債務者の恋、債権者の愛 前編

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債務者の恋、債権者の愛 前編

 魔が差したのだと思う。   「利息を身体で払わせて欲しいの……」    昼間に見てしまったから。嬉しそうに頬を染めた女が、ディランを見上げながら隣を歩く姿を。  ディランはいつもと変わらない無表情のまま、転びそうになった女から荷物を持ってあげていた。  そんなものを見てしまったから、言うべきではなかった言葉は、口をついてしまったのだと思う。 「……アメリアお嬢様?」 「そうすれば利息分を元金に充てられる、そうでしょう?」  ないに等しい利息を言い訳に、もっともらしく取り繕った言葉を止められなかった。 「……な、にをっ……!!」  胸元のリボンを解き始めたアメリアから、ディランが目を見開いて顔を背ける。ディランの耳先が赤い。それが胸がすくような愉悦感を高まらせ、簡単に理性を鈍らせた。  服を脱ぎ捨て下着になると、顔を背けたディランに近づき頬に手を当てる。   「……本気、なのですか?」 「ディラン、少しでも早く無くしてしまいたいの……だから……」  目元が少し赤い瞳は欲望に鋭さを増して、アメリアを見据えている。その瞳を捉えたまま下着の肩紐を滑らせた。その瞬間キツく抱きすくめられ、噛み付くように塞がれた唇から続く言葉が奪われる。    もしもこの時、言わずにいるべき言葉を飲み込めていたのなら。今これほど苦しむことはなかったはずだ。 ※※※※※  二年前、私は全てを失った。  何ヶ月も降り続いた雨が、両親を、豊かだった領地を押し流していった。元の姿を思い出せないほど、荒れ果てたフィルディ領に私はたった一人で取り残された。    あらゆる惨めも味わった。  生き残った成人したばかりの私に、親戚たちはハイエナのように群がり、状況を知ると僅かに残った財を持ち去っていった。  熱心な求婚者だった者たちは、領地の惨状に目の当たりにすると顔を青くしてそそくさと帰り、その後は手紙さえ届くこともなくなった。  そんな私に唯一手を差し伸べてくれたのが、ディランの両親のオーエン家だった。  かつて使用人として邸で働いていたオーエン一家は、私が十三歳の時に両親の援助を受けて退職後に事業をおこした。  男爵位を受けるほど成功を納めた彼らは、その時の恩義に報いたいと水害の知らせに駆けつけてくれた。  領地復興のための資金援助を、彼らは一手に引き受けてくれた。金銭ばかりか多数の人員支援のおかげで、少しずつ領地は復興している。  オーエン家の存在は一人絶望と悲しみの中に取り残されて、ただ裏切られるままだった私にとって眩い希望になった。きっと私は彼らがいなければ、両親のあとを追っていただろうから。  降りかかった運命に絶望して、人の醜さを嫌悪して。    今なら理屈として理解はできる。誰だって手に負えない事態を背負い込みたくはないと。私が逆の立場であったなら、同じ振る舞いをしていただろうとも。  それでも、裏切られ見捨てられたのは、消えることの事実として私を深く傷つけた。感情ではなく理屈としては理解できる。今はただ、そう思えるだけのわずかな余裕を持てるようになっただけ。    そのわずかな余裕が、私を唆したのかもしれない。  水害から二年。ふと顔を上げた時、実りが風に揺れていた。当たり前だったその光景に、今は元の姿を思い描くこともできない荒れ果てた領地を、取り戻せるかもしれないと心が震えた。  ほんのわずかに実った希望に涙が溢れた。絶望が重く塞いでいた心を、ほんの少し軽くしてくれた。そして気がついた。オーエン家で与えてくれたこの希望の先に、柵から解き放たれた自由がある、と。  私は絶望に浸ることをやめ、がむしゃらに働いた。惜しみないオーエン家からの援助で、二年経った今はささやかな黒字の出せるまでになっている。  私はもうフィルディ侯爵家の当主だ。家格に釣り合う婚姻も、血縁にまつわる最低限の義務もなくなった。  見捨てられた時に、そんな柵も一緒に消え失せたのだ。いつか両親が愛した領地に豊かな実りが蘇っても、私を縛っていたものは私を不要と切り捨てて自ら去っていったのだから。  