悪辣令嬢、媚薬を盛る 1

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悪辣令嬢、媚薬を盛る 1

 アシェラはにっこりと笑みを浮かべて、不機嫌そのもののドラクル王国王太子グラードを見やった。グラードはドラゴンの末裔の証である、金の瞳を眇めてアシェラを睥睨している。 「どういうつもりだ?」  優雅な微笑みを浮かべたまま、アシェラは小さく首を傾げた。見事なはちみつ色の金髪が、華奢な肩から滑り落ちさらりと揺れる。 「どういう?」 「とぼけるな。なぜ私室に通した? 俺はここに婚約を解消するために来ているんだが?」 「ええ、おっしゃる通りです」 「ではなぜ私室に通す!」 「……王太子からの寵愛を得られず捨てられるのです。せめて人目のつかぬように……その程度の配慮も不遜だと仰いますの?」 「……ハッ! もういい! さっさと署名しろ!!」 「確認いたしましたら、そのように」  舌打ちするグラードが、首元に指を差し入れる。息苦しそうに首元を緩める様を、チラリと盗み見た。我慢の限界を試し続ける性悪な婚約者の私室にいるのが、たいそうお気に召さないらしい。アシェラはひっそりと笑みを浮かべて、書類をめくった。 「……まだか?」 「はい、もう少し……」  王家が提示した解消条件を、熱心に読み込んでいると、グラードがイライラと声を荒げた。 「言っておくがこれ以上は何も譲らない。そもそも瑕疵になるものもないはずだ。さっさと署名して、好きに過ごせばいい」 「公文書ですもの。慎重にいたしませんと」    アシェラはグラードに婚約解消を、決意させた輝く美貌を微笑ませた。グラードが舌打ちして、アシェラから顔を逸らした。 「おい! もういい加減……」  暑さと息苦しさに耐えかねて、声を上げたグラードの視界がぐらりと歪んだ。きつく眉間にシワを寄せ、ふわふわと定まらない視界に必死に耐える。アシェラが赤い唇を釣り上げた。 「な、んだ……?」  「……ようやく効いたわ」  力が抜けて傾いだグラードを見下ろし、アシェラが嫣然と微笑む。 「何を……」 「《龍の目覚め》は無香なのですね。私のためならなんでもすると言うので、試しに任せてみたのです。ご心配なく、対の《龍の慈悲》もございましてよ?」  アシェラは嘲笑うように《龍の目覚め》と対になる、《龍の慈悲》の小瓶を振ってみせた。グラードが部屋を見回し、香炉から僅かに立ち上る煙が、微かに紫がかっていることに歯噛みする。  謹厳実直を絵に描いたようなグラード。彼がこうしてだらしなくソファーに崩れ落ちているなら、王家だけの初夜の秘薬(龍の目覚め)の媚香は、ちゃんと本物だということ。アシェラはにんまりと目を細めた。 「……アシェラ!!」  ギリギリと奥歯を軋らせるグラードは、頬を上気させ呼吸まで浅くしている。その様にアシェラは、笑みを堪えきれなかった。 「そのようなお姿は、初めて拝見いたしますわね?」  目の前の男はいつも礼儀だ、作法だと小煩かった。アシェラに蔑むように見下されても、ただ力なくへたり込んでいる。微笑んで額にかかるグラードの、少し汗ばんだ前髪を払いそのまま護衛を引き入れた。忠実な騎士達はグラードを丁重に寝台に運ぶと、静かに退室していく。  二人だけの静かな室内で、アシェラはドレスに手をかけた。戸惑いなく脱ぐ衣擦れの音と、グラードの浅い呼吸が混じり合う。やがて下着姿になると、振り返って寝台に片膝を乗せた。ギシリと軋んだ寝台に、グラードが薄く目を開ける。 「……何のつもりだ!!」 「そんなの……決まっているでしょう? 私に最高の地位を与えられる男を、逃がすわけがないと思いません?」 「こ、の……性悪が……!!」    腹に跨られたグラードが声を振り絞り、アシェラは笑みを溢しながら見下ろした。アシェラの波打つ黄金の髪が、さらりと流れ落ち、至近距離で見つめ合う二人に紗が降りる。明度の落ちた互いの美貌。その浮かべている表情は対照的だった。 