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債務者の恋、債権者の愛 後編
「ふっ……あ……あぁっ……!」
軋む寝台の上で尻を突き出し、深く抉り込まれた楔に哭く。怒りを叩きつけるような抽送は、最奥を何度も押し上げその度に堪えられない悲鳴が漏れる。これほど獰猛に揺さぶられていても、身体は欲望に飢えて懇願するように腰が揺れた。
シグマが訪ねてきてから、何かが変わってしまった。
ディランの訪問は減った。かと思えば予告もなく訪ねてくると、以前よりずっと激しく身体を重ねる。まるで忌避するように、視線は合わなくなった。向かい合い抱き合えていた時間はなくなり、もうこうして視線を合わせられずにただより深く繋がる。
「ひぃ……あっ! ああっ……ディラ、ン……!」
ぐぷぐぷと音を立て埋め込まれた愛しい熱を、自分の身体は浅ましく締め付ける。自分を犯すディランに媚びて、うねり、締め付け、きつく抱きしめる。こうしていたいと言葉にできない心の代わりに、身体ばかりが愛しい男に忠実だった。
何が変わってしまったのだろう。
ディランの熱に呼応して徐々に追い上げられていく身体とは裏腹に、心は凍えて冷えていくようだ。自分を見なくなったディランは、今どんな表情で自分を抱いているのだろう。
「ディラン……! ディラン……! あぁ……もう……!」
縋り付くように熱い楔を愛撫していた隘路が、体積をましたディランに歓喜して理性を手放す。脳内を白い光が点滅し浮かぶ疑問も憂いが遠のき始める。呼吸と震える嬌声ばかりを繰り返す唇からは、もう意味ある言葉は出せなかった。
「あぁ……あぁ……あっ……ああああーーーー!」
到達した絶頂に全てが一瞬にして、快楽に塗りつぶされた。胎の奥底が感じる灼熱を、絶頂の衝撃にのけ反り受け止めながら、不意に喉奥が震えアメリアは握りしめたシーツに顔を埋めた。呼吸を整えるふりをして、溢れてきた涙を必死に隠す。
これ以上壊れることはないと思っていた。
アメリアを絶望の底から、掬い上げてくれたディラン。アメリアを救ってくれた莫大な金額への担保は、曇りない忠義と昔の恩義だけ。その厚意と恩義を債務者という弱みを振りかざし、ベッドに引き入れたのはアメリア。
どうにもできない関係でも、これ以上は悪くなりようがないと思っていた。
(きっとこれは罰……)
清廉な善意を自分の欲望で穢した罰。壊れるばかりの関係の終末は、もうすぐなのかもしれない。始めなければ美しい結末だったかもしれない。ドロドロと募り続けるディランへの想いは、ほんの少しの希望が捨てられずこんなに大きくなってしまった。
息を止めて必死に涙を隠しながら、引き際を弁えられるかとふと考えた。
こんなに育ってしまった想いは、その最後を迎えた時マグマのように噴き出してしまわないだろうか。最後の一欠片まで台無しにして、醜く爛れて消えない傷だけを残すことを喜んでしまわないだろうか。
ディランを愛している。秘めて閉じ込めているこの愛は、失くした愛を憐れみながら、その先を生きることすらも喜びに変えてしまうかもしれない。
※※※※※
「アメリア、僕に手紙の返事も書けないくらい忙しかった?」
訪ねてきたシグマへの煩わしさを誤魔化すために、アメリアはカップに手を伸ばしながらにっこりと笑みを浮かべた。
シグマからはあれ以来、頻繁に手紙が届くようになってきていた。熱心な手紙の頻度とは対照的に、フェルディ領への訪問はこれで三度目だ。返事を出さずにいても顔を出せる思考は、アメリアには理解できなかったが、それも今日で終わる。なにせシグマも、とても忙しくなるだろうから。
「ご多忙の合間にわざわざご訪問いただき恐縮です。お手紙に関しては申し訳ありません。ですが軽率にお返事を返すのも、不誠実かと思いまして……」
「不誠実?」
隠しきれない苛立ちを滲ませたシグマに、そっとカップを持ち上げて微笑んで見せる。中身のない愛の言葉と虚飾ばかりの手紙に、そもそも返事をする気もなかったがきちんと目だけは通してた。それはシグマからの手紙だけではない。
「私とシグマ様が手紙のやり取りは、婚約を保留なさっているイソルド家に誤解されかねないかと」
