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跪いて愛を乞う
腰まで伸びる長い髪は、コーラルピンクからやがてラベンダーに色を変える。
涼やかな切れ長の瞳は、釣り上がりサファイアブルーにキラリと光る。
美しいと思った。
とびきり上等な毛皮を纒った気位の高い猫は、ただ一人にだけ甘えてみせる。
ツンと澄ました表情は、腕を絡ませた男にだけ蕩けた笑顔になる。甘えるようにすり寄って上目遣いで見上げている。
心臓を鷲掴みされたような気がした。じわりと血管に針金を通すように痛みが広がる。
彼女が欲しい。だが、彼女が腕を絡めるのは俺ではない。
届かない想いに身を焦がすばかりの日々に見切りをつけ、隣国との諍いが激化する前線に身を投じた。
※※※※※
前線で武功をあげ、王都へ帰還した。
死線をくぐり抜ける日々に身を費やしても、想いは褪せることも消えることはなかった。
前線から半年。帰還してそろそろ事後整理に見通しがついた頃、転機が訪れた。
群がる人を避けるために出たテラスで、人のいない中庭に一人佇む彼女を見つけた。
大きく目を見開き、細い肩が震えていた。彼女の視線の先には、女と口づけを交わす彼女の婚約者の姿があった。
衝撃によろめいたように見えたが、それでもやがて昂然と踵を返して歩き去っていく。その姿は美しかった。
裏切りを目の当たりにしてなお、滑らかな毛皮の気高い猫は高慢に見えるほど高潔だった。
程なく彼女の婚約は解消された。すぐさま申し込んだ婚約は受け入れられなかった。
アンジェラーナ・クリストフ伯爵令嬢からの回答は修道女を望むものだった。
気位の高いアンジェラーナ。彼女はきっと許さないだろう。それでも焦がれ、諦めきれなかった。どうしても手に入れたい。決然と顔を上げて願った。
死線を超えて国を守った褒賞に、金でも地位でも名誉でもなくただ一つ、アンジェラーナがほしかった。
※※※※※
繊細なベールを上げて見つめた花嫁は、憎悪の眼差しで俺を見た。
裏切りに傷つき、修道女を望んでいたのだ。気位の高いアンジェラーナが、妻にと望んだ俺を許さないことは分かってた。吐息は掠めても触れ合うことのない唇。神の御前で誓約書による婚姻は果たされた。口づけによる誓約は果たされなくても、アンジェラーナ、貴女は俺の妻となった。
顔を合わせることさえ許されない初夜。それでも貴女は俺の妻だ。今この時に俺の妻として存在している。彼女の動きに空気が揺れるのを近くに感じる。
今はそれだけでいい。跪いて花を捧げる。受け取られることもない。
それでも貴女に花を捧げ続ける。今は受け取ってもらえなくてもいい。ただ、捧げることを許してくれるなら。
彼女の指に贈った婚姻の誓いの指輪が光っている。
所有の証。束縛の象徴。そっとそれを盗み見るだけで、ひどく心が満ち足りた。
婚姻から一年を過ぎても未だ抱き合うことはない。そんな些末なことで、この婚姻を後悔することはない。
穏やかな陽光を眺めるその姿を目にできるだけで十分だった。その光景を目にしたときは、あまりの美しさに息が止まった。
しなやかな肢体は常よりわずかに力が抜けていて、鋭く射抜くサファイアの瞳が少しだけ細められている。
ああ、まるで日向で微睡む猫のよう。愛しさに体が震えた。
「………髪を、梳かせてくれないか?」
アンジェラーナへの贈り物として、宝石を散りばめた櫛を捧げた。
じっとそれを見つめる彼女に、懇願が滲まないよう自制しながら問いかける。アンジェラーナが僅かに瞳を見開いた。無言の時間が流れて、黙って目を伏せ少し俯いた。
………………っ!!