「貞節を重んじる王家ですもの。肌を重ねたとあっては、婚約の白紙は無理でしょう?」  目元をほのかに上気させたグラードが、金の瞳を憎悪に燃え上がらせた。 「……ふざ、けるな……!」 「この状況で随分と威勢がよろしいこと。頑張って抵抗なさって? 《龍の目覚め》にどこまで対抗するのか楽しみですわ」  シャツをはだけ、顕になった肌を指でなぞる。それだけでびくりと反応するグラードに、アシェラはくすくすと嗤った。 「……お前のような女を妃になど……!!」  爛々と怒りに燃える瞳で睨むグラードに、アシェラは鼻白んだようにため息をつく。 「この美貌のどこが気に入りませんの……?」  心底不思議そうなアシェラに、グラードはグッと奥歯を噛み締めた。今この時さえも、息を呑むほど美しい。宝物を好むドラゴンを、惑わし続けるその美貌。それが余計に気に障りグラードの、唇から唸るような罵倒が溢れ出す。 「……確かにその美貌は感嘆に値する。だがそれだけだ! これまでの行いを忘れたか? 笑わせるな!」 「だって気に触ったのですもの」  咲き誇る百花よりもなお美しく、アシェラはにっこりと微笑んだ。反省の欠片も見せないアシェラに、グラードは唇を噛み締めた。  美しい薔薇には棘がある。  アシェラはひどく美しく、そして苛烈だった。派手なドレスと宝飾に身を好み、誰に対しても高飛車で傲慢。礼の角度が浅いとお茶をかけ、ドレスの色が同じだと噴水に突き落とす。水害による収穫減少に、王家発令の奢侈禁止令も無視して、華やかに着飾って遊び歩いていた。アシェラはグラードの苦言を、毎回キレイに聞き流していた。妃に足る資質をついに一つも見出せなかった五年間。とうとうグラードは婚約白紙を決意した。 「……どれほど言って聞かせても、お前は変わらない」 「変わる必要が?」  昂然と顎を逸らすアシェラには、グラードの言葉など少しも響かない。水害のよる収穫の減少も国民に広がる不安も、アシェラにはどうでもいい。グラードがグッと眉間を険しくさせた。 「……婚約は白紙だ。民が飢えようが富もうが、気にも止めぬ者が座っていい椅子ではない……!! お前を取り囲む取り巻きと、好きなだけ遊べばいい! ただし俺の目に入らぬところでだ!!」  軽蔑しきった声音に、アシェラは微笑を浮かべた。確かに民が飢えようが、それがなんだというのか。  アシェラの足元に跪き、熱に浮かされたように愛を囁く男達。その光景がいかに見苦しいかなど、鬱陶しい忠告も面倒なだけ。たとえ忠告するのが、グラードであっても。 「言われずとも当然、好きに致しますわ。ですが、次期国王の妃の座は私のもの。それは譲れませんの」 「夜会の度に違う男と消える、その穢れた身体を恥じる気もないとはな。呆れ果てる。お前の靴なら喜んで舐める取り巻き達と、戯れていればいいだろう……!? 耳の穢れる醜聞など俺に聞かせるな!!」  逸らしていた瞳をあげて、徐々に激昂するようにグラードが叫ぶ。煩わしそうに口元に手を当て、アシェラは苦々しく顔を顰めた。 「……またそのお話ですの? 私が美しいことが罪だとでも?」  とにかく小言の多いグラードだったが、とりわけ貞節には比にならないほど過敏だった。王家が貞淑を重んじようが、アシェラには関係ない。厳しく求められる貞節は、うんざりだった。 「お前は俺の婚約者なんだぞ!」 「……はあ、もう貴方の小言は結構です」  虫を追うように手を振って、小言は無視して王家の指南書を引き寄せた。   「なぜそんなものを……」  面倒事は早めに済ませようと、確実な既成事実のために頁を捲り始める。戸惑いをあらわにして、グラードがアシェラを見上げた。   「アシェラ、なんの冗談だ……」  該当箇所を熱心に探していたアシェラは、うるさいグラードに苛立ち顔を上げた。訝しげに顔を顰める美貌をきつく睨みつける。 「もういい加減黙ってくださらない? 気が散りますわ!」 「…………」  黙り込んだグラードに満足して、アシェラは指南書に視線を戻した。