恋が叶う奇跡の遺跡

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恋が叶う奇跡の遺跡

※すいません……コピペミスってました……9月7日修正済みです  《魔塔》かつては誰もが生まれ持っていた魔力。時を重ねることで魔力を持つ者は数を減らしていった。魔術師は今や保護対象の希少な存在となった。  魔力が認められると、保護を目的として魔塔に招集される。魔術を学びながら他の魔術師達と研究を生業として、家族同然に暮らしていた。  その魔塔(自宅)への道を歩きながら、絶賛魔塔のお荷物になっているアンネルは、背後の気配に全意識を集中させていた。心臓が高鳴りすぎて、鳥の鳴き声も全然聞こえない。まるで自分自身が心臓になったかのように。   「ダ、ダダダダニエルさん! あ、あの、今日は護衛をしていただき、あああありがとうございま()た」 「はい。こちらこそ、アンネルさんとご一緒できて楽しかったですよ」    緊張しすぎて噛んだことさえ気づけないアンネルに、楽しそうにダニエルが小さく笑った。穏やかなダニエルの声に励まされ、アンネルはポケットの中で手紙を握りしめる。今日こそ渡すと朝からずっとタイミングをはかっていた。今こそその時。   「あ、ああああああの……わた、私……」 「アンネルさん、落ち着いて。ゆっくりでいいですからね」    ダニエルはちょっと笑いを堪えながら、アンネルに優しく声をかける。きゅうと音を立てて引き絞られる心臓。穏やかな甘い声に、アンネルはグッと唇を噛み締めた。   (……ダニエルさん、優しい!! 好き!! 声も素敵!! もう、すっごい好き!! 大好き!!)    なんか涙出そう。泣きそうなのを必死に堪えて、アンネルは手紙をポケットから引き出そうとした。渡せずにいた回数分、どんどん分厚くなっていった手紙。思いの丈を書き綴った大作は、ポケットに引っかかってうまく出てこない。   「……あら、ダニエル様?」    挙動不審なアンネルを優しく見守っていたダニエルが、涼やかな声に振り返った。   「……サンテラ、子爵令嬢……?」 「ちょうどよかったわ。ダニエル様に護衛の依頼に行くところだったの」 「あー……では騎士団の方で伺います。アンネルさん……すいません」 「あ、だだだだ大丈夫です!! おし、お仕事ですもんね! 護衛ありがとうございました!」 「はい……本当にすみません。またお会いしましょう」 「はい……また……」    申し訳なさそうに礼をして、アンネルを気にしながら去っていく後ろ姿を見送る。  さっきまで高鳴ってうるさかった鼓動は、今はやけに静かに落ち込んでいた。嬉しそうにダニエルに微笑みを向ける令嬢。それに穏やかに頷いて見せるダニエル。愛らしいドレスが鮮やかに見えて胸が痛んだ。  在庫が有り余っている薬草採取を口実にしたせいで、見比べた自分のローブは泥だらけで薄汚い。   「……お茶会……」    綺麗なドレスで着飾ったあの令嬢のような、可愛らしい人がたくさんいるのだろう。もしかしたらその中にはダニエルに、思いを寄せている人もいるかもしれない。   「いない、わけないよね……」    ダニエルはかっこいい。誠実で優しい。笑みを浮かべると幼く見えるのも素敵だ。少年のようなひまわりの笑顔に、アンネルは会うたびに恋をしている。魔術師の護衛を務めるのだから、きっと騎士としての将来性もある。モテないはずがない。   「どうしよう……」    もしも恋人ができてしまったら。今もこんなに苦しいのに。ぎゅうっと絞られるような、胸の痛みに涙が溢れた。並んで去っていく二人の姿が蘇って、涙は止まらなくなった。  自分が魔塔の先輩、イリスのように美人だったなら……もっと自信を持ってダニエルの隣を歩けたかもしれない。   「やだよぉ……」    願ったところで現実は変わらない。今日も渡せなかったラブレターを握りしめる。酷くなった胸の痛みに、アンネルはその場に蹲ってしくしく泣き出した。   