80人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
愛とか恋とかから騒ぎ
穏やかな陽光の中庭で、優雅にカップを傾ける親友をシスティナが盗み見る。王太子の婚約者であるアナスタシアの所作は、王妃教育が行き渡り気品高く美しい。
「ねぇ、アナスタシア。本当に大丈夫なの?」
「大丈夫よ。どうしてそんなに心配するの?」
豊かな金糸の髪を揺らし、輝くアメジストの瞳を不思議そうに瞬かせた。もうすぐ義妹になるとても美しい親友。でもシスティナの婚約者であるアナスタシアの兄、グリフィスと同じく優しいのんびりおっとりさんなのだ。システィナは額を覆って頭を振った。
「あのね、アナスタシア。もうすぐ卒業でしょ?皆最後のチャンスだって焦ってるの。何をしてくるか分かったもんじゃないのよ!もっと危機感を持って!」
「危機感?」
「あっ!アナスタシア!」
首を傾げたアナスタシアへの呼びかけに、中庭がざわりと浮足立った。振り返ったアナスタシアが嬉しげな笑顔を浮かべる。
「ハインツ様!」
王太子ハインツの登場に、システィナは密かにため息を吐き出した。陽光に煌めくプラチナブロンドと、艷やかなエメラルドの瞳。自国の貴族令嬢ばかりか、国民のみならず周辺諸国まで魅了する美貌。文武に秀で、穏やかで優しい人格者。
自慢の親友に相応しい完璧王子だが、だからこそ問題だった。こちらに歩いてくるハインツをちらりと見やる。ハインツは見覚えのある女生徒を連れていた。最近、ハインツの周辺でよく見かける女だ。
(さっそく問題を連れてきたのね……)
システィナは頭を抱えたくなった。卒業間近の最後のチャンスと、令嬢の皮を被って王太子妃の座を狙う略奪者が後を絶たない。
「アナスタシア、少しいいかい?」
「もちろんです。あの、そちらの方は?」
ハインツの背に隠れるようにしている女生徒に、アナスタシアは不思議そうに首を傾げた。
「ああ、彼女はジェリカ・ロック男爵令嬢だ。」
「ジェシカです、ハインツ様♡」
「うん。なんでも困っているそうでね。相談を受けたんだが、僕の独断では決められないし一緒に考えてもらえる?」
「もちろんです。初めまして、ジェシカ嬢。どんなご相談ですの?」
優しいアナスタシアは心配そうだが、システィナは騙されなかった。近すぎる距離に馴れ馴れしい呼びかけ。品定めするような目つき。間違いなく駆け込み簒奪者だ。
「……実は両親から意に染まぬ婚姻をするように強要されているのです。」
「まぁ!」
「6つも年上の男爵家です。とても醜悪なその男性に借財があるから嫁ぐようにと……私、もうどうしたらいいか……」
「6つ年上って……大して離れてないじゃない。貴族の婚姻よ?まして借財があっての取り決めなんでしょ?」
瞳を潤ませていたジェシカが、一瞬だけうるさそうにシスティナを睨みつけた。だがすぐに縋るようにハインツを見つめる。
「私……私……結婚なんてしたくないんです!一生独身でいようと決めていたんです。それなのに……」
「それでジェリカ嬢は側妃として保護してくれないかと相談に来たんだよ。」
「ハインツ様、ジェシカ嬢ですわ。それにしても側妃、ですか?」
「はい!元々結婚する気はありませんでした。お二人の仲を引き裂くようなことも致しません。週に一度、ハインツ様と何もせず一緒に過ごさせて頂くだけです。アナスタシア様、私を助けて頂けませんか?」
図々しい。胸を強調しながら何が何もしないだ。もぐり込めればどうとでもなると思っているのだろう。呆れた言い分にシスティナの瞳に怒りが灯る。
「何もせず……そうですか……それはあまりにいたたまれないのでは?」
言い淀んでハインツに視線を向けたアナスタシアに、ハインツも頷いた。
「僕もそう思う。だからねジェリカ嬢……」
