秘密の切り札 前編

1/1

80人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

秘密の切り札 前編

 バタンと乱暴に開かれた扉。女は立ちはだかるようにフェリオルから母親を隠した。  輝く白金の髪、剣呑に色を濃くしている翡翠の瞳。社交界に姿をほとんど現すことがなかった、宰相の手中の珠。確かに目を見張るほどに美しくなった。侯爵の親ばかっぷりはそう的外れでもなかったらしい。フェリオルはしばし沈黙し口を開いた。  「フェルーディオ侯爵が娘、アデーレだな?」  決然と頷いたアデーレに、フェリオルが顎をしゃくった。控えていた騎士が一歩踏み出す。  「侯爵夫人を保護しろ。」  「母様には指一本触れさせないわ!」  アデーレが近づく騎士と、フェリオルの澄み渡る空の瞳をキツく睨みつける。口角を緩く上げ、フェリオルは尊大に笑った。  「警戒するな、フェルーディオ侯爵の依頼で来た。」  「……父様の?」  「時間がない。夫人を保護し手はず通りに。アデーレ、お前は俺と来い。」    フェリオルはマントを外しアデーレに頭から被せ、抱き上げるとさっさと歩き出した。  「やっ!母様!離して!!」  「言ったはずだ。時間がない。事情はここを離れてから話す。母君を守りたければ大人しくしていろ。」  「アデーレ!大丈夫よ。」  騎士に支えられ扉に向う母の呼びかけに、アデーレは抵抗をやめた。もとより抵抗をものともしない揺るぎない男の腕からは逃れようもなかった。 ※※※※※  「どこまで聞いている?」  俯いて震えるアデーレにフェリオルが平坦な声で訪ねた。  「父様が違法薬物の取引の咎で、弟と共に投獄されたと……」  「他には?」  「貴族籍、爵位を剥奪されたとも……」  「そうだな。あのままあそこにいれば、捕えられ侯爵の自白強要の人質にされていた。」  「………っ!?……助けて頂き、ありがとうございます……母は……」  「心配ない。安全な所にいる。」  俯いていたアデーレが僅かに肩から力を抜くのを、フェリオルは鋭い眼差しで見つめた。  「安心できる状況ではない。侯爵と君の弟はこのままなら処刑される。」  「……そんなっ!?父もゼディフィスも潔白です。誰よりも陛下に国に忠誠を尽くしております!!」  鋭い眼差しで射抜くフェリオルに、アデーレは瞳を逸らさず唇を震わせた。無言でその眼差しを睥睨し、フェリオルは口角を上げた。  「フェルーディオ侯爵とその子息だ。間違いなく冤罪だろうさ。だがそれを証明する手立てがあるのか?なんの力もない小娘が証拠もなく喚いたところで何になる?」  アデーレは俯いた。その通りだった。それでも父も弟も間違いなく冤罪だ。ドレスを握りしめ怒りと悔しさに震える。  「………父は畏れ多くも陛下の親友で、その薫陶を受けた弟も、皇室とこの国に命を懸けることを厭わない忠臣です。平民に落とされようともその事実は変わらないっ!!」  顔を上げたアデーレの瞳は怒りに爛々と燃えていた。それを嘲笑うようにフェリオルは鼻を鳴らした。  「こうなるまで何も知らずにいた娘に何ができる?侯爵の溺愛のまま、箱入りに甘んじていたのだろう?社交界に人脈すら持たない。何が必要なのか分かっているか?侯爵を貶めた犯人は?目的は?」  畳み掛けるフェリオルの問いにアデーレは、何一つ答えられなかった。翡翠の瞳から涙が零れた。  「何を取り戻したい?貴族籍か?爵位か?安寧か?」  まるで試すような鋭いフェリオルの瞳に、その問いだけには揺るぎない答えを持つアデーレはきっぱりと言い切った。  