわけがない。縋るように手を伸ばし、力が入らない足でラルクに歩み寄る。 「……ダメだ……アニエス……お願いだ……」  懇願するように手を伸ばし、ラルクはふらふらとアニエスに歩み寄る。自分よりアニエスの相応しい奴がいようと、どうあっても諦められない。  お互いしか目に入らないかのように、歩み寄る二人をロナウドが腕を組み本格的に見学体制に入った。その腕をルーナが苛立ったように引っ張る。 「ちょっと! もう出るわよ!」 「これからがいいところじゃないか。」 「そうだけど、後で殺されるわよ? 私は護衛騎士が欲しいの。」 「……わかったよ。」  渋々退室したルーナとロナウドが退室した室内で、互いの震える指先が触れ合った。その途端、きつく抱きしめ合う。 「ラルク! ラルク! 好き! 好き! 大好きなの! お願い、捨てないで!」 「アニエス! 頼むよ、俺のものでいてくれよ……愛してるんだ! アニエス……アニエス……」  散々不安に煽られて叩きつぶされた意地と矜持は、恐れていた事態を目の当たりにして消え失せた。嫉妬や疑念より先にわき出すのは、ただただ必死な哀願だった。どうか好きになってほしい。どうか側にいてほしい。長年の片思いを支え続けた意地さえも張れなくなった、拗らせ夫婦の敗北宣言でもあった。  懇願するように、長年溜め込んで肥大化した恋心が、堰を切ったようにあふれ出していく。 「好き……好きなの……どうしようもないほど好きなの……ラルクだけなの……ラルクしか見えないの……」 「アニエス……愛してる……アニエス……お前のためなら何だってする……好きだ……好きだ……」  貪るような口づけの合間に、涙をあふれさせながら愛を囁き合う。際限なく僅かな隙間さえなく膨らんだ恋心を必死に吐き出す。溜め込み過ぎた恋心を吐きださなければ、相手の愛の言葉さえ入り込む隙間もない。   「好き……ラルク……貴方が好き……貴方の目が好き。柔らかい髪が、引き締まった筋肉が、たまらなく好き。全部好き……愛しているの……」 「愛してるアニエス……お前は奇跡だ……祝福だ……もう夢中なんだ。離れてなんて生きていけない……愛してる、愛してる……」  言葉がこぼれるたびに、身体は体温を上げ見つめ合ったまま、互いの身体をまさぐり合う。好きだと口に出すたびに、細胞が悲鳴を上げるように身体全部で目の前の相手を欲しがり出す。 「あっ!!……あぁ!……ラルク! ラルク!!」  トロトロに溶けた熱いアニエスの中を、差し入れた指で掻き回す。縋りつくアニエスをきつく抱きしめて、ラルクが首筋に舌を這わせる合間に囁いた。 「アニエス……愛してる……キレイだ……俺だけのものでいてくれ……頼む……頼む……」 「ラルク……好き……好き……気持ちいい……あぁ……もっと……」  じわりと汗の滲むラルク肌に縋り、唇を押し付けながらアニエスは蕩けた声で懇願した。欲しくて欲しくてたまらない。余すところなく、全てを手に入れたい。 「アニエス……愛してる……愛してる……あぁ……もうどうにかなりそうだ!!」  抱え上げて寝台にアニエスを放り込む。震える手で張り詰めた欲望を引き出すと、むわりとラルクを誘う蜜壺に押し込める。 「あああぁーーー!!」 「アニエス!……好きだ!!……アニエス!!」  まとわりつく様に受け入れられたアニエスの中を、胸に渦巻く吐き出しきれない想いのままに蹂躙する。  汚して犯して全てを手に入れたい。一つも余さず自分のものだと刻み込みたい。 「ラルク!……あぁ!!……好き!……好き!」 「愛してる! 愛してる!………アニエス!」  溜め込んだ知識も技量も吹っ飛び、焦がれ続けた相手への際限なく湧き上がる熱のままに、ただひたすらに貪る。  責め苦のような快楽に、息を弾ませ肌から汗が滴り落ちていく。 「うっ……あぁっ!……アニエス!!」 「ラルク! ラルク! ……あぁ! あああーーーー!!」  高まり続ける熱が弾け、快楽に二人分の咆哮が響いた。見下ろしたアニエスが、涙をこぼしながら、ラルクの頬に手を伸ばした。 「ラルク……愛してるの……ずっとずっと好きだったの……貴方しかいないの。お願い……私を好きになって……」 「アニエス……アニエス……初めて会った時からお前だけを愛してる。お前以外考えられないんだ……!」 「……本、当に……? 私を愛してくれるの……? ルーナみたいに小柄でも清楚じゃなくてもいいの……?」 「ルーナ? 俺にはずっとお前だけだ。なんでもする。だからロナウドなんかやめろよ。俺だけ見てくれよ……」 「ラルク……ッ!! 私だって貴方しか見てないわ……!! 好きなの! 大好きなの!!」 「アニエス……ッ!! 俺のアニエス!! お前がいてくれるなら他には何もいらない!!」  