「…………っ! アメリア! ご、誤解だ! 誰がそんなことを……!」
息を飲んで叫んだシグマに、アメリアはカップを置いた。バレていないと思っていたらしい。顔色を青くするシグマとは対照的に、アメリアは穏やかに笑みを浮かべる。
フェルディ草の出荷が始まった途端、手のひらを返したように届き始めた手紙は、シグマからだけではない。心配と口説き文句に紛れて自分以外の誰かを貶める内容ばかりの手紙に、不快さを堪えて目を通していたのは王都から離れたアメリアにとって有益な情報源だったから。
「誰が……は、それほど重要だとは思えませんが?」
「アメリア……僕は君が求婚を受け入れてくれるなら……すぐにでも……」
縋るように言い訳をするシグマは、イゾルド家との婚約を破棄ではなく保留にしていた。シグマもフェルディ家の没落から学んだようだ。保険をかけるのは大切だと。イソルド家との縁談に漕ぎ着けるのは、相当苦労したと聞いている。もしかしたら得られる蜜がより甘く濃くなるように、繋がりを切る気はそもそもないかもしれない。
シグマがどういうつもりだろうが、アメリアにはどうでもいい。必要な時間は稼げたから。不快でしかないシグマを含めた訪問者を、グッと堪えて受け入れていたのはそのためだ。
「国内の医療の大半を賄う名門、イソルド家であればシグマ様の婚姻に相応しいですね。おめでとうございます。ですがセシリア嬢は私との手紙のやり取りを、随分気にされているそうで……お返事は控えておりました」
「……アメリア、誤解しないでほしい。フェルディ草の流通が安定して、やっと国内の医療体制が落ち着いてきた。余計な混乱は今は避けるべきだから……」
「ええ……おかげさまで流通は順調です」
ホッと嬉しそうに笑みを浮かべたシグマは、アメリアの言葉をどう受け止めたのか。思わず漏れそうになった嘲笑を、グッと奥歯を噛み締める。
不快な訪問者を黙って受け入れていたのは、横槍を入れるのに絶好の初動の落ち着きを待っていたから。今はもうフィルディ草が市場に行き渡り、家門の復興は国中に知れ渡っている。つまりもう我慢する必要は無くなったのだ。不要なものを切り捨て、身軽になって復興に集中できる。少しでも早く借りをなくすために。
「ですからもうご心配いただく必要はありませんわ。保険は必要だと理解は致しますが、かけどころを間違えては損失の方が大きそうですね」
「……アメリア? どう、いう?」
「私も学びましたの。根拠なく輝かしい未来が何事もなく続くと、信じるのはあまりにも愚かしいと」
努力なく続くものはない。時には努力をしていても、理不尽に奪われることさえある。
「常に次善の策を用意すべき。誰かを守るためにも。自分のためにも。当然のことです」
「そ、そうだよね……君が理解してくれて……」
ひらりと扇を広げアメリアは、浮かぶ嘲笑を隠しながら言葉を被せた。
「ですが誠実さを最も尊ばねばならないものに、自分だけが助かるための保険をかけるなら、徹底的に隠すべきでしたね。露見すればその不誠実は、築き上げた信頼を一瞬で瓦解させますもの。そして元には戻らない」
最後の言葉を冷ややかに言い放ったアメリアに、シグマは浮かびかけていた笑みを凍らせた。ようやく明確に返事を返したアメリアに、シグマの表情は怒りをゆっくりと広げ始める。
「求婚はお断りいたします。セシリア嬢とお幸せに……」
にっこりと笑みを浮かべて立ち上がったアメリアに、怒りに顔を歪ませたシグマが声を荒げて詰め寄った。
「アメリア!! 君は……僕を愛していただろう? イソルド家との縁談はちゃんと整理する! だから……!」
「ではせめて整理してから求婚すべきでしたね。そうすれば一考の余地くらいはできたかもしれません。ですがここでこうして私に詰め寄っていることも、セシリア嬢への裏切りともお分かりにならないのでは、とても生涯を共にする伴侶として信頼することはできません」
アメリアを愕然と見つめるシグマの表情は、自分を選ぶと確信していたと伝えてきてひどく不快だった。最初の裏切りでさえ取り戻せない失点だったのに、何度も重ね続ける姿を見せつけられた。それでも選ばれると思えるほど、シグマにはアメリアは馬鹿だと映っていたらしい。苛立ちがアメリアの口を滑らせる。