求める情報を熱心に探したが、見つけた記載に何度も眉根を寄せる。 「……結合部……? ってどこ……?」  ぶつぶつと呟きをこぼしながら、探せど出てこない情報に、徐々に苛立ちが募り始める。 「一般的な手順って……だからそれを書きなさいよ……!!」  指南書と名乗るなら相応の記述をするべきだ。知っていて当然とばかり省略されている内容に、アシェラの声に怒りが滲む。 「アシェラ? ふざけているのか……?」  呆然としたグラードの声に、苛立ちを逆撫でされたアシェラが噛みついた。   「もう! お黙りになって!」  怒鳴りつけたアシェラの手首が、そのままグラードに掴まれた。不意打ちに指南書を取り落とし、イライラと振り返る。信じられないものを見るような、感情の読めない視線にぶつかって、アシェラは思わず舌打ちした。 「……なんですの? 《龍の目覚め》で逃げられもしないのです。いい加減観念なさったら?」  感情的に声を荒げたアシェラに構わず、グラードは探るような視線で真っ直ぐに見つめてくる。やけに真剣な眼差しに、アシェラは小さく首を傾げた。一体なんなのか。   「なぜ指南書を見る。お前に必要ないはずだ。毎夜遊び相手としていたことをすればいいだけだ」 「いちいち邪魔をなさらないで! 心配せずとも逃れられない、既成事実は私が作って差し上げますわ!!」    グラードを睨みつけ落ちた指南書に、手を伸ばそうとした視界がぐらりと回転した。寝台に縫い付けられ驚いて見上げると、ギラギラと底光りする金の瞳と視線が絡む。 「何も知らないかのようなふりをする意味はなんだ? 俺を襲おうとしているくせに、その振る舞いは意味をなさないだろう?」 「……ふりではございませんけど?」 「……ふりでは……ない……? なら……お前は……」  グラードが衝撃を受けたように目を見開き、動揺を隠すように手のひらで顔を覆った。アシェラは呆れ返った。 「知っていたら当然必要ありません」  知らないから調べている。わかりきった事実に、やけにしつこく無駄に食い下がってくるグラード。アシェラは冷たく目を眇めた。ドラゴンの末裔である王族は、言われるほど優秀な頭脳ではないのかもしれない。 「嘘だ……お前がまだ……なら、俺は……」 「……理解されたならどいていただけます? 私が……」  言い差してアシェラは言葉を止めた。組み敷いていたはずが、組み敷かれている。そのことに気付いて、慌ててグラードを振り返る。時間切れの可能性に青ざめた。黙ったまま手のひらに顔を埋めた、グラードの表情は見えない。肩が小さく震えているのに、アシェラが眉根を寄せた。 「グラード様?」 「……その身は清いまま……? 未だ男を知らずにいると……?」 「それが何か?」  まだそんな瑣末事にこだわっていたらしい。鬱陶しさをため息で吐き出し、とにかく急ごうとしたアシェラの耳に、くぐもった哄笑が聞こえた。そっと見やった先でグラードが、肩まで揺らして嗤っていた。 (気でも触れたのかしら……?)    笑い出したグラードに戸惑いつつ、アシェラは《龍の慈悲》に手を伸ばした。小瓶を掴んだ手が、グラードに阻まれる。小瓶ごと手を握り込まれムッとしながら、振り返ったアシェラは思わず息を呑んだ。 「答えろ、アシェラ。その身は未だ純潔か? では毎夜俺以外の男の手を取って夜に消え、どこで何をしていた?」 (……なんでそんなことを知りたがるの……?)  尋常ではない瞳の輝きに、アシェラは喉を上下させた。堪えられないように笑みを刻むグラードは、食い入るようにアシェラを見下ろしている。 「答えろ、アシェラ」 「……じゅ、純潔ですが、それがどうだと言うのです? どちらにせよ指南書の手順を全うすれば、妃の座は私のものです」  得体の知れない恐怖を感じて、喉奥が震えた。それでも気強く言い返したアシェラに、グラードがニイッと口端を釣り上げる。 「そうか……お前がまだ清いままとは……そうか……そうだったか。ふふっ。では、あれらとはどう夜を過ごしていたんだ?」  