失ったものの代わりに手にした自由を、確実なものにしたかった。  家格の釣り合う夫となる相手のため、何の疑問もなく守ってきた純潔を捧げる。自分が選んだ相手に、自分の意思で。  でもそれすらもきっと言い訳だった。 「ふぅ……あっ……ああっ……!!」  最奥に突き立てられた肉杭に、真っ白になった思考の反動に身体がのけ反る。その身体を捕まえられて、繰り返される激しい抽送に嬌声が止まらない。 「ディラン……! ディラン……!」 「……お嬢様……まだ、ですよ……」 「ああっ!!」  グリッと最奥を抉られて、ぞわりと腰が溶けような愉悦が広がる。腰を捕まれ何度も叩き込まれる欲望に、階を駆け上がるように快楽が鋭さを増す。ぐちゅぐちゅと響く繋がる水音は性急になり、もう間近に迫った絶頂を予感させた。 「あっ! いくっ! いくっ! ああっ! あああーーーーー!!」 「……ッアメリア!」  ディランの咆哮が響き、腹の奥に広がる熱に震えが走る。 「あ……あぁ……」  激しかった結合の余韻を引きずるディランが、汗に湿った髪を絡ませながら頭を押さえつけてくる。か細い喘ぎを漏らす唇は喰らうかのように塞がれ、濃密に舌を絡められる。そのまま荒い呼吸をおさめながら、互いの呼吸の乱れが消えると繋がっていた身体は無言で離れていった。  言葉もない沈黙の室内には、ベッドを降りたディランの服を着る衣擦れだけが聞こえている。 「……また来ます」  ポツリと言葉を残して、ディランはいつものように振り返らずに出て行った。  沈み込んだベッドの中で、遠ざかる足音に耳を澄ますと、堪えていた嗚咽が溢れ出る。  どんな言い訳をしても無駄だった。自分の心は自分が一番知っている。ただディランが欲しかった。女と歩く姿に嫉妬して、繋ぎ止めようと言うべきことではない言葉を漏らしてしまった。  なんの含みもなく差し出してくれたオーエン家の善意を、ベッドに引き摺り込んで穢した罪悪感。ただ欲望だけを叩きつけ合う関係の虚しさ。そしてもう言葉にできなくなってしまったディランへの想い。  獣のように求め合って絶頂を共にするだけの関係を、債務者の立場を利用して強制してしまった今、ディランへの愛を誰が信じるだろうか。 「ディラン……」  どうしてあの時踏みとどまれなかったのか。  アメリアは債務者で、ディランは債権者。曇りのない愛など成り立つはずもない関係。  全てを精算できた時、初めて想いが伝わる希望があったのに。それなのにその希望を自分で壊してしまった。  抑えられない嫉妬に、利息を盾に関係を強要してしまい、一緒に歩いていた女は誰なのか。もうそれすら聞けなくなった。  あの時言わずにいられたら、ディランの体温を知らずにいたら、あの女もこんなふうに抱いているのかもしれない。そんな思いに涙することもなかったはずだ。 「ディラン……」  それでも断ち切れない。もうこんな関係でしか、ディランと繋がれなくなってしまったのだから。 ※※※※※  振り返らずに後にした部屋。扉が閉まる音にディランは、細く息を吐き歩き出す。  辿る廊下は静まり返っている。記憶に残る邸より、随分と寂しく空虚に感じた。それでも十五歳まで過ごした屋敷の景色は、こうして辿るだけで胸にしまっていた思い出を蘇らせる。  温厚で善良な人柄を愛された、亡き名門侯爵家のご夫妻。誇りをもって主人に献身的に仕える、親切な使用人達。そして、 「アメリアお嬢様……」  白薔薇のようだと称えられた、名門家門の美しい一人娘。  名だたる貴公子たちが、こぞって婚約に名乗りをあげていた美しいアメリア。煌びやかな贈り物は途絶えることはなく、庭師に分けてもらった一輪の花など差し出す勇気も出ないまま、ディランは家族と共に邸を去った。 「……いつも渡せないままだ」  ポケットに忍ばせたビロードの小箱を握り、自嘲に口元が引き上がる。  渡しても受け取ってもらえるはずもないのは、あの頃と変わりはない。それでも持ち歩くことをやめられない自分の愚かさに、自己嫌悪だけが募り続ける。歪んだ関係に溺れる今はあの一輪の花よりも、一瞥もされなくなってしまった贈り物。 『利息を身体で払わせて欲しいの……』  あの日、焦がれ続けた高嶺の花の囁きに、抗えなかった。  