「セシリア嬢にお伝えください。過去の婚約話は遠い過去のこと。気になるようでしたら、家門としての取引も一考いたします、と」
フェルディ草の主導はフェルディ家にある。薬剤生産が主な収入源のイソルド家は、薬草の安定入手に家運を左右される。フェルディ草が復活した今、調剤に必須の命綱はフェルディ家が握っている。
シグマに切り捨てるのは惜しいと思わせた、イソルド家の椅子の居心地はアメリア次第。それがシグマを激昂させるとアメリアは気づけなかった。
「……アメリア! 君は……!」
凄絶な瞋恚に瞳を燃え上がらせて、シグマはゆっくりと近づいてきた。グッと睨み返すアメリアを見返していたシグマが、ゆっくりと口元を釣り上げる。
「……なるほど。僕が思っていたより君は、随分と変わってしまったようだ」
睨むアメリアに微笑みかけながら、シグマは目の前まで近づくと髪を一房掬い上げた。
「変わっていないのは白薔薇のような美しさと、名門フェルディ侯爵家の血筋であることだけだね」
不穏な気配を警戒するアメリアに、シグマは掬い取った髪に口付けを落としながら、上目遣いで瞳の色を濃くして見せる。
「ねえ、アメリア。意地を張らないで? 美貌でも家格でも僕と釣り合える相手は、君しかいない。君だって分かっているだろ?」
「……意地などではありません。美貌? 家格? 本当に必要なものはそんなものではありません! 私は……」
「僕に必要なのはそれなんだよ。仕方ないね。多少強引にでも理解してもらうしかない」
まるで夢見るように甘く囁きかけられ、掴まれた腕を引き寄せられる。ぐるりと反転した視界が天井を捉え、力任せにソファーに組み伏せられてアメリアは唇を噛んだ。とっくに諦めたはずのシグマの人間性に怒りが募る。
「……第二王子としての体裁さえ捨てるおつもりですか?」
嘲りを浴びせかけたアメリアを、昂然と見下ろしながら首元を緩めた。
「僕がどれだけ愛しているかを理解すれば、君も素直な従順な淑女に戻ると思ってね」
蕩けるように美しい瞳を細めて、シグマがのしかかるように体重をかけた。首筋に生暖かい吐息を感じた瞬間、ゾッと嫌悪が全身を駆け抜ける。
「……シグマ様! 何をしようとしているのか分かっておいでですか?」
「もちろんわかっているさ……わかっていないのは君の方だろう? アメリア……」
太ももに這わされた手のひらの感触。一切の無駄なく真っ直ぐにソコに触れる指。目を見開いたアメリアに、シグマは薄く笑って見せた。その瞬間、全身が危機感に凍りつき、恐怖に震え出す。その時になってアメリアは、シグマは本気でこの馬鹿げた行為を完遂するつもりなのだと理解した。
「い、や……いや……いや!! 離して!!」
凍りついていた身体が弾けるように動き出し、全身全霊でシグマを拒絶する。
抵抗を嘲笑うように薄ら笑いを浮かべるシグマを、アメリアを片手で押さえつけたまま、見せつけるように既に猛ったソレを眼前に晒した。
「シグマ様……! 王族でありながらこれほど不名誉な婚姻を、本気で結ばれるおつもりなのですか!?」
「僕を紳士でいさせてくれなかったのは、聞き分けのない君だろう? 不名誉であろうと王族の子種を受けたとあれば、誰もこの婚姻を邪魔立てできない」
「…………っ!!」
ヒクリと恐怖に喉が詰まり、迫り上がってきた涙で視界がぼやける。愛欲でも情欲ですらない。ただ鎖で繋ぐのが目的で、穢した事実を作るための行為。とっくに粉々に砕けたシグマとの思い出は、最後の欠片さえも穢し尽くされた。シグマはここまでする男ではない。人間性を軽蔑してさえ、そのくらいの信頼は寄せていた。それなのにシグマはここまでアメリアを裏切ろうとする。
「シグマ様っ!」
躊躇なく押し当てられた穂先に、グチュリと湿った水音が立った。愛されてはいなくても、ディランだけしか知らない身体。穢されてしまう。
『アメリアお嬢様。この身体に俺以外の手垢をつけるなら、今後の利息の受け取りは考えねばなりません。俺は商人なので。財政もまだ健全ではないのですから、商品価値を下げるのはよく検討された方がいいでしょう』
冷ややかだったディランの声が蘇る。もしもこの身体を暴かれ穢されたなら、負い目をなくせたとしても想いを伝えることさえできなくなる。アメリアの心が押し寄せる絶望感に激しく軋んだ。