「……アンネル? どうしました?」    ハッと顔を上げると蹲るアンネルを、直属の上司エーミールが心配そうに見下ろしていた。優しい声にますます涙腺が緩み始める。   「エーミール様ぁ……どうしよう……私、私また渡せなくて……」 「アンネル、落ち着いて。まずは中に入りましょう? ね?」    抱きついて泣き出したアンネルの背を、撫でながらエーミールが優しく促す。子供のようにしゃくり上げながら、アンネルは魔塔の扉に手をかけた。   「……開か、ない……」 「え?」 「どうしよう……開けられない……エーミール様、扉開けられない……」 「落ち着いて、アンネル。私が開けますから。ね?」    必死に宥めるエーミールの声も、ショックを受けたアンネルには効果がない。一度堰を切った思いと涙は止まらず、本格的に泣き出したアンネルに、エーミールは髪を掻き上げて疲れたようにため息を吐き出した。 ※※※※※ 「落ち着きましたか?」    スンスンと鼻を啜りながら、アンネルがこくりと頷いた。結局エーミールに開けてもらった扉から魔塔に入ると、アンネルは差し出されたハンカチで盛大に鼻水をかんだ。   「……そのハンカチは貴女にあげます。とりあえず」    エーミールの言葉を遮るように、ボフンッと空気が弾けるような爆発音が響き渡る。魔塔がミシリと揺れて、パラパラと天井から埃が降り注いだ。エーミールが鋭く顔を上げて盛大に舌打ちする。   「……チッ!! またカルロですね!! アンネルはフェリクスのところに行っていなさい。私もすぐに行きますから!」    エーミールは怒り心頭の様子で駆け出し、取り残されたアンネルはその背中を見送りながら鼻を啜った。   「アンネル? また泣いてるの?」    頭の上に降ってきた声に、ホールの螺旋階段に視線を巡らせる。スラリと背の高いリアムが榛色の瞳で、アンネルを見下ろしていた。   「リアム兄……私、また渡せなくて……扉も開けられなくなって……」 「え!?  扉ってずいぶん魔力が不安定になったねー」    しょんぼりと肩を落としたアンネルに、リアムは呟くと降りてきて手をかざした。ポッと光がまとわり付いて、ローブの泥汚れがあっという間に消え去る。   「……ありがとう……リアム兄……?」    ぽんぽんと頭を優しく叩いた掌を置いたまま、顎に手を当てたリアムにアンネルは首を傾げた。   「……アンネル、この後多分フェリクス様のところに行くよね?」 「うん」 「……なら、へブライト遺跡の申請をしてみたら?」 「なんで? あそこは立ち入り禁止でしょ?」    きょとんと見上げてくるアンネルに、リアムは兄のように優しい笑みを浮かべた。   「管理者がエーミール様とフェリクス様なんだ。頼むだけ頼んでみるといいよ。別名「恋が叶う奇跡の遺跡」って言われれてるからね」    アンネルはゆっくりと目を見開いた。   「恋が叶う奇跡の遺跡……?」 「手紙も渡せないアンネルにちょうどいいかなって」    片目をつぶって見せたリアムに、アンネルはキラキラと目を輝かせた。   「私……私、お願いしてみる!! 教えてくれてありがとう! うまくいったらリアム兄にも報告するね!」 「うん、楽しみにしてるよ……さて、レストランの予約してこよっと」    フェリクスの元に駆け出したアンネルを見送り、いいことをしたと鼻歌を歌いながらリアムは扉に手をかけた。 ※※※※※    フェリクスは呆れたように頬杖をつくと、アンネルを睥睨した。   「アンネル、お前はいつになったらラブレターを渡すんだ? エーミールの添削を無駄にする気か? それになんだこの分厚さは。小説かよ」 「うっ……」 「フェリクス! もっと優しく……」    みるみる瞳を潤ませたアンネルに、エーミールが慌ててフェリクスを嗜める。   「挙句に扉を開けられなくなっただと? いつまで草取りするつもりだ。