ビロードのような耳触りの猫撫で声に、アシェラの鼓膜が揺らされる。ぞくりとするほど甘い声は、甘いほど不穏に感じて、アシェラは肌が粟立つのを感じた。 「靴を……」 「……ふっ! ははは! 嘘だろう? 靴でも舐め出しかねないとは思っていたが、本当に靴だけ舐めていたと? 傑作だな!!」  唸るようにグラードは喉奥で笑った。アシェラは今のうちに、自由を取り返そうと手首を捩る。嘲笑の気配を残したままの、グラードがアシェラに視線を落として瞳を細めた。 「ああ、美しい俺のアシェラ、なぜその身を明け渡さなかった? 俺のためにか?」  優しく見えるほど細まった瞳に、眉根が寄った。おかしなことを言い出したグラードに、アシェラはごく当然の事実を告げる。   「……私の身体ですのよ? 自由にできるのは、私だけですわ」  誰のためでもない。あえていうなら自分のため。誰と何をするかはアシェラだけの権利だ。躊躇なく高慢なアシェラに、グラードの脳がぐらりと揺れた。理性が溶ける感覚にグラードは笑みを刻んだ。 「そうだな、お前はそういう女だったな。いい子だ、アシェラ。だが妃教育もまともに受けなかったお前では、せっかくの《龍の慈悲》も無駄にしてしまう」    薄ら笑いを浮かべたグラードに、アシェラが息を詰めた。見つめあった美しい金色の瞳は、いつの間にか瞳孔が縦に切れ上がっていた。謹厳な王太子の空気は消え失せ、獰猛で凶暴な気配を纏うグラード。身震いして瞳を怯えさせたアシェラを、面白がるように、グラードが頬に手を伸ばした。 「ちゃんと妃教育は受けておくべきだったぞ? 《龍の目覚め》は火ではなく、水をかける。だから覚醒も中途半端なんだ。かわいいアシェラ、()からは間違えるな。俺に相応しい女にならねばな?」 「た、正しくないならどうして……?」  アシェラの掠れた問いに、グラードは眉を跳ね上げた。射すくめてくる視線を外したくても、目を逸らしたら終わる不吉な予感が拭えず、アシェラはグラードから視線を外せない。  一度もまともに妃教育を受けなかった。だからグラードの言う、覚醒がなんなのかも分からない。でも本能は理解していた。()()が覚醒で、《龍の目覚め》は()()()()のものだと。  グラードは覚醒している。正しく使えなかったはずの《龍の目覚め》で。()()()()いる。  傍若無人で怖いもの知らずのアシェラでさえ、震えるような畏怖と鋭い威容を纏うグラード。まるでもう人ではなく、ドラゴンの眼前にいるかのよう。震えるアシェラから、グラードは《龍の慈悲》を抜き取った。完全に縦になった瞳孔が、危うさを孕んで細まった。 「覚醒は中途半端でも、お前その美しさが否が応にも覚醒を促す。ああ、美しい俺のアシェラ……全く五年もよくも振り回してくれたものだ」  あやすような響きの甘い囁きは、まるで取り巻き達のような賛美の言葉を紡いだ。グラードから一度も言われたことのない睦言は、脅迫じみてアシェラの鼓膜を震わせる。 「……何も知らぬ無垢なままなら、早くそう言えばいいものを。俺をどれほど嫉妬で狂わせるつもりだった? 目に入らぬよう遠ざける必要がないなら早く言え。だが許そう。無垢なままのその美しさに免じて。俺のアシェラ、望み通り妃の座はお前のものだ」  グラードが頬に手を伸ばす様子を、アシェラはただ怯えて見つめていた。それしかできなかった。頬に揺れた指先に、アシェラがぴくりと肩を揺らす。   「……結合部も一般的な手順も知らずとも、心配はいらない。俺がお前を()()()にしてやろう」 「……っ!!」 「もう二度と俺に逆らわぬいい子になるぞ。そうだろう? 無知なアシェラ」  ゆらりと腰を揺らしたグラードの動きに、目を見開いたアシェラが恐る恐る視線を下げる。身体に押し付けられたモノを確かめる様子を、グラードは薄く笑って見守った。 「……ひぃっ!!」  目の当たりにしたものに、アシェラが悲鳴をあげた。押さえられた手を振り解こうと渾身の力で暴れ出し、グラードが喉奥を鳴らしながらアシェラを優しく宥め始める。 