「ジェシカ、です。ハインツ様♡言ってくだされば何でもします♡」
期待に目を輝かせながら上目遣いにハインツを見上げる。
「アナスタシアの侍女として働くのはどうだろう?」
「……は?え?侍女、ですか?」
「まぁ!それはいい考えですね。給与をご実家の借財の返済に充てることもできますもの。」
「……いや、借財はハインツ様の側妃として……」
「侍女としてなら、お好きな方ができたら結婚することもできますしね!」
「いえ、私はハインツ様の………」
「結婚したくないだけなら修道院に行けば?わざわざ側妃になる必要ないじゃない。」
システィナの至極真っ当な言い分に、ジェシカは苦し紛れに声を上げた。
「しゅ、修道院では連れ戻されてしまいます!だ、だからハインツ様の庇護下にある側妃として……」
「あのね、ジェシカ嬢。」
必死なジェシカにアナスタシアが優しく語りかける。
「側妃となってしまえばいつか好きな方ができても結婚できないわ。……愛し合うってとても素晴らしいことなのよ?」
頬を赤らめながらアナスタシアはハインツを振り返った。
「……本当にその通りだよ。愛する者と共にあるのはとても幸福な気持ちにさせてくれる。」
ハインツもうっとりとアナスタシアの手をとって、力強く頷いた。
「今は結婚したくなくても出会うかもしれないよ?愛し合うことを放棄するのは早すぎる。本当にね、愛し合うことは素晴らしいよ。僕はアナスタシアに出会ってそれを知った。」
「………ハインツ様……」
「アナスタシアと片時も離れたくないんだ。だから週一回の訪問も疎かになってしまうと思う。顧みられない側妃より、給与のある侍女のほうがよほどいいと思うんだ。」
「あっ……えっ…………はい………」
蹴落としたい女の侍女として仕えることを提案されジェシカの顔が歪んだ。悪意なく女として微塵も興味がないと突きつけられ、プライドをへし折られたジェシカはしおしおと去っていった。
(アナスタシアの敵ではないわね!)
壺とか5個くらい買わされてそうなお人好しのアナスタシアと、困った人には手を差し伸べるハインツ。二人の人の良さに付け込む作戦だったようだが、あまりにも図々しい。いい気味だ。
もう二度と来んな!とシスティナは鼻息荒くジェシカを睨みつける。
その横でアナスタシアとハインツはまだうっとりと手を取り合っていた。
「アナスタシア……愛し合うことが素晴らしいって思ってくれていると知って、とても嬉しいよ……」
「はい……私もハインツ様に出会って知ったのです……」
「ああ、アナスタシア……君との結婚が待ち遠しい……」
まだいちゃいちゃしている二人をシスティナは横目で見た。口の中にむりやりはちみつを流し込まれたかのようだ。塩気がほしい。心配してるのがバカらしくなってきたが、卒業までは油断はできない。
ジェシカのように分かりやすいお花畑ばかりではないだろう。王太子に近づける最後のチャンスと、もっと悪辣な方法をとってくる者もいるかもしれない。お人好しな二人ではきっと対処できない。
私がしっかりしなくては!システィナはぐっと拳を握り、気合いを入れ直した。
※※※※※
(脳みそにおがくずでも詰めてんのかっ!!)
システィナは心の中で、怒りの雄叫びを上げた。ジェシカのねじ込みの失敗はすぐに噂になったらしく、おかげで正面切っての突撃は今のところなくなった。
だが、媚薬なら……既成事実を……暴漢に……と不穏な単語が、コソコソと派閥で固まる集まりから漏れ聞こえてくるようになっていた。
(王族なのよ?その婚約者の公爵令嬢なのよ?)
当然精鋭の護衛がつき、差し入れだからと不用意に食べ物を口にするわけがない。
王太子への差し入れが急増し、毒味し検められると知って、一切なくなったらしい。当たり前だろうが。
(ねぇ、本当に脳みそが正しく機能しているの?)