歓喜に胸が詰まり、唇が震えた。声は聞かせてもらえない。でも、許された。許容された。
背後に回って震える手で髪に触れる。コーラルピンクからラベンダーに色を変える髪色。慎重に手にとった髪は柔らかく、櫛る程にベルベットのような艶を増していく。美麗に貴女を彩る美しい髪。愛しい貴女を構成する要素。貴方の色。
「………愛しているよ。貴女を心の底から、愛している。」
手に取った髪に口付ける。
触れることを許された歓びがこらえきれず、髪に口付けを落とす。
応える声はなくても、彼女の肩が僅かに震えた気がした。
彼女を妻に迎えたことになんの後悔もない。こんなにも、こんなにも愛しくてたまらない。
※※※※※
日々ほんの僅かずつ距離が縮まっていく。まだ口数は少ないけれど、少しハスキーな声が鼓膜を震わせたときは胸が高鳴った。
「アンジェ。観劇に行かないか?」
少しずつ会話が増えて、夕食を共にしてくれるようになったある日、思い切って誘ってみた。
驚いたように動きを止め、やがて頷いてくれた。その頬が少しだけ上気しているのが見て取れる。
思わず駆け寄りたくなる衝動を奥歯を噛み締め何とかこらえた。
「ドレスを贈るよ。俺が選んだドレスを着てほしい。」
「……ありがとうごさいます。」
俯いたまま呟いて、アンジェラーナが顔を上げた。その顔が小さく微笑んだ。
「………っ!」
一度こらえた衝動が吹き上がり止まれなかった。駆け寄ってきつく抱きしめる。
アンジェ、アンジェ、愛しい妻。愛している。愛している。
少しだけ戸惑って、アンジェラーナがそっと抱きしめ返してきた感触を感じて、息が止まった。やがて喉が震え、視界が滲む。
「ああ……アンジェラーナ、アンジェ。ありがとう。愛しているよ。愛している。」
アンジェラーナとの距離がゆっくりゆっくり近づいていく。まるで警戒心の強い猫のように、ゆっくりゆっくり。それが愛しくてたまらない。
愛しい我が妻、アンジェラーナ。
抱きしめる腕にさらに力がこもった。
ほっそりとしたしなやかな猫のような肢体に、光沢のあるマーメイドラインのドレスが映える。黒と蒼。変哲のない自分の色が、彼女が纏うとひどく高貴な色合いに見えてくる。
オニキスとサファイアのロングチェーンが、肢体の華奢さを際立たせ、自分の色合いが彼女の身体を絡めとり縛り付けているようでひどく満足した。
「アンジェ。とてもきれいだ。君は本当に美しい。」
「………あなたも、とても素敵よ。」
照れたような小声の呟きに、胸が潰れそうになる。そっと手を取り連れ立って歩く間、俺は確かに幸せだった。
※※※※※
美しい妻を連れ歩くのは誇らしく、心がざわめく。妻の魅力を思い知っている。だからこそ、それに気づき、奪おうとする者が現れることを知っている。俺がそうであったように。
後ろ暗いから怯えるのではなく、例えなんの瑕疵がなくても、この恐ろしさは変わらないだろう。
いつかこの手から奪われる日が来るかもしれない。愛するほどに同じだけの募る恐怖に怯えても、なお焦がれてやまない。美しく気高い俺の妻。
そっと腰に腕を回す。驚いたように見上げたアンジェラーナは、それでもその腕を受け入れてくれた。
微笑みに独占欲を押し隠して、連れだって歩く。
「アンジェラーナ…?」
不意にかけられた声に足を止める。腕の中のアンジェラーナの震えが伝わり、声の主を鋭く見据えた。
「………っ!…ダン………」
腰に回した手に力がこもる。あの日、アンジェラーナの笑顔を一身に受けていた男。ダンシーク・エンデル。ゴリッと噛み締めた奥歯が音を立てる。
「アンジェラーナ!会いたかった。少しでいいんだ!話を「妻に、近づくなっ!!」
伸ばされた手が我慢ならなかった。回していた腰を引き寄せて、腕の中に囲い込む。
美しい妻を隠すために。美しい妻から視界を奪うために。怒りか恐怖か体が震える。
奪われる。奪わせない。俺の妻には触れさせない。
「旦那様……旦那様!………ジーク!」
アンジェラーナの声に我に返る。強過ぎた腕を緩めて、アンジェラーナの様子を確かめる。
「すまない。アンジェ。」
「大丈夫。………行きましょう。」