「……い、や……いや……!! 離して!! 離してぇ!!」 「アシェラ、妃の座が欲しいのだろう? それならば頑張らねば」  アシェラは拒絶に必死に首を振り、グラードから離れようと身をにじる。振り解けない手に焦れて、取り乱しながら涙声で叫んだ。 「む、無理!! こんなの絶対におかしい!! 離してぇ!! やだぁ!!」  いくらアシェラに知識がなくても、実物を見たことがなくても分かった。どう考えてもおかしい。あんなものはありえない。棍棒サイズの大きさに、ぼこぼこと浮き出る血管が隆起する禍々しい妖物。結合部がどこにしろ、一般的な手順がなんにせよ、絶対に受け入れてはいけないことだけは分かる。  涙でぼやける視界の先で、グラードの口角が釣り上がる。命の危機にも似た絶望に、アシェラが顔色を青ざめさせた。 「無理! 無理! 絶対に無理! 離して……離してぇ……!!」    アシェラの腕よりも太い。あんなものが入るわけがない。あれは魔物だ。あんな悍ましく禍々しものが、男なら誰でもぶら下げているもののはずはない。絶対に魔物。アルティメットすぎる下半身に、アシェラは完全に心を折られていた。  細められた縦に切れ上がった瞳孔。底光りする金色の瞳。ドラゴンの末裔の王家。アシェラは悟った。末裔達の龍の証は、優秀な頭脳でも頑強な身体なんかでもない。下半身についているその魔物こそ、脈々と引き継がれてきた龍の証だと。人にあんなものついてるわけない。 「無理……こんなの聞いてない! ありえないもん……絶対無理! 怖いよぉ……離してぇ……」    ボロボロと泣き出したアシェラに、グラードがひどく優しい声を響かせた。 「ああ、泣くな。かわいい、アシェラ……」 「……っ!!」  許されることを期待して顔を上げたアシェラは、ひくりと浮かべかけた笑みを凍らせた。薄く色づく小瓶を振りながら、グラードが堪えきれないようにニンマリと嗤った。 「そのための()()がある。目覚めさせた責任を取ろうな?」  輝く金色の瞳の輝きに、どうあっても逃げられないことを悟って、アシェラは初めて自らの行いを心の底から悔いた。 ※※※※※  ドラゴンは、慈悲深いのかも知れない。  結合部に惜しみなくかけられた慈悲は、確かに禍々しいドラゴンの恐怖を薄れさせるほどの快楽を、アシェラの肢体にもたらした。 「あっあっあっ……あぁ……やぁ! ああ、あああああああーーー!!」  何度目かの絶頂に弓形に反った身体を抑えつけながら、グラードはくつくつと喉奥を鳴らした。嗜虐に満ちた声はご満悦で、探しても見つけられなかった、不足の知識を甘く吹き込んでくる。 「ここが結合部だ。覚えたか? 俺のアシェラ。ここに俺を受け入れる」  ニチニチと音を立てながら、慈悲を念入りに塗り込めるグラードに、アシェラは返事を返す余裕もなかった。肌は灼けるように熱く、塗り込められるたびに肉壁が別の生き物のようにうねるのが分かった。慈悲がもたらす右も左も分からなくなる快楽でも、ぼんやりとした恐怖心は消えない。アシェラのなけなしの警戒を肯定するように、グラードの囁きが吹き込まれる。 「気持ちいいか? アシェラ、俺専用の身体に作り変わっていくのは」  涙で潤む瞳を問うように薄く開いたアシェラに、グラードが酷薄に笑みを刻む。 「入るわけがないだろう? 普通なら。龍の慈悲で身体を作り変えるんだ。龍を受け入れられる身体に。もう俺以外で満足などできなくなる。嬉しいだろう? アシェラ。お前は俺専用の女になる」  快楽に塗りつぶされていた頭が、ぼんやりとグラードの言葉を咀嚼する。「身体が作り変わる」染みてきた言葉にぼんやりとしていた恐怖が、はっきりとした輪郭を得てアシェラはふるふると小さく頭を振った。 「や、だ……やだぁ……」  妃にはなりたい。最高の地位こそ自分に相応しい。でも身体を作り変えるのは嫌だ。そんなことが必要だとは知らなかった。アシェラは感じる恐怖のまま、怯えて弱々しく首を振る。絶え間なく蠕動する最奥からの快楽さえも、一瞬で恐怖に変わっていった。 