「………名誉を……父の、忠義を尽くしたフェルーディオ家の矜持をっ!」  貴族籍も爵位もいらない。皇室に国に民に忠節を尽くしたフェルーディオ家の誇りだけは穢させない。挑むように答えたアデーレに、フェリオルは口角を吊り上げた。まるで獲物を丸呑みにしようと腹を空かせた猛獣のような笑み。  「アデーレ。そのために何ができる?」  「………どんなことでも。」  父を弟の冤罪を晴らし、その名誉が取り戻せるなら何でもする。アデーレの決然とした瞳に、フェリオルは笑みを閃かせる。  「その覚悟があるなら取り戻させてやろう。俺に忠誠を誓え。力も人脈も持たないお前に武器をやろう。奪われたものを奪い返せるだけの、な。」    昂然と顎を逸し、ギラリと光る瞳が細められる。ゾクリと背筋を駆け抜けた畏れを感じながらアデーレは決然とその手を取った。 ※※※※※  フェリオルに連れてこられたのは、高位貴族の隠れ家のような屋敷だった。通されたおそらくフェリオルの私室だろう部屋をアデーレは見回した。  カチャリと続き部屋から、上着を脱いだフェリオが入ってきた。  「……ここは?」  「別宅だ。」  戸惑うアデーレの問いにフェリオルが短く簡潔に答えた。それだけでアデーレはフェリオルが身分も詳細も明かす気が無いことを悟った。  「お前の顔を知る者はほとんどいない。侯爵が真綿に包んで用心深く隠していたからな。」  「………私が甘えていたのです。」  社交活動より本を読んでいたい。そんなアデーレにそれでいいと言ってくれた父に甘えていたのだ。  「どうだかな。まあ、顔を知られていないのは好都合だ。」  「………つまり、私の役割は………間諜……?ですか?」  間諜の役割を求められるなら顔を知られていないのは好都合のはずだ。身を乗り出したアデーレに、フェリオルは肩を竦めた。  「裏工作の実行犯は、デフクリト男爵だ。すでに間諜は潜らせている。」  間諜はすでにいる?アデーレは瞬いた。それなら何を……。眉根を寄せたアデーレを見つめていたフェリオルが、瞳の色を濃くした。  「アデーレ。お前が今使える武器がなんだか分かるか?男を虜にするその美貌だ。奪われたものはそれで取り戻せるだろうな。」  あぁ、そうなのね。アデーレは唇を噛み締めた。求められる役割をアデーレは悟り、頷いた。ずっと守られてきた。そして今動けるのは自分しかいない。  震えながらもしっかりと頷いたアデーレを眺めて、フェリオルは薄く笑った。  「手を出せ。」  素直に手を差し出したアデーレの指に、フェリオルは指輪を嵌めた。翡翠の瞳を瞬かせたアデーレに、フェリオルはニヤリと笑った。  「この指輪は特別製だ。分かる者には俺が贈った物だと分かる。外すな。」  嵌められた指輪をアデーレは見つめる。フェリオルの髪の金に空色の瞳の宝石。一目で相当高価な物だと分かる。    「……互いに顔を知らなくてもこの指輪でどの立場かわかるのですね。」    指輪を見つめ、アデーレは覚悟を決めた。顔を知られていない。それは武器となるという。父と弟を救うため、誰にも知られていない秘匿された間諜。  「………やります。貴方の秘密の切り札になってみせます。」  「………秘密の切り札か。」  おかしそうにフェリオルは短く笑い、スッと立ち上がった。  「アデーレ、服を脱げ。」 ※※※※※  煌々と照らされた室内で、アデーレは男女の営みの現実を思い知らされていた。  「……ふっ!……やぁ……あっ!………ああっ……」  胸の頂を舐め上げながら、アデーレの秘裂に指を突き入れているフェリオルが気配で笑みを漏らした。