「お願い……やめて……やめてください……!」
絶望の底から這い上がり強くなったつもりでいた。でも本当はこんなにも弱いままだった。哀願を縋らせることしかできることがない自分が、たまらなく惨めでも懸命に自分に跨るシグマに懇願する。このまま穢されるわけにはいかなかった。最後の希望すら無くすわけにはいかなかった。
「ああ、泣かないでアメリア。僕が幸せにしてあげるから……」
「いや……やだ……お願い……」
グッとソコが押し広げられる。なんの用意もされていないソコに、ビリッと痛みが走る。沈み込んでこようとする気配に、アメリアが目を見開いた。
(ああ……こんなことなら……)
涙で視界が滲んで歪む。アメリアが諦め目を閉じかけた時、乱暴に扉が開け放たれのしかかっていた重みがふっと軽くなった。
「……うぐっ!!」
低い呻きと何かが床に叩きつけられる鈍い音。物が壊れる派手な物音を呆然と聴いていたアメリアの身体が、ふわりと抱き上げられる。
「……ディ、ラン……?」
じわりと伝わってくる体温に、どうしようもなく安堵が湧き上がった。
「ディラン……!!」
「…………」
アメリアを抱き上げたディランは、そのまま無言で歩き出す。
「うっ……くそ……! アメリア!! 行くな、アメリア!」
床に叩きつけられて動けないシグマをもう、アメリアは振り返らなかった。
(助けてくれるのはいつも貴方……)
今は恐怖ではなく切なさに震える胸の鼓動に、アメリアはディランの体温にしがみ付いた。
※※※※※
いつもの部屋の寝台に、そっと下ろされるとディランはそのまま、顔を背け背を向けた。拒むようなディランの背中に、アメリアは手を伸ばしかけ唇を引き結ぶ。沈黙が支配する室内が、アメリアにじわりと恐怖を呼び起こしてくる。
シグマの突然の凶行は恐ろしかった。どうあっても叶わない力の強さで自由を奪われ、抵抗することが無駄だと笑みを浮かべる。でもその恐怖も、ディランが現れるまでだ。
ディランが現れてから、その体温に安堵してから、湧き出した恐怖はシグマとは一切関係のないものだった。
「……邪魔を、しましたか?」
「……え?」
ようやく口を開いたディランに、アメリアはびくりと肩を揺らして顔を上げた。何を言われたのかよくわからなかった。
「咄嗟に止めだてしましたが、お嬢様も望んでのことだったのかと……」
「な、にを……」
「それであれば王族への暴行の罪を、一刻も早く詫び罪を償わなくてはなりませんね……」
呟くように自嘲して、ディランがスッと立ち上がる。その背中を見上げて、アメリアはようやく何を言われたのかを理解した。その瞬間、先ほどまでアメリアを支配していた恐怖が、怒りにすり替わり目の前が真っ赤に染まった。
応接室に戻るつもりなのか、ドアへ向かって歩き出したディラン。アメリアは滑るように寝台を降りると、ディランが手を伸ばしたドアの前に身体を滑り込ませた。
割り込んできたアメリアに、動きを止めたディランを睨み上げる。虚ろに暗く沈んだ無表情に、アメリアはますます激昂した。
「貴方はそれが必要だと思ってるの?」
シグマに穢される。その恐怖の中で思ったのは、手垢がつけばディランにとって価値がなくなることだった。もう抱いてさえもらえなくなる。何よりも永遠に想いを伝えることができなくなる。
強烈な恐怖と後悔から、颯爽とアメリアを救い出してくれたのは、またもやディランだった。それなのにその本人は、言うに事欠いて詫びをすると言う。
「自分が何をしたのかわかっているの? 王族を殴ったのよ? そうなれば平民上がりの男爵風情が、どんな正当性を振り翳したところで一族郎党処罰は免れない!」
嘲るように睨み上げた先で、ディランは鼻白んだように口元を歪めた。
「……私がオーエンの籍を抜ければ、累が及ぶこともないでしょう」
「……貴方は一人息子なのよ? 後継者を失い、信頼も失墜すれば商会は立ち行かなくなる。そうなれば……!!」
「両親には不肖の息子で迷惑をかけますね……」
「迷惑程度で済むと思うの? 人生をかけて積み上げてきたものを失うのよ!」
「元は何も持たずにここまできたのです。足を引っ張る息子が消えるなら、案外今より成功するやもしれません」