「わがままだな。俺を襲ってまで妃になりたかったのだろう? なぁ、アシェラ?」  完全に覚醒を果たしたグラードが、アシェラの涙が伝う頬に擦り寄る。陶器のような肌の感触を楽しむように、喉奥を鳴らし下半身の魔物がゆるゆると秘裂に擦り立てられる。 「あぁ……!!」  過敏になっている尖った花芯に、ボコボコと血管を浮かせる妖物が快楽を走らせた。悍ましいのに抗えない愉悦に、アシェラは細かく肢体を痙攣させた。 「王家が貞節を重んじる理由が分かっただろう?」  龍の末裔をあちこちに作るわけにいかない。そんな表向きの理由だけではないのだ。もう()()では満足できない、そういう身体にした責任が残るのだから。  アシェラを後ろから抱き込んだグラードが、下腹部を優しく撫でる。絶え間なくうねっているのが肌の上からも伝わってくる。着々とグラードのための身体に変わる様を、愛でるように眺めて楽しむ瞳にアシェラは懇願した。 「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……やだ……無理なの……許してぇ……」  生まれて初めての謝罪は、やわらかい微笑みで拒絶された。待ちきれないとばかりに、脈打つ血管を浮き上がらせる魔物。ゴツゴツの岩のように硬い禍々しい妖物を求めて、アシェラの最奥が絶え間なく悶えるように捩れる。ぐつぐつと煮えるような熱と官能でも、この先に起こることへの恐怖は塗りつぶしてはくれなかった。 「あや……謝ってるのにぃ……やだぁ……やだぁ……入んないもん……無理だもん……やだよぅ……」 「……ああ、アシェラ泣くな。可愛くて食ってやりたくなるだろう?」  子供のように泣き出したアシェラを、グラードは容赦なく寝台に押しつける。ボロボロ泣いているアシェラを、ギラギラと底光りする金の瞳が真っ直ぐに射抜いた。  駄々をコネていたアシェラは、とろけるように囁くグラードの声に、ひくりと唇を引き結んで嗚咽を堪えた。食われないように、必死に泣き止むほど怯える様子に、グラードの脳が揺れて理性は簡単に千切れ始める。 「かわいいな、アシェラ。こんなにかわいいお前が、無垢なままだとは……あぁ、アシェラ、どうしてやろう……俺の美しい宝物……俺の女……」 「グ、グラード様……やだ……! やだ……!」  目つきのおかしいグラードに、アシェラは必死で抵抗する。ぐにゃぐにゃと力の入らない身体が、自分の意思とは反対に、奥がぞくりと歓喜に震えるのを感じた。当てがわれた魔物の熱さに、アシェラの腰が浮く。 「裂けちゃう! 絶対死んじゃうから! やだぁ!!」  必死に呂律の回らない舌足らずな懇願は届かず、メリメリと音を立てて剛直は無慈悲に突き立てられた。 「ふぁ……あぁ……な、んで……なんでぇ……」  ゴリゴリと絶対入らないはずの異物は、確実にゆっくりと侵入してくる。密着している肉がドロドロと溶けているかのように、難なく受け入れるているのが分かった。物理的に無理なはず。それなのに感じるのは、痛みではなく支配される悦び。波紋のように広がる快楽に、アシェラは混乱してうわ言のじみた嬌声をあげ始めた。  浅く荒く呼吸を乱しながら、汗を滴らせてグラードは止まることなく魔物を押し込み続けた。グネグネと下腹部が蠢き、作り変わるという言葉の意味を身をもって知らされながら、じわじわと細波のような快楽にアシェラが吐息をこぼす。  物理に無理なはずのモノは、完全に胎の中に収まった。収められたモノの脈打つ振動が、神経に直接電流を流すような快楽を生み出し始める。 「やだ……なんで……気持ちいい……気持ちいい……なんでぇ……あぁ……」 「あぁ、アシェラ……俺のものだ……俺だけの女だ……」 「……気持ちいい……はぁ……グラード様……足りない……お願い……全然足りないのぉ……」 「……っアシェラ!!」  ぐずぐずに溶けたように、快楽に溺れ出したアシェラが強請る。吠えるように叫んで、グラードが腰を深く打ち付けた。