債権者の立場の強みで美しいあの肢体を、獣のように蹂躙する自分をアメリアはもう信じはしないだろう。跪いて愛を囁き指輪を差し出せば、それはもう脅迫でしかない。  分かっているのに、それでもアメリアが手に入るのならば。そんな卑怯な思いも打ち消せない。ただポケットに渡せない指輪を忍ばせて、焦がれ続けた白薔薇を穢し続けている。  使用人時代は十分な給与を、退職の際は事業の足しにと多すぎる退職金を。さらには優良な取引先を紹介してくれた侯爵夫妻。事業が成功し男爵位を叙爵できたのも、両親への侯爵家の手厚い支援があったからだ。  それなのに自分は、大恩ある夫妻の宝を貪り続けている。そんな罪悪感も、アメリアを前にすれば簡単に霧散してしまう。 「ディラン・オーエン。身の程を弁えろ……」  今ですら高嶺の花。大きな厄災に見舞われたとしても、アメリアは名門侯爵家の当主だ。平民からの成り上がりの男爵など、到底釣り合えるはずもない。  本来触れることすら叶わない高嶺の花を、この腕に抱けただけでも奇跡なのだ。それでもその先を求める気持ちを、どうしても打ち消せずにいる。あの日、踏みとどまれなかったディランの愛は、もう信じてすらもらえることはないのに。 「いい加減、バカな夢は諦めろ……!」  肥沃だった農地の復興は順調。その上最大の収入源だったものがもうすぐ流通を開始する。安定供給が始まれば、財務はすぐに立て直されるだろう。全てが押し流されたと思っていた者たちは、すぐにでもフィルディ領の価値を思い出す。  フィルディの最大の特産品が市場に出回れば、侯爵夫妻が厳選していたアメリアに相応しい相手が、また列をなして求婚に駆けつける。夢はもうすぐ終わりを告げる。ディランは小箱を握り締め、足早に屋敷を後にした。 ※※※※※ 「お久しぶりですね……本日はどんなご用件で?」    アメリアは静かにカップを置いて、かつて最も有力な婚約者候補だった、第二王子のシグマを見据えた。 「久しぶりだね、アメリア……元気そうでよかった」 「……おかげさまで」  呆れる図太さに、思わず口の端が小さく持ち上がる。気まずげに宥めるような笑みで、こちらを伺うシグマに冷淡に言葉を返す。  手のひらを返した理由は明らかだった。  先だってアメリアは、最大の特産品であったフィルディ草の流通を解禁した。金の匂いを嗅ぎつけたハイエナ達からも、日々手紙が届くようになっていた。 「……見違えるほど復興が進んだね。フィルディ草の流通も始まって、もう以前と遜色ない」 「……ほど遠いです」 「…………」  冷ややかな返答に、シグマが押し黙る。応接室に気まずい沈黙が落ちた。  失われたと思われていたフィルディ草。フィルディの最大の特産品が、ハイエナ達を引き寄せてくる。  フィルディ草はどこにでも生えている単なる薬草だ。その薬草がフィルディ領内の廃鉱山という、特殊な環境で長い時間をかけて変異した。そうして生まれたフィルディ草も、普通の薬草と成分はなんら変わりはない。ただフィルディ草は一束で、薬草の十倍を上回る薬効を溜め込み成長する。そのため水害でフィルディ草の流通が止まってしまった今、医薬品の値段は跳ね上がり続けていた。  フィルディ領は豊かな農地で採れる農作物と、このフィルディ草が主な産業だった。農耕を基本とする領地での大規模水害は、フィルディ領の復興を絶望視させた理由になった。   「アメリア……心配していたんだ」  フィルディ領内で最も早く復興したのは、フィルディ草がなければ何の価値もない廃鉱山だった。そして栽培用の苗も全て押し流されたとわかると、支援者は一人もいなくなった。廃鉱山は無事でも長い時間をかけ、偶発的に変異したフィルディ草が無くなった。  アメリアもそう思っていた。半年前に廃鉱山の栽培所で、再びフィルディ草が芽吹いていると報告されるまでは。 「イソルド家との縁談でお忙しかったでしょうに、気にかけていただきありがとうございます」 「それは……! アメリア……」  王位を継げない第二王子はフィルディ草が無くなったとわかると、すぐに次の婿入り候補先に媚び始めた。美しい容姿で手に入れた、決まりかけているはずの縁談を蹴るほど、フィルディ草は魅力的らしい。 「……変わったね。ますます綺麗になったけど、なんだか冷たくなった。