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第3章 羽有ちゃんと天然あざと美少女
お友達になりましょう、という申し出に対し特にこっちが了承をしたという事実はない。
だけどその提案を口に出して聞かせただけで契約は成されたと同じこと。とそう明言こそしてはいないけど考えてるのは確実としか思えないさも当然みたいな態度で、中学二年の四月の始業式その日から以後、木村だりあは小うるさいしじみ蝶か何かみたいにひらひら飛び回ってわたしにつきまとい始めた。
「…おい。天ヶ原、聞いたぞ。最近お前、木村ちゃんと仲いいらしいじゃん」
例によって部活のときに目ざとくわたしを見つけて寄ってくる堂島。今年もこいつとはありがたいことに別のクラスだ。当たり前だけど奥山くん以外にも、三年間で一度も同じ組にならなかった同級生は何人かいる。こいつもそのうちの一人になった。
「いや想像もつかなかったよな。お前みたいな無愛想でとっつきの悪い可愛げのないやつにも、一丁前に親友とかできる日が来るなんてさ」
そう言いつつなんかやけに嬉しそう。去年部活の帰りに何ともぼんやりした恋バナっぽいものを一方的に仕掛けてきたあとは、さっぱりこっちに構って来なかったくせに。ここでとってつけたように浮き足立って絡んできたところを見ると、薄々事情は飲み込めてきた。別に他人の矢印が誰に向いてるかなんて。そもそも何も知りたくないし、興味もないのに。
「何の話をしてるかよくわからないけど。別に誰とも親友にはなってないよ。今までと変わらない」
そう言い捨てて基礎動作でウォーミングアップを始めるわたしのそばで、やつも同じように身体を動かしながら話しかけてくるのをやめない。
「いやいやそっちのクラスになったやつらから聞いてるよ?木村ちゃん、わかるだろ。木村だりあ。一緒に弁当食べたり休み時間も二人で過ごしたりしてるらしいじゃん」
「ああ。…あの子」
わたしはふわふわの柔らかな茶色の髪に彩られたきらきら輝く瞳の美少女の顔を反射的に思い浮かべざるを得なかった。ここ毎日のことで、いい加減見慣れてはいるので。
「お弁当一緒に食べたら親友ってことないでしょ。断る理由も別にないし…。ただそれだけのことだから。そのうちクラスに馴染んで他の友達ができたら、自然とそっちいくようになるんじゃない」
「ふぅん、だけど見てたやつの話じゃ。向こうの方から積極的に押してるってことだし。どういうわけかはわからんけど天ヶ原のこと、あっちの方が気に入ったって話じゃないの?」
そりゃそうだ。こっちの方から行くことなどまあまずないし。わたしが誰かと過ごすことがあるとすれば、それは向こうの方の意志でそうなってることは間違いない。今回のことに限らず。
奴は軽快なフットワークでさっさと基礎動作を順にこなしながら、やけに楽しそうな表情でわたしに構うのをやめない。
「いやあの子とクラス離れちゃったのはちょっと残念だったけど。お前と友達になったんなら、木村ちゃんのことこれからもいろいろ教えてもらえるな。普段どうしてるか報告よろしく。…それにしてもさぁ、本当にお前なんかのどこがそんなに気に入ったんだか。どう考えても話しかけやすいとか一緒にいて楽しいとかいうタイプでもないしな」
彼女の情報を時折こっちに寄越せ、みたいな図々しいお願いをしといてそこから頼んだ当の相手をディスりに来るとは。実に中学生男子らしい無頓着な無神経さだ。
「木村ちゃん、優しいからな。ぼっちのお前が気の毒でほっとけないとでも思ったんじゃね?だけど結果的にもっと気の毒なことに…、ぷふ。並んで歩くとどう見ても一方が片方の引き立て役過ぎて。較べものにならないもんなぁ、レベルが」
「…天ヶ原。組み手始まるぞ、相手頼む。こっちで」
不意にぶっきらぼうな強い調子の呼びかけが割って入った。わたしは肩をすぼめ、呼ばれた方にさっさと移動する。
「何なんだあいつ、あの言いよう。本当にクソ失礼なヤツ。…お前もあんなん黙って聞いてることないのに。顔面に思いきり回し蹴りかましてやりゃいいんだ。ほんと、なに言ってんだかさっきから聞いてりゃ」
わたしを連れて講堂の反対側の隅へと移りながら越智はやたらとぶりぶり怒ってる。
「言い返さないで受け流してるから舐められるんだぞ。あんまり下らないからって取り合わないで無視してるだけじゃあの手のヤツには全然伝わらないよ。…何なんだよ女子に向かってレベルがどうとか。テメェは他人に外見どうこう言える面かっての。五千倍はブスだろあいつの方が」
「…男にブスは。あんま聞いたことない悪口だね」
しかも雰囲気イケメン風味に向かって。なかなか殺意の高い表現だ。
部活を済ませて並んで道場へと向かう道中でも、怒りがおさまらないのか越智はまだ言い足りない様子で次々と文句を吐き出した。
「いやお前は怒らなさ過ぎだよいくら何でも。てか、そりゃ木村が一般的にいってかなり可愛い方なのはまあ、事実だけどさ。別に天ヶ原がそれに較べてどうこうってほど全然酷くないから」
可愛いのは事実なんだな。ちょっと照れたように早口で台詞のその部分をごまかしながらも言わずにはいられない辺り、越智の方も木村だりあを強く意識せざるを得ないでいることはわかった。
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