手に負えないような方法を取られるよりずっといいと分かってる。だがそのアホを相手に警戒を続けている自分までアホのようで、システィナは頭をかきむしりたくなった。
必死に冷静さをかき集め、システィナはアナスタシアと向き合った。
「ねぇ、アナスタシア。一体どうしたの?最近変よ?」
「そ、そうかしら……」
「私にも言えない?」
「………」
「ハインツ殿下と何かあったの?」
「…………っ!!」
アナスタシアは分かりやすく狼狽えた。こちらの方がよほど深刻だった。どうやらハインツと何かあったらしいのだ。
アナスタシアがハインツを避けている。ハインツはむしろ、積極的に会いに来ているのだが、話しかけられても顔を俯けたまま生返事。偶然通りかかったのを見かけると、システィナの背後に隠れることもある。非常によろしくない。
「ねぇ、アナスタシア。どうしたのか話してよ。ハインツ殿下を避けているでしょ?仲違いしているって噂になっているのよ?」
「仲違いなんてしていないわ……」
「でも避けているんでしょ?」
「…………」
「一体どうしたのよ……」
顔を赤くしたまま何も答えないアナスタシアに、システィナは眉尻を下げる。理由が分からず対処もできない。本当に仲違いしていないとしても、何かしらはあったことは確実だ。そこにつけ込もうとする輩は必ず現れる。
そしてそんなシスティナの不安は見事に的中することになった。
「アナスタシア、どうしてハインツ様にエスコートしていただかないの?」
「だって……」
顔を俯けたアナスタシアに、システィナとグリフィスが顔を見合わせる。システィナの不安通り、アナスタシアがハインツと共にマデラン侯爵令嬢の茶会に招待されたのだ。不仲説の真相を確かめる腹積もりだろう。
一時期王太子妃候補になった女からの招待。何もないはずがない。システィナはハインツに頼んで、グリフィスと共に参席をねじ込んで貰った。
もしもアナスタシアを貶めるつもりなら、身体を張ってでも阻止するつもりだった。
「アナスタシア!待っていたよ。」
ハインツがアナスタシアを見つけ、嬉しそうに駆け寄ってくる。嬉しそうなハインツとは裏腹に、アナスタシアは俯いたまま顔を上げることもしなかった。
(………大丈夫かしら……)
アナスタシアの様子に、システィナはため息をつく。ハインツの様子から仲違いではなさそうでも、様子は明らかにおかしい。
相手はマデラン侯爵令嬢。おがくずしか詰まってなかったジェシカとは訳が違う。権力も美貌も性格の悪さも、しっかりと兼ね備えているのだ。
小さなすれ違いを大きな亀裂に発展させるだけの悪辣さがある。現に抜け目なくアナスタシアとハインツを扇の影から観察している。
「アナスタシア様、体調でも崩してらっしゃるの?」
「ご心配ありがとう。大丈夫ですわ。」
表面上は和やかに始まった茶会の視線が、サッとアナスタシアに集中する。気にしてない風を装いながらも、誰もが聞き耳を立てている。
穏やかに微笑むアナスタシアは、今のところ落ち着いて見えた。
「……アナスタシア。ねぇ、やっぱり怒って……」
隣のハインツが気づかわしげに、アナスタシアの手を握り声をかける。
「ち、違います!!」
アナスタシアはその手を振り解くようにして顔を背けた。アナスタシアのその過剰反応は、周囲を静まり返らせた。明らかな拒絶にハインツは、行き場を無くした手を彷徨わせて困ったように苦笑した。
(……ちょっ!!アナスタシア……!!)
まずいとシスティナが歯を食いしばる視界の先で、マデラン侯爵令嬢が扇の影でにんまりと笑みを浮かべている。
「アナスタシア……僕が……」
「あ、あの!ごめんなさい。私、少し気分が……エリミーア様、せっかく呼んで頂いたのですが、今日は失礼させていただきますね。」
「ええ、構いませんわ。ご自愛なさってくださいませ。」
「……待って!アナスタシア!!ごめんね、僕も失礼するよ!」
逃げるように茶会の席を立つアナスタシアに、隠しきれない笑みを浮かべながらエリミーアは上辺だけの気遣いをしてみせた。挨拶もそこそこにハインツが慌ててその後を追っていく。あっという間の出来事に、何もできないままシスティナは呆然と二人を見送った。
「……皆様、アナスタシア様は体調が優れないご様子。私達はこのまま茶会を続けましょう。」
「うふふっ。そうですわね。殿下が追いかけて行かれましたし。」