優しく明るかった君が恋しいよ……でもそれだけ大変だったって僕は理解しているよ」 「…………っ!!」  シグマの言葉にカッと目の前が赤く染まる。変えたのは誰だと思っているのか。両親や使用人、豊かだった領地を押し流され、絶望の中に一人取り残したのは一体誰だったのか。  フィルディ草も無くなったと分かると、親戚や事業提携していた家門は金目のものを次々と運び出していった。  熱心を愛を囁いていた求婚者たちは、最も差し伸べられる手を必要としていた時に、気の毒そうに顔を顰めて背を向けた。  オーケン家だけが過去の恩義を忘れずに、アメリアの元に駆けつけてくれた。 「僕は……今も君を愛しているよ。ずっと忘れられなかった。君ほど僕を魅了する人はいない。僕は君と結婚したいと思ってる」  必死に切実そうに切々と語るシグマに、アメリアはギリっと奥歯を噛み締める。握った拳が怒りに震えた。  アメリアが絶望の淵にいる時に、シグマは一体何をしてくれたと言うのか。  病める時も健やかなる時も。婚姻で交わすその誓いも資格も、シグマは簡単に放棄してみせたというのに。   「……フィルディ領の復興はまだ道半ば。返すべき負債も多く残っております」  必死に怒りを堪え、言葉を振り絞るように押し出す。相手は王族。やっと始まったフィルディ草の出荷。できるだけ穏便に、横槍の可能性を排除しておきたい。 「僕は待てるよ……君が僕を迎え入れられる日まで。いくらでも待てる!! だから僕と……!!」  身を乗り出してきたシグマに、アメリアは息を飲んだ。まさかの言葉をようやく理解し、思わずくすりと笑いが溢れる。  なんて図々しいのだろう。この期に及んで見捨てて裏切った償いに、道半ばの復興に尽力しようとも思うこともしない。ぬくぬくと居心地のいいフィルディ領主の席に、迎えられるのをただ待つつもりでいる。ただ安穏と眺めて。  嗤い出したアメリアの態度をどう取ったのか、シグマはパッと顔を輝かせて立ち上がった。 「アメリア、愛しているよ。フィルディ草さえ無事なら、すぐにだって復興は叶う。何もかも元通りだ!」 「元通り? 本当にそう思われるのですか?」  ふつりと嗤いが消えて、アメリアはシグマに向き直る。 「そうだ! アメリアが頷いてくれるだけで、全部元に戻せるんだ!」 「頷くだけで……」    元に戻るものなど何一つない。両親も尽くしてくれた使用人も領民も。優しく美しいと思っていたシグマへの信頼も。大切で愛おしかったものは、全てを押し流されて元の形のまま返ってくることは永遠にない。    「僕と結婚しよう、アメリア! 今すぐとはいかなくても、僕は君を待てるから!」  一生待っていればいい。アメリアはひっそりと口元を歪めた。  もうシグマを受け入れる日はこない。僅かに残った幼い日の思い出も、今この瞬間に砂のように崩れ去った。なんの未練もない。目の前のこの男に、もうどんな小さな感情も抱く価値すら見出せない。 「……今日は、お引き取りください」  頷くことなく立ち上がり部屋を出て行こうとするアメリアの背に、シグマの縋るような声が追いかけてくる。   「アメリア……また来るから……」  何も答えず扉を開けて、アメリアは息を飲んだ。 「……ディラン」  いつからいたのか無言で立つディランが、室内を一瞥して鋭くアメリアを見下ろした。 「……債務の件でお話があります」 「わ、分かったわ……場所を変えましょう……」  驚きだけでなく忙しくなった鼓動に俯きながら、アメリアはシグマを振り返ることなく歩き始めた。 ※※※※※ 「……貴女の婚約者候補、でしたね。結婚……とは……こうして利息を淫らな奉仕で支払っている身を、受け入れるとは第二王子は随分と寛大なようだ……」  結婚などあり得ない。そう答えたくてもアメリアに伝える術はなかった。  移動した別室の寝台に腰掛けたディラン。熱く脈打つディランの逞しいモノを、限界まで頬ばっていれば答えようもなかった。 「それともそれすら、白薔薇の美貌の前では気にもならないのか。いずれにせよ貴女がどれほど淫らか、知らないから言えるのでしょう」  ゆるゆると口内を擦るモノに必死に舌を這わせていたアメリアは、我慢できずに咥え込んでいたモノを吐き出し、抗議に顔を上げた。