もう薬草の在庫はいらねーんだよ」    絶賛お荷物中のアンネルは俯いて涙を堪え、エーミールは穏やかな声で慰める。   「気持ちが落ち着けば、魔力の流れは戻ります。心配いりませんよ」 「そんで乱れりゃ、また草取りか?」 「フェリクス!」    ヘニョリと顔を歪ませたアンネルに、エーミールはフェリクスを睨みつける。フェリクスは肩をすくめると、ソファーにふんぞり返った。   「本当のことだろ? 根本を解決しなきゃ繰り返す」 「私だって、わかってます……このままじゃ研究にも戻れないし……」    魔力は精神状態に強く左右される。心が乱れれば魔力が狂い、魔塔の扉さえ開けられなくなる。そこまで魔力が混乱していれば、研究もまともにできない。ダニエルに恋をしてから、お荷物となったアンネルは、薬草を集めまくっていた。  カルロやニーノのように、爆発しても気にしない鋼の精神は持ち合わせてはいないのだ。   「アンネル、研究のことは気にせず、元気が出るまで休暇をとりましょう」 「解決しねーだろ? その小説ばりの分厚いラブレターをさっさと渡してこい! 話はそれからだ」    ふんぞり返ったフェリクスの言うことは、いちいち尤もだったが非常に気に触った。アンネルは拳を握りしめる。   「……無理です……」 「なんだって? もっとでかい声で……」 「だから、無理だって言ったんです! 渡せないからこうなってるんですよ!!」    アンネルはフェリクスに噛みついた。ヨレヨレの文庫本並みのラブレターをテーブルに叩きつける。その分厚さにエーミールは気の毒そうに眉を顰め、フェリクスは呆れ返った。  魔術師にとって恋の病は死活問題。精神は不安定になり、魔力は乱れまくる。アンネルはちゃんと上司二人に、真っ先に相談していた。  魔塔の住民は皆家族。兄弟姉妹や親子のような関係だ。精神面がもろに影響する魔術師は、年嵩の者が中心となって年若い魔術師の、研究指導や人生相談窓口も担っている。それも全て精神を安定させるため。アンネルはちゃんと自覚した片思いを相談していた。そして得られた回答は告白すること。   「それができたら苦労しないんですよ!! 無神経なフェリクス様にはわからないでしょうが、話すことさえ緊張する人間だっているんです!!」    メソメソ泣いていたアンネルが、今度はキレ始め上司二人は顔を見合わせる。   「まともに話せないのに、どうやって渡せって言うんですか! 好きすぎて直視できないんですよ! 多分自ら輝いてます! ダニエルさんは発光してます! 無理なんです! 振られたら絶対に立ち直れない!」 「そんなら、諦めるか?」 「それもできないから相談してるんじゃないですかーーーー!!」    涙声で叫んだアンネルに、上司二人は疲れたようにため息をついた。相談事で一番厄介なのは恋の相談だ。情緒は不安定だし、あれもダメ、これも無理と大騒ぎするしで手に負えない。   「もう、へブライト遺跡に行かせてください!! 恋を叶える奇跡の遺跡が私には必要なんです!!」    ガシガシと髪をかき混ぜていた、フェリクスが手を止めて顔を上げた。エーミールが顔色を変えて慌て出す。   「アンネル! あそこは……いえ、まずはラブレターを渡しましょう。無理ならいっそ私が渡してきますから……!」    エーミールが宥めにかかるがアンネルは、もうそれしかないと頑固にフェリクスを睨んだ。   「……いいかもな」 「フェリクス!」    あっさりと頷いたフェリクスに、エーミールが声を荒げた。   「別にいいだろ? 本人もやる気だ。ウジウジとあれもできないこれも無理じゃ拉致があかねー。ダニエル・ハウパーの調査結果まであって無理だってんなら放り込むしかねーって」 「それは……」    希少な魔術師の相手となれば、調査が入り人柄から資産まで調べ上げられる。任せられない相手なら諦めるよう説得し、問題なければ望みがあるかまで確認する。ダニエルは相手として問題なく、なんならアンネルに気がある。   