「ええ、随分と慌てていらしたようですが。あら、……このお茶大変おいしいですわ。エリミーア様、どちらのお茶ですの?」
「こちらはナイディーンの茶葉ですわ。香りが花のような香から、柑橘のような爽やかさへと移ろうのが特徴ですの。」
「まあ、本当に!まるで人の心のようですわね。」
「あら、そうね……ふふふっ」
あからさまなあてこすりに、システィナは拳を握りしめる。その手にそっと、グリフィスの手が重なった。顔を上げるとグリフィスは穏やかに微笑んでいた。
「確かに人の心は移ろうものだね。昨日よりも今日、さっきより今、僕はシスティナを愛おしく思っているからね。」
「……は?え?ちょっ……!グリフィス……」
「実はねハインツ達も昨日、家で毎日好きが更新されてるって言い合ってて、僕は身の置きどころに困ったんだ。」
グリフィスの言葉に、ぴりっと一瞬空気が張り詰める。それに全く気付きもせず、グリフィスがのんびりと続ける。
「システィナにいてほしかったよ。そしたら僕もシスティナに伝えられたのに。でも言えてよかった。」
「もう……他の人もいるのに……」
「あっ!ごめん……嫌だった?」
「……イヤなんじゃなくて、恥ずかしいのよ……」
「あ、そうか。ごめん、今度からは二人だけの時に伝えるように気をつけるよ。」
にこにこと頷くグリフィスから、システィナは視線をそらす。グリフィスもハインツに次いで、簒奪者が絶えない公爵令息。数人の視線が突き刺さる。
「……幸せな心変わりばかりではありませんわ。」
「婚姻が目前に迫り、不安や気鬱から婚姻を取りやめる方も結構いらっしゃいますもの。」
「そうですわね。ハインツ様はお優しい方ですから、相手のお気持ちを尊重なさるでしょうし。」
はっきりと名前まで出してそんなことを言い出す令嬢達に、システィナは信じられないと目を見開いた。
「なにをっ……!!王家の婚姻よ?そんな軽いものではないわ。殿下のお名前まで出して!あまりにも軽率で不敬だわ!」
「……う〜ん……でも確かにハインツなら無理強いはしないだろうな。」
「えっ……グリフィス!貴女の妹の婚姻よ?」
諌めるどころかのんびりとした口調のまま、グリフィスが頷く。まさか背後から味方に撃たれるとは思っていなかったシスティナは、唖然としてグリフィスを振り返った。
「まあ!グリフィス様から見てもやはりそうなのですね!」
エリミーアが目を輝かせて勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「いずれ国母となる立場ですもの、重責に耐えかねるのも無理からぬこと。無理強いするのではなく、より相応しく前向きな者が共に歩むべきですものね。」
屋敷で二人がいちゃいちゃしていた話はすっかり忘れ去られ、マリッジブルー説だけが取り沙汰されている。
「グリフィス!なんてことを!!」
「システィナは心配しすぎだよ。それに本当にハインツは無理強いしたりしないよ。」
苦笑するグリフィスを睨みつけるも、会場の空気は不穏に濁っている。確かにハインツはそういう人ではある。
だがグリフィスの発言は二人の仲が、うまくいっていないと取られてもおかしくない。ましてグリフィスはハインツの友人で、アナスタシアの兄。
案の定、尻込む者に重責を負わせるのは、互いのためにならないと盛り上がり始めた。挙げ句エリミーアは二人の円満な婚約解消が叶うよう、アナスタシアに配慮して公表の場を催すべきでしょうと満面の笑みまで浮かべている。
あと数日で卒業というこの時に、あっという間にこの日の出来事は真実として広がっていった。
そしてアナスタシアの元には、エリミーアからの茶会の招待状が届くことになった。
※※※※※
ガラガラと車輪を回し進む馬車は、一路茶会会場へと向かっていた。
「……ねぇ、アナスタシア……本当に参席するの?」
「はい。こうして支度をして向かっておりますもの。」
「でも、ずっと準備に追われて二人の時間が取れていないだろう?」
縋るような瞳をアナスタシアに向けるハインツに、アナスタシアは困ったように視線を彷徨わせた。そんなアナスタシアにハインツは腕を伸ばし、ぐいっと引き寄せた。
「ハ、ハインツ様……だめです……」
真っ赤になって腕から逃れようとするアナスタシアを、ハインツはしっかり抱え込む。