何があろうと自分を切り捨てた者の、花嫁になることなどあり得ないと叫びたかった。 「……私はっ!!」  怒りのままに声を上げようとした身体を、逞しい腕が絡め取る。そのまま寝台に放り出され、齧りつくように唇を奪われた。脈打つ楔の代わりに、ねっとりと肉厚な舌が口内を蹂躙する。  咎めるような強さで乳房を握り込まれ、もう片方の手がするりと下腹部をひと撫ですると、もう潤んでいる秘裂に滑り込んだ。 「それとも懐柔する自信があるからですか? 貴女は口での奉仕は一向に上達しませんが、ここは従順で物覚えがいいですからね……」 「それは貴方のが……!! ああっ……!!」  咥えるだけで精一杯。カッとなって上げかけた抗議の声が、中に突き入れられた指の衝撃に翻る。いつもより性急なディランの仕草に、アメリアの胸は鋭く痛む。  利息のために身体を開け渡す自分は、ディランにとって娼婦と大して変わらないのかもしれない。金のために寝る女。鋭く滲むディランの蔑みが苦しくてたまらなかった。 「あっ……ああ……やぁ……」  痛む心とは裏腹にディランの指の動きに媚びて、身体は熱を帯び甘く媚びる嬌声を止められなかった。  ぐちぐちと指で中をかき回される快楽と、潤んだ粘膜の卑猥な水音に煽られゾクゾクと身体が熱くなる。溢れて止まらない嬌声を上げさせられながら、指の動きに合わせて腰が揺れてしまう。 「俺はこの身体を隅々まで知り尽くし、散々味わっています。第二王子殿下に申し訳ないですね……」 「あっ……ああっ……ディラン! 私は……ああっ!!」  容赦なく追い詰められながら、必死に否定しようとするアメリアに、ディランが青い目を剣呑に細めた。 「アメリアお嬢様。この身体に俺以外の手垢をつけるなら、今後の利息の受け取りは考えねばなりません。俺は商人なので。財政もまだ健全ではないのですから、商品価値を下げるのはよく検討された方がいいでしょう」 「ふっ……ああっ……あ、貴方だけ! 貴方にしか……ああああーーーー!!」  堪えきれなくなった絶頂に悲鳴をあげて、弓形に弾んだ身体がゆっくりと弛緩していく。余韻に身体を震わせながら、涙でぼやける視界の先に、ディランの姿を探した。  ディランにだけ。愚かにも嫉妬を堪えられずに、自ら想いを穢してしまっても。どうしようも求めているのは、信じられるのはたった一人。ディランだけ。小さく痙攣を繰り返すアメリアの肢体に、ディランが肌を押し付けてくる。 「あっ……」  ゾクリと期待に肌が粟立ち、きゅうと切なく最奥が熱を持つ。思わず漏れた甘いアメリアの声に、ディランが薄く嗤った。   「まだ第二王子がいるかもしれないと言うのに、そのように声を上げて。聞かれてもいいのですか? どうやらお嬢様には貞淑な妻は務まりそうにありませんね」 「ちが……ディ、ラン……」 「何も違いませんよ。欲しいのでしょう? 欲しくてたまらないのでしょう?」  ひたりと穂先を宛てがわれ最奥が引き絞られるように疼き、ぐずぐずに蕩けたソコが催促にヒクつき始める。それを揶揄うように穂先を擦り当てられて、甘く嬌声が翻る。 「こうして欲しくて、たまらないくせに!」  意地悪く囁くディランの声にぶわりと瞳に涙が滲んだ瞬間、押し当てられていた丸みを帯びた楔が、じゅくじゅくと蜜に蕩けた肉壁を一刺しに貫く。 「ああーーーーー!!」  甲高い悲鳴を上げて背を仰け反らせたアメリアの細腰を、ディランが力任せに引き寄せた。押し入った熱く煮立った肉杭が、間髪入れずに熱く蕩け切ったアメリアの中の蹂躙を開始した。 「ほら、いいか!? アメリア、これが欲しかったんだろ!?」  熱く猛った肉杭で蕩けた肉壁を犯しながら、息を荒げるディランの言葉から理性が剥がれ落ちる。 「ああっ! いいっ!! ディラン! ディラン!」  膣壁を押し広げながら、最奥を突き上げられる快楽に、アメリアが媚びた嬌声を響かせた。痴態を晒すアメリアを押さえつけ、激しく寝台を軋ませるディランが断罪するように声を荒げた。 「ここだろ? ここが好きなんだろ?」 「ああっ! いいっ! 好き! 好き! ディラン! ディラン!」  最奥を抉るように押し上げる抽送に、理性を手放したアメリアが泣き声にも似た喘ぎで答える。 「アメリア、ここがそんなに好きか? アメリア!」 