「あいつはアンネルの護衛を他の依頼を断ってまで優先してる。別の騎士にも譲らない。ここまで安心材料が揃っても無理なら、もう放り込め。そうすりゃどうとでもなるってお前だって知ってるだろ?」    ニヤリと笑みを向けられたエーミールが、顔を赤くして視線を逸らすのにアンネルは不安そうに眉を顰めた。   「……もしかして危険なんですか? ダニエルさんが怪我をしたりとかは……」 「問題ねーよ。俺とエーミールは体験済みだ。なあ? エーミール?」 「…………」    意味深な含み笑いに、ますます茹で上がるエーミールは、急に床を熱心に見始めて何も答えなかった。ますます首を傾げるアンネルに、フェリクスはニヤニヤしながら頷いた。   「申請書を出せば許可してやる。ダニエル・ハウパーにも話を通しておく。危険はない。安心して申請書を書いてこい」    追い払うように手を振ったフェリクスにムッとしながらも、アンネルはソファーから立ち上がった。エーミールの不可解な反応が気にはかかるが、もう奇跡に縋る他ない。ダニエルに気持ちを伝えたい。なんなら恋人になりたい。いっそ結婚してほしい。アンネルはフェリクスの執務室を出ると、申請書類を求めて走り出した。 ※※※※※ 1・アナウンスに従え 2・条件を満たすまでは退出できない 3・苦情は一切受け付けない 4・健闘を祈る    へブライト遺跡は厳密に管理されている。その割に許可が下りてしまえば、侵入時の注意事項は非常に簡素で雑だった。  これだけでは何が起こるのか予想もつかず、不安そうに遺跡の扉を見上げ、今日も爽やかなダニエルに振り返った。   「あ、あの……古代魔術の遺跡なんです、でも何があるかわからなくて……危ないかもしれなくて……だからその、か、考え直してもらっても……」    もじもじと言い募るアンネルに、ダニエルは穏やかに笑みを浮かべて、剣の柄を押し出した。   「大丈夫です。危険はないと聞いていますし、注意事項を確認して同意しています」 「……あり、がとうございます……」 「僕はこれでも貴女を守る騎士です」 「……は、はぃ……」 「行きましょう。万が一の時には僕がアンネルさんをお守りします」    王子様……! 王子様すぎる……! 真っ赤になって見上げるアンネルは、ダニエルに微笑みかけられ遺跡の扉に飛びついた。もう無理。この人しかいない。もうどんなでもいい。奇跡を起こしてこの恋を成就させなければ、きっと死ぬ!  初恋を拗らせまくったアンネルは、縋るような思いで遺跡へと足を踏み入れた。  扉の向こうには、部屋が広がっていた。ちょっと豪奢な、魔術師が好みそうなごく普通の部屋。あまりの普通さに、キョロキョロと周りを見回していると、無機質な音声が礼儀正しく頭上から降ってきた。   『ようこそ、へブライトの部屋へ』    ダニエルが反射的に剣の柄に手をかけて、アンネルを庇うようにして頭上を見上げた。   「古代、魔術……」    何がどう発動しているかさえわからないほど、精巧な古代魔術にアンネルは愕然とした。多分主任魔術師のフェリクスですら、この魔術の仕組みに見当すらつかないはずだ。   「……ダニエルさん……注意事項、覚えてますか……」 「……はい」 「アナウンスに従ってください……多分そうしないと本当に出られない……ご、ごめんなさい……」  この遺跡に残る魔術の偉大さに、魔術師としての畏怖と恐怖が湧き上がる。自分の思いばかりに振り回されて、ダニエルを巻き込んだことを今更後悔した。何かあっても自分ではどうにもできない。泣き出しそうなアンネルに、ダニエルは励ますように笑みを浮かべる。   「……アンネルさん……大丈夫です。僕が必ず貴女を守りますから二人で一緒に……」 『解析開始……完了。関係性、不確定。共に練度不十分。初心者と認定します』    初心者? 再び流れた音声に揃って首を傾げた。   『超初心者のためのセックスサポートを推奨。