「……それに、あの日からずっと顔も見てくれない。やっぱり怒らせてしまった?結婚前なのに僕がこらえきれなかったから……でもアナスタシアが愛おしくて止められなかったんだ。」
「……怒ってなど……ただ、恥ずかしくて……それに……」
続く言葉はハインツが重ねた唇に塞がれた。そのまま口づけは深まり、ハインツの舌がアナスタシアの口蓋をくすぐった。
「……んっ!……ふっ……ハインツ、様……だめです……」
「はぁ……アナスタシア……もう一週間も君に触れていない……んっ……会場に着いたらすぐにやめるから……それまで君に触れさせて……」
アナスタシアを膝の上に抱き込んで、腰に腕を回したハインツが、目元を赤く染めながら掠れた懇願を耳に吹き込む。
「……んっ……あっ!……だめっ……そんなところ……」
声にゾクリと身を震わせたアナスタシアに、ハインツがするりと手を潜り込ませる。くちゅりと音を立てて、潤み始めたアナスタシアのそこにハインツの中指が沿わされる。
「あっ!ああっ!……だめです……ハインツ様……だめ……ああっ!!」
蜜を絡めるように蠢いていた指が、ぬるりとアナスタシアの花芯を優しく撫でた。潜り込んだハインツの手首を両手で掴み、アナスタシアは必死に抵抗する。
「……あぁ……かわいい……アナスタシア……ごめんね、好きすぎて止まらないんだ……アナスタシアが頑張って止めてくれる……?」
顔中に口づけを落としながら、かわいらしい抵抗にますます煽られたハインツは、固く尖り始めた花芯を撫で回した。
「あっ!あっ!あっ!だめ……ハインツ様……気持ちよくなっちゃう……だめ……」
「……うん……ちゃんと着いたらやめるから……あぁ……こんなに蕩けて………アナスタシア、お願いキスして……」
「あぁ……ハインツ様ぁ……んっ……」
ハインツの首に両手を縋らせ、アナスタシアが唇を近づけた途端、噛み付くようにハインツが口内を貪り始める。
舌と舌を絡ませ合う間も、ぬるぬると花芯を撫で回す指は止まらない。腰に回されていた腕が背後から回り込んで、伸ばされたハインツの指がぐずぐずに蕩けた秘裂に潜り込む。
「んふぅ……んっ……はぁ……ハインツ、様ぁ……ああっ!気持ち、いい……あぁ……」
「アナスタシア……好きだよ……かわいくてたまらない……好き……愛してる……」
夢中で唇を貪り合い、抗い難い快楽にアナスタシアは腰を揺らし始める。狭い空間に卑猥な水音が絶え間なく響き、互いのたまらなげなため息が何度も落ちる。
カーテンを閉めた窓は不自然に曇りはじめ、ギシギシと揺れを増す馬車に、御者は感情を削ぎ落としてひたすら正面だけを見続けている。
「あっ!だめ……もう……いっちゃう……ハインツ様……いっちゃう……」
「いいよ、アナスタシア……見せて……僕にいくところを見せて……」
「あぁ……だめです……いっちゃうのぉ……あっ!あぁっ!そこ、だめっ!だめなの!そこだめぇぇーーー!!」
「あぁ……アナスタシア……かわいい……すごくかわいい……好きだよ……好き……」
花芯を押し揉みながら、中のそこをズリズリと擦り立てられアナスタシアは仰け反りながら深く絶頂した。ハインツの指で深く達したアナスタシアを、愛おしげに見詰めていたハインツが感極まったように口づけを落とす。
そのまま性急に抱え上げたアナスタシアを、自身の怒張で深く刺し貫いた。
「ああぁぁーーーーー!!!」
「ああっ!アナスタシア!」
結合したそこがぶちゅぶちゅと音を立てるほど突き立てながら、二人は激しく繋がり始めた。
「ああっ!あっ!あっ!あっ!ハインツ様!ハインツ!」
「あぁ、いい!アナスタシア、気持ちいい!中がうねって絡みついてくるよ……すごくいい!」
「ああっ!いいのっ!ハインツ様!気持ちいい!」
「着いたらちゃんとやめるから!アナスタシア!好きだよ!アナスタシア!」
(………殿下、もう……着いてるんです……)
互いの想いの丈をぶつけるように愛し合う二人は、馬車がとっくに停止したことに全く気づいていなかった。
御者は死んだ魚の目で、微動だにせず正面を懸命に見続けた。
ーーーーー
王宮専用の純白の豪奢な馬車が見え、やる気に満ち満ちていた会場は一気に熱量を上げた。
マリッジブルーを理由に、まずは円満な婚約解消を公表させる。その後は傷心の王太子を口説き落とす!と集まった令嬢達はギラついていた。
(…………?降りてこない……?)