知らずにいた快楽を丹念に教え込まれながら、アデーレは身を震わせ、自分のものとは思えない甘い声を上げ続けている。    「もう……やめ、ああっ……!!」  ぐちぐちと無遠慮に掻き回され、酷く泥濘んだ粘膜を擦られるたびに、震えるほどの快楽が駆け抜け、灼熱の熱が身体にたまり続ける。もどかしさは際限なく募り続け、身悶えながら嬌声を上げることを止められない。  「アデーレ、イカせてやる。しっかりと覚え込め。」  「んっ!ふぅ……あっ!ああっ!やぁ!あっ!……ああっ!!あぁっ!!!」  ぬるぬると溢れ出していた蜜を塗り込められるように、固く尖った花芯を捏ねるように押し潰される。身体が跳ねるような鮮烈な快楽が突き抜け、中を探る指が蠢くたびに溜まっていく熱が、急速に鮮明になった。  「い、いやぁ!!ああっ……!!あぁ……!だめ!だめ!だめぇ!!ああっ!!ああああーーーーー!!」  膨らみ続けた下腹部を責め苛む熱が、視界が白むほど温度をあげて弾けた。初めて知る深い快楽に身体は明確に愉悦に震え絶頂した。    「……あぁ……はぁ……あぁ……」  絶頂の余韻に白い肢体は不随意に痙攣する。呆然と目を見開き、アデーレは深すぎた快楽に恐怖すら感じながら、身体は貪欲に快楽の余韻を貪っているのを感じていた。  「ふっ……アデーレ、泣くな。深すぎたか?」  伝う涙を指で拭いながら、アデーレが果てるのを食い入るように見ていたフェリオルが、口元に笑みを浮かべた。一瞬優しげに見えた笑みは、酷薄に深まった。  「だが、本番はこれからだ。」  「……待っ……」  汗ばんだ太腿に腕を回され、押し開かれる。そのままぬちゃりとフェリオルの穂先をあてがわれ、ぞくりと奥が引絞られるように疼いたのを感じ、アデーレは思わず身をずり上げた。それを咎めるようにフェリオルは引き寄せ、一気に猛る怒張で隘路を貫いた。  「ひぃっ!!あああーーーーー!!」  絡みつくように残っていた快楽の余韻が、胎内を圧迫する強烈な異物感に霧散してアデーレは悲鳴を上げた。  「ぐぅ……っ!!」  ぐぐもった呻きを漏らしながら、ぶつりと一気に最奥まで貫いたフェリオルが、笑みを零した。  「いくぞ……アデーレ……」  「あああああーーーー!!」  そのまま押さえつけられたアデーレ。開始された抽挿は激しく寝台を軋ませ、アデーレは必死にフェリオルに縋りついた。  自分を貫く灼熱の熱さに翻弄され、揺さぶる律動の激しさに思考はかき混ぜられる。  「アデーレ、苦しいか?だが、まだだ。もっと楽しませろ。」    フッフッと荒く息をつき、情欲と愉悦に口元を歪ませたフェリオルが、アデーレに口付け舌を吸い舐る。ぞくぞくと駆け抜けた快楽に、アデーレはとろりと瞳を蕩かせた。フェリオルを受け入れた膣内が引絞るように締め付けを増す。  「………はぁ……くそっ!」  「あっ!ああっ!!」  体積を増した灼熱が、叩きつけるように奥へと何度も穿たれ、アデーレは悲鳴を上げて仰け反った。  「くっ……はぁ……お前が悪い。」  ぐぽぐぽと音を立てながら、ずりずりとアデーレの粘膜を擦りたてるフェリオルの声から余裕が消える。圧倒的な質量で中を占領する熱棒。こすられるたびアデーレは快楽を拾い続ける。  「はぁ……はぁ……アデーレ……出すぞ……中に、出す……」  「………やぁ………だ、め……中は……だめ……」  膨らみ続ける熱が弾ける時を待ちわびながら、アデーレが無意識に首を振る。その拒絶を吸い取るようにフェリオルは深く口づけを貪りながら、アデーレの最奥に白濁を叩きつけた。  「…………っ!!!」  その衝撃に弓なりにアデーレの身体が仰け反った。