ヘブライトアシスト開始します』    え? とんでもない単語が聞こえた気がしたアンネルが、ダニエルに確かめようと振り返りかけた時、突如視界がピンクに染まる。   「ひぁ!!」 「アンネルさ……うっ!! ……なん、だ……!!」    悲鳴を上げたアンネルに駆け寄ろうとしたダニエルも、突然空間に現れて作動した魔術陣に動きを止めた。   『スペル色欲(ラスト)発動。痛覚低下、性欲昂進、感度上昇確認。着衣消失します。セックスを開始してください』 「……なっ!!!」    音声と同時に素っ裸になった自分に、アンネルは咄嗟に両腕で身体を隠し、反射的にダニエルを振り返った。   「……うっ!!」    同じく素っ裸のダニエルが、額を押さえて苦しそうにふらついていて、アンネルは慌てて駆け寄った。   「ダニエルさん!!」 「……こない、でください……だめ、です……今は……」    オロオロとダニエルを心配するアンネルが、伸ばしかけた手を引っ込めた。   (あ……なんか変……)    触れたくてたまらない。それだけでなく鼓動も早い。身体の中心が熱くて酷くもどかしい。突き上げるような欲求を自覚して、急に芽生えた欲望を抑え込む。伸ばしかけた手を急いで引っ込めた。触れたら取り返しがつかなくなると、本能で分かった。   『……追加色欲(ラスト)発動! 強制移動(ムーヴ)開始!』    苛立ったような音声と同時に、空間魔術陣が追加発動し重ね掛けされぶわりと身体が浮き上がる。いつの間にか出現していた、新婚仕様のベッドになげ込まれた。バフンと落とされた身体がベッドに沈み、敷き詰められた薔薇の花びらが舞い上がる。   『セックスを開始して下さい!!』    怒っているかのようなアナウンスと同時に、隣にダニエルも放り込まれる。慌てて安否を確認しようとし、視線が一瞬絡み合う。その瞬間、互いに引き合うように唇を塞ぎ合う。相手に唇を喰むようにして、吐息の合間に舌を絡ませ合うたびに、ドロドロと溶けるような快楽に脳が酩酊してくのを感じた。   「ダニエルさん……ダニエルさん……」    もどかしく募る熱が切なくて、助けを求めるようなアンネルの囁きに、ダニエルが苦しげに応える。   「アンネルさん……すいません……止められない……こんな……」    吐息を交わし合う間にも、互いの掌が素肌を弄り合い漏れる声に艶が混じり、ダニエルの声にゾクゾクと背筋を震える。   『……性感帯可視化(ヴィジュアライゼーション)発動を開始します』    苛立っていた音声が満足げにアナウンスする。ぽわりとダニエルの筋肉を纏った引き締まった裸体に、ポツポツと数箇所赤い光が灯る。目に見えるようになったダニエルの、気持ちいいところにアンネルが唾を飲み込んだ。  熱に浮かされるようにダニエルに縋っていたアンネルが、吸い寄せられるように赤く光を灯した胸の先を撫でる。   「ふっ……アン、ネルさん……」    ダニエルが息を詰めて声を漏らす。ぐっと胸が詰まり最奥がきゅうと絞られる感覚に、アンネルが吐息をこぼした。目つきの変わったダニエルが、アンネルの赤い光を纏っている胸の頂を摘み上げる。  同じように見えてしまっているだろう、自分の気持ちいいところを、ダニエルにいじられる快楽に声を上げた。   「ああ……!!」    ビリビリと抜けるような快楽にしなるアンネルの首筋に、頬を擦り寄せながらダニエルが囁いた。   「もう無理です……責任はとりますから、僕に抱かれて下さい……」    吹きかかる熱い吐息に震えながら、アンネルが背を弓形に反らせる。突き出すように顕になった蕾に、ダニエルがむしゃぶりつく。ねろりと舐め上げてきた舌の熱さに、アンネルが嬌声を上げた。無意識に肢体がくねり、その腰を逃さないと腕を回される。   「アンネルさん……いいと言って下さい……どうか……」 「待って……ダニエルさん……」    まだ好きだと伝えていない。残り僅かな理性が、ずっと伝えたかった言葉が先だと繋ぎ止める。快楽に流されそうな自分を励ましながら、ダニエルを見上げた。   