だが、やる気を漲らせていた令嬢達は首を傾げた。停止しているのに激しく揺れ動く馬車から、愛の雄叫びが漏れ聞こえだした辺りで無言になった。
一向に揺れは収まらないどころか、ますます激しく馬車がギシギシ軋み出すと、一人二人と無言で椅子に座り始めた。気まずい沈黙が茶会を包み始める。
「「「……………」」」
「ああぁーーー!ハインツ様ぁーー!!」
「アナスタシア!いい!いいよ!あぁ!好きだよ!着くまでだから!着いたらやめるから!」
(((………着いてるよ)))
静まり返った会場内の誰もが同じことを思った。
「ああっ!ハインツ様、もう……もう……あぁ……あぁ……あっあっあああああーーーー!!」
「アナスタシア!アナスタシア!あぁ!もう僕も……!アナスタシア!愛してる!!」
揺れ動く馬車の中心から轟いた愛の叫び。やがてゆるゆると馬車は揺れが収まり、遂に止まった。割と長いこと揺れていた。その間、御者はただ一点を見つめ続けていた。
誰もが無言を貫く会場に、パタンと馬車の扉が開く音がやけに響いた。
申し訳程度に整えた乱れた衣服を纏った王太子がにこやかに降りてきた。上気した白皙の美貌が壮絶な色気を発散させているが、この空気の中ではうっとりと見惚れる者は流石にいなかった。
「あっ!マデラン侯爵令嬢、お招きありがとう。でも申し訳ない。アナスタシアは参席が難しそうでね……」
(((……でしょうね)))
「せっかくだけど挨拶だけして、このまま帰らせてもらうことにするよ。すまないね、ではこれで失礼するね!」
「あっ……はい……」
マデラン侯爵令嬢はなんとかそれだけを押し出せた。ツヤツヤうきうきそわそわした王太子は、馬車に駆け戻ると馬車はゆっくりと進みだす。
(((まだするのかよ……)))
早速、揺れ始める馬車は、遠い目をした御者の無心の手綱捌きによって、激しく揺れながら走り出した。誰もが悟った。王太子の婚約者どころか、側妃すら無理。あの熱烈な愛の間に割って入るのは、苦行以上の拷問だ、と。
「………じゃあ、帰ろうか?」
真っ赤になって俯いていたシスティナに、グリフィスが手を差し出した。こっくりと頷いてシスティナは素直に立ち上がった。
「二人のことは心配ないよ。」
「………そうね……別の意味で心配だけど……ねぇ、もしかして知ってたの?」
「うん。あれだけ大音量だと流石にね。」
確かに。システィナは深く頷いた。
「アナスタシアはそれ以来すごく恥ずかしがってて……それにハインツはどうも我慢がきかないみたいでね……困ったもんだよ……」
ようやくアナスタシアのおかしな態度に納得する。真面目な二人がまさか婚姻前に……。顔を合わせるのが恥ずかしくて逃げ回り、ハインツがあの通りだから接触を避けていたのか。
「ますます二人は仲良くなってるし、心配いらないよ。」
「……うん。良かった。」
なんか色々アレだけれども。それでも親友が愛し愛されていることは素直に嬉しい。
「………早く結婚したいね。」
「後、1ヶ月でしょ?」
「そうだけど。システィナは僕と早く愛し合いたいと思わない?僕は一刻も早くそうしたい。もっともっとシスティナと仲良くなりたいからね。」
「………グリフィス!!」
にっこりと微笑むグリフィスに、システィナは真っ赤になって固まった。美貌の貴公子。優しくておっとりな大好きな婚約者。
「………私も、とても待ち遠しいわ………」
意を決してシスティナも目の前の大好きな婚約者に告白する。小さすぎた声でもしっかり聞き取ってくれたらしい婚約者は、嬉しそうに優しく微笑んでくれたのだった。
※※※※※
王太子ハインツとアナスタシアは無事に卒業と同時に婚姻を結んだ。輝くような笑みを浮かべ、幸せそうに寄り添う二人に国民は熱狂した。
美貌の王太子争奪戦は、あれやこれのから騒ぎを巻き起こし誰もが微妙に沈黙して終息した。側妃ならばと娘を奮起させようとすると、泣いて修道院に駆込まれる家門が続出したらしく、そのせいか側妃を娶る話も出ることはなかった。
仲睦まじい王太子夫妻は子沢山のため、そもそも側妃の必要性は全くないともいえる。
余談だが、王太子夫妻の長男は、なぜか一部の世代の父兄たちに「馬車王子」という謎のあだ名をつけられているらしい。
最初のコメントを投稿しよう!