そのまま開始された抽送に、アシェラが最後の理性を手放す。 「ああっ! 気持ちいい! 気持ちいいの! もっと! もっとして! ああっ! ああっ!」 「アシェラ! アシェラ! 俺のモノだ! 二度と俺を振り回すことは許さない……! アシェラ!」  積年の愛憎をぶつけるような激しい律動に、荒れ狂う大波の快楽が襲いかかる。アシェラは従順に甘く哭いて腰を振るった。快楽に堕ちて淫らに揺れるアシェラは、その身体を犯す者のための身体に変化を続けた。支配される悦びに哭くアシェラに、支配する愉悦に猛ったグラード。獣のように吐息を絡ませ合い、深く繋がった最奥にやがて灼熱がぶちまけられた。 「ああっ……!! ……っ!!」  その熱さに震えて声もなく絶頂する身体を、キツく抱きしめながらグラードは、金の瞳をギラつかせながら囁いた。 「アシェラ、もうお前は俺のモノだ……俺だけの女だ……」  絶対上位者の支配者の囁きに、犯すはずの相手に返り討ちにされた悪辣令嬢は、快楽に浸されたままぼんやりと頷いた。 ※※※※※ 「物品税を引き上げればいい。金を余らせている連中からむしり取れ」 「相当な反発が予想されます」 「黙らせるさ。教育水準の引き上げに貢献できるなら本望だろう」 「では税率を引き上げる物品は……」  グラードが差し出されたリストに手を伸ばすと、執務室に軽い叩音が響いた。二人の補佐官が視線を見交わして扉を開ける。楚々と入室してきた侍女は、礼をとったまま口を開いた。 「アシェラ様の宮に服飾担当者が……」  最後まで聞かずにグラードが無言で立ち上がり、そのまま風のように執務室を後にする。残された侍女が戸惑ったように、補佐官を見上げた。 「……()()ですか。ああ、貴女はもう戻っていいですよ」 「え、あの……は、はい……」  戸惑いながら退室していった侍女を見送り、補佐官二人はのんびりと頷き合った。   「休憩にしますか」 「そうですね」  嬉々として駆け出した主人は、あと数時間は帰ってこない。補佐官達は手早く用意を済ませると、まったりとお茶を啜り始めた。 「……アシェラ!!」 「……チッ! お早いのですね……」  ずんずんと部屋に押し入ってきたグラードに、アシェラは舌打ちした顔を隠すように視線を逸らした。 「婚姻のドレスは俺が用意すると言ったはずだな?」 「……あんな地味なドレスは嫌です!」  むすっと返事を返したアシェラに、グラードは手を振って全員を退室させた。テーブルに残るデザイン画に、グラードはぴくりと眉を揺らす。 「……俺の妻になる日にこれほど肌を晒す理由は?」 「私に似合います」 「ダメだ。ドレスがどうであれ、どうせお前は美しい。肌は見せるな」 「嫌です! 私は絶対に……」 「アシェラ? 俺に逆らうのか?」  グラードが不穏な甘い声を響かせた。その金の瞳の瞳孔がゆっくりと縦長に切れ上がり始めても、アシェラは頑固にそっぽを向いた。 「嫌です! 私は相応しいドレスを着るのです。なんと言われようと!!」 「ああ、アシェラ。なんて悪い子だ。仕置きが必要か?」 「……私は……」  そろそろと後ずさったアシェラの腰に、グラードは腕を回した。覗き込んでくる金色の瞳に、ぞくりと胎が疼いて悔しそうにアシェラが唇を噛み締める。くすくすと笑いながら、グラードがアシェラの耳朶に擦り寄り囁いた。 「それとも、お仕置きして欲しくて悪い子なのか?」 「…………」  むすっとして答えないアシェラを抱き上げて、グラードが口角を釣り上げる。 「さぁ、アシェラ。肌を出さないと約束ができるいい子になろうな?」  アシェラは割とすぐいい子になった。でも逆らった罰とか言われて、なんだかんだで簡単には許してはもらえなかった。  念入りなお仕置きに、デザイン変更する気力も根こそぎ奪われたアシェラは、結局グラードの用意したドレスでむすくれたまま、結婚式を挙げることになったのだった。  
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