「私……ダニエルさん……」    泣き出しそうなアンネルを、奥歯を噛み締めて堪えるような表情の、ダニエルが見下ろしてくる。  ずっと好きだった。奇跡でもなんでもいいから、この思いを受け取って欲しかった。ずっと前から大好き。遺跡のせいではなく、好きだから抱かれる。それだけはどうしても先に伝えたかった。   「アンネルさん……答えて……限界なんです……どうかいいと……」    太ももを掴んでいるダニエルの手に力が入り、赤い光を纏ったアンネルの花芯を擦り上げた。駆け抜けた快楽に勝手に悲鳴が迸り、一瞬頭の中が真っ白に染まった。鮮烈すぎる快楽に強固な羞恥が吹っ飛び、その先を求めて自ら腰を揺らして押しつけるのを止められない。落ちる瞬間を見落とすまいと、目を細めてダニエルが見下ろしている。   「ああっ! ダニエルさん……! ああ! わた、私……あぁん……」 『……快楽阻害要因検知。精神干渉術式・自白(コンフェッション)を発動します』    再び流れた音声と共に、再び魔術陣が形成される。その瞬間身体の中心から嘔吐感がせりあがり、思わず開けた口から勝手に言葉が溢れ出した。   「好きなんです! 初めて会った時からずっとずっと好きなんです。会うたびに好きになるんです。気持ち悪いくらい好きなんです。ラブレターが120ページを超えても足りないんです。それくらい好きなんです。あわよくば結婚できないかと思って、遺跡の護衛をお願いしたんです。奇跡に縋ってでも好きになって欲しくて。ごめんなさい。ダニエルさん。好きなんです。どうしようもないほど好きなんです。ごめんなさい、ごめんなさい。大好きなんです」 「アンネルさん……アンネル! 謝らないで! 好きなのは僕の方です! いつも一生懸命で照れ屋で、恥ずかしがりなアンネルが可愛くて。放っておけなくて。好きだって気付いてからは、他に何も手につかなくて。アンネルが可愛いって知られたくなくて、貴女の護衛は誰にも譲りたくなくて。好きなのは僕の方です。ずっと貴女が好きでした。僕はしがない騎士で、魔術師のアンネルと釣り合わないけど……でも僕より君を好きな奴はいません。だからどうか……」 『阻害要因排除確認。いい加減、セックスを開始してください』    喉奥につっかえていた想いは、防ぎようもなく垂れ流された。繕うこともできずに拙い言葉は溢れ出て、偽ることもできない本音が、強制的に吐き出させられる。情緒や互いの想いも咀嚼する暇も一切与えられない。  もう予告されることなく、続け様に魔術陣が浮かび上がり発動する。醒めない熱に急かされるように唇を貪る。唾液を交換するように舌を絡ませると、内から焦がすような熱にたまらず身が捩れた。   「ダニエルさん……ダニエル……お願い……お願い……」 「アンネル……アンネル……」    熱の醒し方はもうわかっている。三度重ね掛けされた魔術は理性を、羞恥を、不安を溶かした。代わりに期待を、欲望を、希求を膨れ上がらせた。  もう僅かも待てない性急さで、アンネルはぬらりと濡れて光るそこを広げる。ダニエルが可視化された赤い光が集中するソコに、固く漲るソレを一気に押し込んだ。   「ふぁ……あぁ……ああああぁぁーーー!」    初めての恐怖も痛みもなく、溶け崩れているかのような膣壁が、押し込まれた滾りを飲み込む。歓喜するようにうねるソコに、ダニエルは気遣いも忘れて、快楽の咆哮をあげた。   「あぁ……いい……アンネル……!!」 「ダニ、エル……」 「あぁ……アンネル……」    ギシギシと揺れ始めるはずのベッドは、一度もギシリと軋むことさえしなかった。荒く息を吐きながら、深く口付けを交わし合う二人は、繋がっただけで感極まって同時に果てていた。   『えぇ……』    あっという間に出来事に、音声は戸惑ったような声を漏らした。お構いなしに口付けを交わしながら、二人はうっとりと見つめ合っている。  アンネルの前髪は額に濡れて張り付き、ダニエルからは筋肉の隆起に沿って汗が流れ落ちている。