待って、アンジェラーナ……男の呟きが聞こえ身のうちから吹き出すドス黒い感情に拳を握る。
男に背を向けて歩き出す。騎士として死線に立ったあの時よりも恐ろしい。背後の気配に憎悪と恐怖が湧き上がる。
妻が愛した男。妻が心を寄せた男。今もなお、その心を占めている憎くてたまらない男。
馬車の中は沈黙が支配していた。アンジェラーナは青ざめて、俺の視線を避けているように見える。
握った拳に力が入る。
そんなにも心を残しているのか。
そんなにもあの男が恋しいのか。
あの男を認めてから吹き出した、黒い獣が腹の奥で暴れまわる。ずっと押し込めておいたのに。
離れることは許さない。心を向けることが許せない。
ゆっくりでいい。警戒心の強い猫のような貴女だから。貴女の望む距離で速度で。そんなふうに大切に育ててきた想いが、奥底から湧き出した獣に食い散らかされていく。
俺を見ろ俺を見ろ俺だけを見ろ。
ガタンと音を立てて馬車が止まる。その瞬間、避けられていた視線が絡み合う。サファイアの瞳が月明かりに輝いている。泣き出しそうに揺れる瞳。瞬間、獣は咆哮をあげ、俺の心を喰い破った。
乱暴に抱き上げ、一度も使われなかった夫婦の寝室に細い身体を放り、押さえつけた。
※※※※※
唇を貪り口内を蹂躙する。あの男もこの唇を味わったのだろうか。目も眩むような嫉妬に、心臓が破れそうだ。
無理やり引き下ろしたドレスが裂ける。あの男も目にしたドレスだ。あの視線に汚された服などもう目にしたくない。引きちぎれるのも構わずに、アンジェラーナの肌を露出させる。
露わになったささやかな膨らみに手を這わせる。滑らかな肌に歯をつきたて、所有の証をキツく残しながら、淡く色づく先端を舌で舐る。
「きゃあ………ああ……旦那様……旦那様っ………」
悲鳴をあげて懇願するように縋るアンジェラーナの声。この声をあの男は聞いただろうか。もっと甘く蕩けた声で啼いて見せたのだろうか。
こらえきれない嫉妬に、歯噛みする。嫉妬が噴き出すたびに、アンジェラーナの肌は、淡く血が滲む。
悲痛な悲鳴が鼓膜を震わせるたびに、より凶暴な感情が膨れ上がり、身を焦がす。
つねるように腿に手を滑らせ、アンジェラーナの秘裂を指でなぞる。僅かに潤んだ粘膜。身を起こして、アンジェラーナの細い足首を掴みあげ、大きく足を開かせた。
「あああぁぁ!だ、旦那様っ!ああっ!!」
羞恥に身をよじらせるアンジェラーナを無視して、秘裂を押し広げる。
ひくりと蠢いたそこに身体に熱くなる。反対に心は冷えて怒りがこみ上げる。あの男に開き暴かれることを望んだ身体。ドス黒い獣が怒りの唸りをあげた。
固く充血した花芯も、潤んで誘うように蠢く秘裂も憎くてたまらない。あの男を受け入れることを望んでいた身体。俺を拒むことは許さない。刻みつけ、跡を残したい。
舐め啜り、容赦なく舐る。歯を立て、何度も責め立てる。何度絶頂の絶叫が上がっても許さない。
狭く抵抗するようなそこに指を立てかきまわし暴く。拒むことは許さない。全て暴き、穢し尽くして俺だけのものに。他の者が見向きもしないほど穢してやりたい。嫉妬深い獣の匂いを刷り込んで、他の男が本能のレベルで危険を読み取れるほどに。
花芯を責め嬲り、アンジェラーナが何度目かの悲鳴を上げた。身を震わせるアンジェラーナに覆い被さり、嫉妬に猛った怒張を、唾液と愛液にまみれたそこに突き立て一気に貫く。
「あああああああーーーーっ!!!」
絹を裂くような悲鳴が響くが、暴れ狂う獣に急かされるまま、隘路に何度も穿つ。
奪われるくらいなら、失ってしまうのなら、手に入らないのならいっそ壊してしまいたい。
どんなに焦がれても与えられないのなら、受け入れられないのなら、拒み続けられるのならいっそ引き裂いてしまいたい。
全てを踏みにじり、制圧し支配したい。
「俺のものだ。俺だけのものだ。誰にも渡さない。決して離さない。」
食いしばった隙間から呪詛のように何度も繰り返し、アンジェラーナを貪る。
衝動のまま何度も突き上げ、何度も抉る。
「アンジェラーナ。アンジェラーナ。俺のアンジェ。誰にも渡さない。俺だけのものだ。愛している。愛している。」
