第3章 羽有ちゃんと天然あざと美少女

11/11
前へ
/22ページ
次へ
「…本当?」 がっつり掴まれた腕を乱暴に振り払うわけにもいかず渋々と足を止めた。 すぐ終わる、って大見得切ったな。じゃあさっさと済ませてもらおうか。 そう思って焦れ焦れする気持ちを抑えてどうなるかじっと待ったけど、わたしを引き留めたときの勢いはどこへやら。再び俯いてもじもじモードに戻ってしまった。所在なくぽつんとそれぞれ立ってるだけのわたしと奥山くんは、一体どうすればいいのか。 その気になれば自分の気持ちをちゃんとはっきり表明できるし、自力で何でも行動できるのに。どうしてこういう面倒くさい振る舞いをいちいちするのかなぁと内心で呆れつつ(本当に呆れただけ。苛々まではしてない)、これ以上時間を食うのも嫌なので。わたしは仕方なく割り切って、だりあの頭越しに困ったような顔をしてただ立っている奥山くんの方に向けて声をかけた。 「奥山くん。…あの、この子があなたに今から。渡したいものがあるらしいんだけど」 「…うん」 彼は事情を飲み込んだようで、神妙な顔つきで頷いた。ごく生真面目な様子で、並外れた美少女が自分に用事があるらしいと知って浮かれたりどぎまぎしてるところは特に見出せない。 わたしの台詞でさすがに覚悟が決まったのか、背中を押されたようにだりあが奥山くんの前へと一歩進んだ。こっちに後ろを向けてるからその表情は見て取れない。 だけど声が普段よりかなり上ずってるから、緊張を押して何とか頑張ってるんだ。ってことはしっかり伝わってきた。 「奥山くん。…これ、あの。受け取ってください。よかったら」 肩が揺れて抱えてたチョコの包みをぶん、と力任せに前に突き出したんだな。と背後からも推測がついた。…それきり無言でとにかく差し出しただけで精一杯、らしい。好きだとか付き合ってくださいとかまではやっぱ無理? 日付がバレンタインだし、その展開はさすがに奥山くんでも予測はついてたようで顔色を変えずに落ち着いて頷き、手を伸ばした。 しかしこれだけ綺麗で可愛い子が決死の顔つきで自分にわざわざチョコを渡しに来たってのに。その冷静な反応…。わたしはだりあの頭越しに奥山くんの表情をそっと観察してみたが、特に感情や反応を押し殺してる風もない。 普通の男子中学生なら舞い上がってふわふわしそうな展開だと思うが。どうやら奥山くんには木村だりあの外見の破壊力はさほど通用してはいないように見える。 彼のこと今まで特別クールな性格だと思ったこともなかったのに。単に女子にまだ興味が芽生えてないかそもそも関心がないって可能性もなくはないが、こう見えて意外と手強いというか。攻略は簡単じゃなさそうだ。 彼は丁寧な手つきで小洒落たデザインのチョコの包みを受け取り、それから何を思ったか顔をしっかり上げて俯いたままのだりあの頭越しにわたしに視線を当てた。 それからやけに穏やかな声で、何故かこっちに向けてはっきりと発音した。 「…ありがとう」 だりあは肩全体で僅かに頷いたけど、まだ視線をあげることもできずに下を向いたままだ。 だから彼女は結局最後まで気づかなかったと思う。チョコをもらった当人が、何故か背後に立ってるわたしの目をまっすぐに見返してお礼の言葉を口にしたことを。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加