すごいやり切った感が出ているが、全然運動していない。色欲(ラスト)を過剰に重ねがけしすぎていた。   『…………』 「……好きです、ダニエル……」 「あぁ、アンネル……僕もだよ……」    甘ったるいピロートークを始めた二人に、音声は素早く回答を弾き出した。   『…………疲労回復(リカバリー)! 中和(リカバリー)! 補助魔道具投下! まともなセックスを学習してください!』    立て続けに出現した魔術陣に圧倒される合間に、バラバラと魔道具が落ちてきた。どこかで見たようなものもあれば、初めて見るものもある。   『ガイドに従って装着してください!』    もう何かを固く決意したかのような音声は、ニーノが試行実験を決意した時と同じ響きをしていた。満足するまで終わらない。アンネルの胸の先の赤い光が、一層輝きを増す。聞かなくてもわかった。ソコに取り付けろってことなんだと。   「……アンネル、従わないといけないから……」    ごくりと喉を鳴らしたダニエルが、窺うようにアンネルを見つめた。中和剤でわずかに羞恥心が取り戻したアンネルは、視線を外したまま小さく頷いた。ダニエルが魔道具を手にとる。   「ん……」    尖った蕾は敏感になっていて、魔道具が触れただけで思わず声が漏れた。ピクリと中に居座るダニエルが、動いたのが分かった。   「……こっちにも取り付けないと……」    言い訳するように小さく呟き、ダニエルが身を起こして繋がったソコのすぐ上で、固く凝った蕾を見下ろす。ダニエルが無言のまま、魔道具を取り付ける間にも、押し込まれたままのモノが固さを取り戻していく。 「ふぅっ……あぁ……!」  より敏感なソコが刺激を拾う。快楽よりも期待感に声が翻った。グッとダニエルが喉奥を鳴らし、ますます硬く膨らむ中の楔にゾクゾクと背筋が震える。 「アンネル……アンネル……」  堪えられずにゆっくりと律動を始めた、ダニエルのうわごとじみた囁きに、心が歓喜し連動するように魔力が漏れる。取り付けられた魔道具が、漏れ出した魔力に反応しいきなり振動を始めた。 「あっ……ああっ! これダメ……! 取って、取ってぇ……!」  ビリビリと脊髄から脳天に駆け抜けるような快楽が走り抜け、アンネルが悲鳴をあげた。身体が浮くような鋭い官能に、身体を激しく捩った。  空を掴んだ手がダニエルに握られ、獣じみた律動を始める。ベッドが激しく軋み、翻った嬌声が室内に響いた。 「あぁ……いいっ……アンネル……!」  紳士的な理性が欲望に上塗りされて、獣のようにアンネルを貪り始めたダニエル。隘路を擦り立てながら、最奥を穿たれる鮮烈な快楽に、アンネルはそんなダニエルを気にする余裕もなかった。繋いだ片手を握りしめたまま、アンネルを激しく犯すダニエルが、下腹部に手のひらを当てた。 「アンネル、こんなとこも光ってる」  ダニエルの手のひらが穿つたびに、光を強くする恥骨の上の可視化された性感帯を覆った。愉悦に腰を止められないまま、ダニエルが添えた手のひらで、軽くクッと下腹部を押す。 「あ……ああっ……ダニ、エル……あぁ……ああっ!」  ダニエルの猛りが激しく出入りする隘路が、上から緩く押され圧迫が増した。狭い隘路はますます狭くなる。ずるりと膣壁を擦る楔が、より強くソコをすり立てた。甲高くなった嬌声に呼応するように、アンネルの中がうねり出す。 「うっ……あぁ……アンネル……いい……!」  掠れた声で吐息を漏らし、ダニエルが激しくアンネルを攻め立てた。 『……サポートシステム終了。超初心者プログラムを完遂しました。以後、反復訓練の継続を推奨します』  使命を果たしたような、満足感が滲む音声が流れた。夢中で相手を貪り合う二人には、もうその音声は聞こえてすらいなかった。 ※※※※※ 「……アンネル、すぐに結婚の許可の申請を出すよ」 「うん……ダニエル……待ってる……」    魔塔の入り口で抱き合い、二人は熱っぽい視線を交わし合う。