「あぁっ……好きぃ……ディラン……好きぃ……」  貴方が、好き。脳をかき回されるような激しい抽送と、鮮烈に突き抜ける快楽に浸され、溢れ出る想いのままに喘ぎを溢す。  今好きな男に抱かれている。求められている。悦びとなって湧き上がる想いを言葉にするたびに、うねるような歓喜に呼応するように膣壁が蠕動する。 「ぐっ……ああ! アメリア!!」 「ああっ! ディラン! ああああーーーー!!」    快楽に忠実な獣のような激しい抽送に、ディランの切迫した叫びがアメリアを絶頂に押し上げた。一際強く引き締まったソコが、受け入れているディランを鮮明に感じ取る。極めたアメリアの身体がガクガクと痙攣した。 「アメリア! 出すぞ! アメリア!」  その身体を押さえつけて、ディランが声を上げると最奥に打ちつけた肉杭から、熱い飛沫を飛び散らせた。 「あ……ああ、あぁ……」  叩きつけられた灼熱を、アメリアがか細く声を漏らしながら受け止める。獣のように激しく繋がった興奮が、おさまりきらないようにディランが、息を荒げながらアメリアの肌に刻むように歯を立てる。緩やかに腰を揺らしてディランが、アメリアの中に吐き出した白濁を肉壁に擦り付けていく。  呼吸が落ち着いてかけたアメリアに、ディランが吹き込むように囁きかける。 「……まだ休ませません。この程度では到底利息には足りませんよ」 「ディラン……」  ごめんなさい。再び軋み出した寝台の上で揺らされながら、アメリアは汗を滴らせる逞しいディランの姿に涙を落とした。  絶望の淵に立たされていたアメリアに、手を差し伸べてくれたたった一人の人。頻繁に足を運び誠実に、復興に尽力してくれていた。純粋な善意と誠意を、アメリアが台無しにしてしまった。  それでもこうして腕の中に抱かれることに、悦びを感じてしまっている。求めることを止められない。そこにあるのが欲望だけであっても。  債務を全て精算できたなら。その時はせめて伝えることだけは許されるだろうか。心から愛していることを。愛しているからこそ、抱かれていたのだ、と。  最奥に吐き出された灼熱を受け止めながら、愛しい名前を呟いてアメリアはふわりと意識を手放した。 「アメリアお嬢様……」  囁きかけたディランの声に、深い眠りに落ちたアメリアからの答えはない。晒されている細く白い首筋に赤く残る自分の歯形をそっとなぞる。たったそれだけで後悔は、すぐさま消え失せることに自嘲する。  押し寄せてくる求婚者が、この痕を見つけてしまえばいい。求める白薔薇はすで手折られたのだと思い知ればいい。 「お嬢様……アメリア……」  嫉妬を堪えきれなかった。わざと貶めどんなふうに、今貪りあっているか口にせずにいられなかった。  弱みをつく卑怯な真似をしてでも、この身体に他の男に触れさせないよう脅さずにいられなかった。焦がれ続けた白薔薇が、奪われる恐怖が消えない。  歯止めが効かなかったディランを、アメリアはどう思っただろう。  恩義ある侯爵夫妻の一人娘を貶め、浅ましく身体を求め、負債を盾に脅す様を。指輪を渡せる未来を自ら遠ざける己の愚かしさに、ディランは唇を噛んだ。  高貴で気品溢れる美しい第二王子。アメリアを求める男は、白薔薇に相応しい美貌と身分の者たちばかりだ。ディランなど近づくことも許されない。 「アメリア……」  アメリアを目の前にすると、いつも衝動に突き動かされ踏みとどまれずにいる。少しでも想いを口にすれば、身分も弁えない浅ましい想いを知られれば、もう二度と触れることさえできなくなるかもしれない。  それでも踏みとどまってみせたなら、その時は自分の愛をせめて聞いてもらうだけの余地は生まれるのだろうか。 「どうか、アメリア……」  到底釣り合えない。それでも絶望のただなかに、アメリアを一人取り残したりはしない。アメリアへの想いだけは、誰が相手であっても劣ることはない。  ディランの震える声は、押し殺した嗚咽にそのまま途切れた。訪れた沈黙に室内には、濃密な官能の余韻と物悲しい虚な気配が取り残される。    困難と金銭的な繋がりがなければ芽生えなかった愛は、芽生えさせたものに立ち塞がれて今二人を深く惑わせている。
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