華奢な身体が浮き上がるほど突き上げ、アンジェラーナを何度も貫く。理性のない獣のように暴力のような抽挿。
熱い粘膜と絡みつく肉襞に、嫉妬に突き動かされた欲望が膨れ上がる。
「アンジェ!アンジェ!」
焦がれてやまない名を呼びながら、ジーク・フリートはアンジェラーナの一番奥に白濁を吐き出した。
振り絞るように最後の一滴まで中に出し切り、アンジェラーナを抱きしめ、我に返る。
「アン…ジェラーナ……」
無残に引き裂かれ、ぐったりと肢体を投げ出すアンジェラーナにジークの理性がようやく戻る。
ズルリと引き抜いた怒張の後に、赤を混ぜた白濁がごぽりと溢れた。
「あ、あ、なんて事を……。すまない。すまない。アンジェラーナ。」
縋るように手を伸ばすも、躊躇う手はアンジェラーナに触れられない。
呼びかけに薄く目を開けたアンジェラーナに、ジークは恐れるように身を離そうとした。
震える手がそれを引き止める。
「すまない。すまない。アンジェラーナ。愛しているんだ。それなのに…それなのに…俺は…俺は……」
嗚咽が慟哭に変わり、後悔に涙するジークに、アンジェラーナは途切れ途切れに声を振り絞る。
「何を……謝る……のです?………貴方は私の旦那様………今日……ようや…く、初夜を………迎えたのです………待たせてしまい………わたくしこそ……申し訳ございません……」
「アンジェラーナ。違うんだ。俺は俺は……大切に大切にしたくて………」
「身に刻まれるほど……深い旦那様の…愛を感じ………わたくしは………嬉しいのです…」
「………っ!!」
声もなくアンジェラーナをジークが搔き抱く。無残に散らされてなお美しく気高い高貴な妻。一度も否定も拒絶の言葉が紡がれなかったことに、ジークは今更気付く。
白い首筋に額を埋め、咽び泣く。
「俺は貴女しかいらない。貴女しか愛せない。愛してる。愛してるんだ。貴女が奪われるのが恐ろしい。
あの男が、まだ心にいるうちは触れずにいようと…どんなに時間がかかろうと、ゆっくりで歩み寄っていこうと、そう誓っていたはずなのに……」
「婚姻を結んでからも………ひどい態度を繰り返すわたくしに………旦那様は優しく誠意を持って……接してくださいました……
裏切りに、心を凍らせた……わたくしを…包み、もう一度……愛することを思い出させて下さったのは……旦那様です。」
「アンジェラーナ。」
「………ダンは……媚薬を盛られたのだと………それでも裏切りは覆らない……もう少しだけ、お待ちください。旦那様……曇りなく愛をお伝えできるまで……それほどかかりません……
誠実な心で接してくださる旦那様に……私が愛をお伝えできるよう…あと少しだけ、心を整理する時間をくださいませ。」
「アンジェラーナ。愛しいアンジェ。いくらでも待つ。貴女が私に愛を伝えてくれる未来があるのなら。」
「ありがとう…ございます……申し訳ござい…ません。……少しだけ休ませてください。」
「ああ、もちろんだよ。無理をさせてすまない。ゆっくり休んでほしい。」
そっと毛布で包むと、ホッとしたように笑みを浮かべて、アンジェラーナは眠りに落ちた。
そっと髪を梳き、愛しい妻の寝顔を見つめる瞳からは、ハラハラと涙が滑り落ちる。
そうだね、アンジェラーナ。例え媚薬だったとしても裏切りは裏切り。たった一度だけが何度も繰り返されたのは明確な裏切りだ。
たった一度の、媚薬で肉欲に溺れ、何度も明確な裏切りを重ねたんだろう?
知っている。そんな男は媚薬がなくてもいずれ裏切る。ジークはきっかけを与えただけ。美しく気高い猫のような貴女を、確実に手に入れることのできるタイミングで。
俺は裏切ることはない。ただひたすらに貴女に魅せられて、もうずっと長い間焦がれ続けている。
貴女が愛を囁いてくれるまで、囁いてくれたその後も、俺は変わらず貴女に囚われ焦がれ続けていく。
何度でも跪いて愛を乞い続ける。
貴女が俺を魅了するたびに。貴女の愛が俺の想いと同じだけ深まるまで。貴女が俺の罪を赦してくれるまで。
跪いて愛を乞う。
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