何度も振り返りながら帰っていくダニエルが、完全に見えなくなると、アンネルは甘いため息をついて離れがたい気持ちに切りをつけた。ひどく身体はだるいのに、甘い余韻がたまらなく心を満たしてる。  頬を高揚させたまま、ぼんやり夢見心地で魔塔の扉を押した。ふわふわとした幸福感に満たされたアンネルは、難なく扉を開くことができた。   「離せよ!!」    中に入った途端、切羽詰まった悲鳴が響いた。野良猫のように首根っこを掴まれたカルロとニーノが、フェリクスに運ばれていく。  フェリクスは怒りの臨界点を超えた無表情で、その後ろをオロオロとしたエーミールが追いかけている。   「フェリクス……いくらなんでも遺跡は……」 「……黙れ」    すれ違うエーミールの言葉に、アンネルはポワポワと浮くような足取りを止めた。フェリクスの冷ややかな怒りに、カルロとニーノは怯えの滲む声で必死に抵抗している。   「やめろ! 離せってば!」   (遺跡って二人もとうとう……)  いつも素直になれない二人もあの遺跡でならきっと。今世界の全てが美しく愛しいアンネルは、お花畑全開でにっこりと笑みを浮かべた。   「カルロ、ニーノ! 心配いらないわ。恋が叶う奇跡の遺跡だから……音声さんの言う通りにしたらいいからね!」    ニコニコと連行されていく二人を見送っていると、ロビンと話していたリアムがアンネルに目を丸くした。   「……アンネル? 戻ったの?」  駆け寄ってきたリアムに、アンネルはロビンに視線をやりながら首を傾げた。   「リアム兄! あ、ロビン兄はいいの?」 「あ、ロビン。研究資料は後で届けておくよ」 「……わかった」  頷いて歩き去っていくロビンを見送るアンネルに、リアムは眉根を寄せた。   「……アンネル何持ってるの?」  「あ、これ遺跡さんがくれたお土産なの……反復訓練で使いなさいって」    遺跡さんは親切だ。アンネルは嬉しそうにダニエルとの、()()()()()()()をつめた袋を抱きしめる。   「あ、遺跡に行ってきたんだ?」 「うん! 今帰ってきたところよ」 「へー、恋は叶ったの?」 「うん! 奇跡は起きたわ!」    リアムの問いに花が綻ぶように幸せそうにアンネルが笑った。   「えへへ、リアム兄が教えてくれたおかげだよ。ありがとう!」    ご機嫌なままリアムに手を振って、アンネルは自室に向かっていく。その間も何度も何度もダニエルの、体温が囁きが蘇り幸せではち切れそうな身体を捩りながら、その度にアンネルは笑みをこぼした。今世界で一番幸せなのは、間違いなく自分だ。幸せでふわふわとしたまま、うっとりと呟きを漏らした。   「……結婚式はいつ頃がいいかな……」    恋が叶う奇跡の遺跡。魔術時代の遺跡の中でも、最も偉大な魔術が残る遺跡。  その実態は一人の天才魔術師「ヘブライト」が、愛妻とやり倒すために作った「ヤリ部屋」だった。実は手記がある。恋が叶うというより、それだけやったら結婚するしかないよね? が正しい。それを知るのはごく一部。威厳を損なうと厳重に秘匿されている秘密は、アンネルには知りようもない。  アンネルにとって大事なのは、拗らせに拗らせた初恋を叶えてくれたということ。奇跡でも起きない限り無理に思えた、ダニエルへの恋の成就。叶えてくれた上に、なんとお土産付きですごい親切。  遺跡の実態がなんであれ、色々段階をすっとばしてちゃってても、ダニエルとの幸せな未来を想像できる今、アンネルはただただ幸せだった。   ※※※※※  ここまでお付き合いいただきありがとうございました。  実はこのお話、何人かの作家さんと同一の世界観で遊ぶシェアワールドです。  メインにしているムーンライトさんでタグの「ヘブライト遺跡」で検索していただくと、TL、BL両方を四人の作家さんが書いてます。  ご興味があれば楽しんでください。
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