吐き出し続けた恋心。共に快楽の頂きを極めて、ようやくほんの僅かにできた隙間に、やっと相手の言葉が染み込む隙間が出来た。  ずっと伝えたかった想いと、ずっと聞きたかった言葉を噛み締め、互いに歓喜の涙を溢しながら抱き合い舌を絡める。夢じゃないことを確かめるように、抱きしめ合う腕には力がこもった。 ※※※※※ 「……殿下。あの、客間のお客様の件ですが……」 「ん? あぁ、帰ったか……礼でも述べてたのか?」  執務に集中していたロナウドは、遠慮がちな補佐官の声に顔を上げた。 「いえ……それがその……」  補佐官がチラリと視線を走らせた時計に、ロナウドは眉根を寄せた。頃合いを見て護衛の打診に行くつもりでいた。二人が静かになったら声をかけろと伝えていたが、執務に集中していたせいで聞き逃したらしい。  ルーナに嫌味を言われるな。ため息を零したロナウドに、気まずそうに補佐官は口を開いた。補佐官の報告を何度か聞き返して、ロナウドは衝撃に目を見開いて、やがて疲れた様に立ち上がった。 ――――――  ルーナと連れ立って客室に向かう。扉が見えるころには、壮絶に怒鳴り合う声は、廊下の外まではっきりと聞こえた。ロナウドとルーナは顔を見合わせると、ため息を吐いて扉を開けた。 「だから! 私のほうが好きに決まっているでしょ? 何度ただ存在しているだけで尊い貴方に、呼吸困難を起こしたと思っているの? 」 「ふざけるな! 俺のほうがどう考えても愛してる! 女神でしかないお前のことをチラリとでも考えると、心臓が不整脈を起こすんだ! 今生きてるのは奇跡なんだからな!!」 「貴方の筋肉美で私はご飯三杯はいけるんだから!!」 「それがどうした! お前の美貌で腹いっぱいの俺は、飯さえいらない!」 「私の方が絶対愛してる!」 「いいや、これだけは譲らない! 俺の方が絶対に好きだ!!」 「いや、どうでもいいからお前ら帰れよ……」  興奮に頬を染めたアニエスとラルクが、割って入ったロナウドの声に勢いよく振り返った。すかさずロナウドからアニエスを隠そうとするラルクが、ルーナからラルクを隠そうとするアニエスともみ合い始める。 「……はあ……嘘だから。」  頭が痛むように額を押さえたロナウドが、深くため息を吐き出した。 「最初っからアニエスはラルクが好きだし、ラルクはアニエスが好き。ルーナとか俺とか噂すらないから。」 「本当……!?」 「本当か……!?」 「ええ……本当よ。お互いの気持ちは……十分伝わったようね……」  わやくちゃな寝台をチラリと見つめ、ルーナはこめかみを押さえた。赤くなって見つめ合う二人に、ロナウドはイライラした。 「分かったか? 感謝なら後日たっぷり聞いてやる。」  だからもう帰れ。続きは家でやれ。その横でルーナも疲れたように頷いた。わざわざ客室にしたのは、想いを確かめあったらヤるだろうなと思ったからではあった。でも盛り上がったとしてもせいぜい二、三回だろうと思っていた。舐めてた。バカップルを舐めてた。王宮は王族のお家で国政の中枢。そういうお宿じゃない。五時間もヤッてるとか頭おかしい。  やっと終わったと思ったら、今度はどちらかがより好きかと、犬も食わないような不毛な争いを開始したらしい。心底どうでもいい。使用人達には特別手当を出そう。 「分かった。長々邪魔したな。決着は家でつける。」 「私の愛の大きさに跪かせたら、連絡するわ。」 「ハッ! 上等だ。俺の愛の深さを思い知れ。」 「「…………」」  だからもう帰れって。挨拶もそこそこに睨み合いながら、ドスドスと去っていくラルクとアニエス。その背中を見送り、ロナウドはルーナを連れ執務に戻る。 「……多少は落ち着くわよね……?」 「……私に聞くな。」  護衛騎士は確保できるだろう。嘘だと分かっても万が一がないようにするはず。なにより顔を合わせる機会を逃すはずがないから。言いようのない疲労感に、王太子夫妻はどちらともなくため息を吐いた。  ちょっと早まった気がしていた王太子夫妻だったが、後日護衛騎士の打診は二人そろって断られることになる。理由は第一子懐妊。書信を覗き込み魂魄を飛ばす、王太子夫妻を盗み見て補佐官は心の中で呟いた。 (悪さばかりするから、そうなるのです……)  日頃の行いが悪かったせいなのかは不明だが、闘い続ける夫婦はようやく相手の気持ちを知り、自分の気持ちを伝えるに至った。不毛な闘いは幕を閉じても、どっちの愛の方が大きいか。という新たな闘いに身を投じたので、結局はこの先も闘い続けていくことになりそうだ。      
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