その細腰をフェリオルが絡め取り、口付けを深めたまま、余韻を楽しむようにゆるゆると腰を穿ちながら灼熱を出し切った。  びくびくと身体を震わせるアデーレに、小さく口元を歪め、フェリオルは翡翠の瞳を覗き込んだ。  「アデーレ、夜はまだ始まったばかりだ。」  目を見開いたアデーレにフェリオルはニヤリと笑みを閃かせ、深く寝台に沈み込んだアデーレの肌に自身の肌を押し付けた。 ※※※※※  あの夜からアデーレは、毎夜フェリオルに()()を受けていた。順調かと言えばそんなことはなかった。昨夜のフェリオルの囁きが耳に蘇る。  《しっかりしろ、アデーレ。そんなに深く墜ちたのか?こんなにドロドロに溶けてどうする?俺はまだ満足していないぞ?》  ぐずくずに溶かされて、されるがままだった。快楽に溺れて思考は纏まらず、求められるまますべてを明け渡していた。  《また気を遣っていたな。お前は淫らで快楽に弱い。それほど気を遣っていて、秘密の切り札とやらが務まるといいな?》    深い快楽と絶頂に、何度も軽く意識を飛ばした。意地悪な笑みと共に、抱かれる感覚も蘇りアデーレは赤くなって寝台に突っ伏した。羞恥に身をよじりながら毛布をしっかりと巻きつける。  (…………フェリオル様の言う通り。このままじゃいけないわ……)  毎晩毎晩、アデーレは翻弄され喘がされ、気を失うようにして眠り、気付くと朝になっている。優位に立てたことなど一度もないのだ。甘く啼く以外の余裕もなく、余力も残らないほど深く快楽に沈められる。  そんな体たらくのアデーレは間諜として不十分なのだろう。自分でも理解している。こんなことでは情報を抜き取ることも、籠絡することも叶わない。役割も与えられず、毎夜フェリオルの指導に蕩かされているばかり。  《アデーレ、お前の美貌は男を簡単にその気にさせる。そしてその身体で容易く虜にできる。侯爵が隠していたのも無理はない》  もう暴いてしまったがな。と嗤ったフェリオルの声を思い出し、アデーレは勢いよく布団をはいだ。心臓がドキドキと跳ねて、息が苦しい。  (………私だけの責任ではないわ!!)  フェリオルは魅力的過ぎるのだ。金糸の輝く髪。澄み渡る空色の瞳。傲岸に笑みを刻んでいても、それすら震えるほどに美しく妖艶で精悍な美貌。  武芸に秀でていると聞かずとも分かる、逞しく引き締まった肢体。低く肚に響く甘い声。圧倒的なカリスマ性。相手がフェリオルでなければ、アデーレもここまで連敗することはないはずだ。憎い敵であれば嫌悪しか感じないはず。  「そうよ!フェリオル様だからなんだわ!!」  大抵の男はフェリオルほどではないはずだ。アデーレは希望が見えた気がして急いで身支度を整える。父を弟を一刻も早く助け出したい。どんな目に合わされているか。それを思うと鉛を飲み込んだように、胸が痛んだ。  すぐにでも助け出したい。元気な姿を一目見たい。そのためにはフェリオルに自分の力を認めさせなければならない。  「大丈夫!きっとできる!」  姿見で身だしなみを確認し、にわかに湧き上がってきた緊張を深呼吸で宥める。幸い今は部屋に一人。いつもは侍女と女性騎士に監視され、ろくに部屋からも出してもらえない。  「誘惑して籠絡する。アデーレ、できるわね?」  鏡に映る自分に言い聞かせる。できることは多くはない。それでも証明しなければならない。アデーレはぐっと拳を握ると、部屋からそっと抜け出した。      
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

80人が本棚に入れています
本棚に追加