強い言葉で脅しても、ディランは薄く諦めたように嗤う。細くつながっていたいた糸が切れないように。声を張り上げる自分と違って、ただ静かに疲れたように糸が切れる時を待つディラン。
「わ、たしなら! 私なら……! 貴方を助けられるのよ! 何があったか証明して、フェルディ草の独占権をオーエン商会にすれば……! そうすれば……!!」
シグマも、その婿入り予定先のイソルド家も、オーエン家も。全ての命運をフィルディ草の権利を持つ、アメリアが握っている。
「だから貴方が私に……!」
たった一言言ってくれたらいい。助けてくれと、そばにいろと。理由をくれたら、アメリアはなんでもする。
「お嬢様の頼みなら、第二王子殿下も聞き届けるのでしょう……恩返しのおつもりでしょうが、必要ありませんよ。それならばむしろ放っておいてほしいくらいです」
冷ややかに歪んだ笑みを浮かべたディランに、アメリアは言葉を失って瞳を潤ませた。
アメリアに借りを作るのを拒むように、拒むディランにスッと体温が下がる。繋ぎ止められない。この期に及んで縛り付ける鎖を探しても、ディランはアメリアに縋らない。無償の献身を捧げてくれた高潔な魂には、脅しなんて通じない。弱みなどない。
アメリアの脇をすり抜けて、ドアノブに手をかけたディランの腕に咄嗟に引き留める。
「……あい、しているの……貴方を愛しているの……負い目を利用してまで貴方に抱かせたり、今こうして弱みに漬け込んで縛りつけたいと願うほど……貴方を愛しているの……」
立場を利用し高潔な忠誠を踏み躙った。それでも欲しいと伸ばす手を堪えられないほどに愛している。美しいものを自ら穢したアメリアに、返されるものはないと知っている。
信じていたものの不確かさと不誠実さに絶望した。でもディランに人に言えない関係を強いて、逃げないように繋ごうと必死な自分と彼らに違いなどない。それでも縋らずにはいられなかった。
「なんでもする……なんでも言う通りにするから……受けた恩も、フィルディ草の全ての権利も渡してもいい……愛してくれなんて言わない……だから……!」
アメリアに残された手立ては、もうそれしかなかったから。今ここで糸が切れてしまったら、もう二度と繋がることはないのだから。
「お願い、ディラン……愛しているの……なんでもするから、側において……」
流れる涙に歪む視界で跪く心地で見上げたディランは、ただ茫然とアメリアを見つめやがて呟くように囁いた。
「……こ、れは、これは都合のいい夢ですよね……? 身分も立場も弁えず不相応な想いを抱き続けていた……先代からの大恩を裏切り窮地に付け込んで、美しく高貴なその身を劣情のまま穢し続けた……それなのに、愛しているなど……俺の頭がおかしくなっただけですよね……?」
震える手で額を押さえながら、茫然とするディランにアメリアはゆっくりと瞳を見開いた。
「フェルディ草が見つかったことを呪っていた俺に……愛しているなんて……」
「ディラン……!」
飛び込むようにしてアメリアが、ディランを抱きしめた。切れようとしていた糸が力を取り戻す奇跡を逃すまいとするように。
「愛している! 愛しているの、ディラン。ずっと、ずっと貴方だけを愛していたの」
ディランの心に届くように、舞い降りた奇跡が逃げないように。叫んだ瞬間、息が止まるほど強く抱きすくめられる。
「……愛してる……! 愛してる、アメリア! 俺の方がずっと長く、もうずっと前から貴女だけを……!」
「愛してる……愛してる……!」
長く秘めて閉じ込めていた心は、何度絞り出すように言葉にしても満たされず、引き合うように唇が重なった。それでも足りずに倒れ込んだ寝台は、二人の熱に浮かされた睦言に合わせて沈み込んでいく。
堰き止めるものがなくなった二人の間に、咽せ返るほどの濃密な愛が溢れ出した。
※※※※※
他サイトでいただいたリクエストになります。短編は今後更新頻度は下がりそうです。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
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