第4章 野良猫と夜祭り

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「あとは隣のクラスの子が何人か。堂島くんたちも見学が終わったら一緒に行動したいって言ってるみたい。うゆちゃんもあとから参加する?表彰式とかあるだろうし、観戦だけの子たちとは終わり時間も違っちゃうと思うけど」 「いやまぁ。わたしはいいよ。どうせ両親と親戚も来るし」 いつもながら今回もきっと、わたしに甘々のうちの父と母は双方の祖父母を従えて最前列で応援するに決まってる。大会が終わったあとは速攻で予約してある店に連れて行かれて家族全員揃ってよくやったさすがうちの娘!とか残念だったね。来年こそ絶対優勝できるよ羽有なら。とか大仰に騒ぎ慰めながらあれ食えこれ飲めと…。勝っても負けても今から打ち上げの騒がしさがもう思いやられる。 今年は中華かイタリアンか。予約はとっくにしてあるはずだけど聞くのが面倒で知らないふりしてる。前にうゆももうすぐ高校生だし、そろそろフレンチのコースも行けるよねぇ、東京だとどこがいいだろ?とか嬉しそうに両親が相談を交わしてるのを耳にした気が…。そんなの、ファミレスで充分なのに。 「そっか、うゆちゃんち、いつも家族みんなで応援に来るもんね。そしたら大会終わったあとも友達と遊んでる暇ないか…。一緒に東京でどっか行けたらなぁと思ってたけど。そりゃ、当日は忙しいよね」 やや寂しげに見えなくもない影が彼女の額を覆ってる。たまたま街路樹の下に入ったからだとわかってるのに、ついつられて言い訳をしてしまう。 「別に、大会のとき以外でもその気になればどこでも行けるし。時間のあるときに付き合えばいいんでしょ。それはそれとして、その日は連中に付き合うのもほどほどにしときなよ。調子に乗ってそいつらと一緒に補導とかされないようにして」 内心で、隣のクラスの堂島たちもいるのか。きっと木村だりあと遊ぶんだってうちのクラスの男たちが自慢げに言いふらして、それを聞きつけて目敏く話に噛んできたんだろうな。とちょっと危惧するところがないでもない。あの辺は何となく信用ならん。 だけど、今小耳に挟んだところによると。どうやら無念にも県ベスト4に終わった越智のやつもこのツアーには参加するらしい。そしたらそれとなく事前に声をかけて、しっかりだりあの様子に気を配って目を離さないようにしろ。と念を押しておけば大丈夫か。 あいつも確かこの子には気があるはず。堂島とかがわざとはぐれて彼女をどうにかしようとするかもしれないからとでも言っとけば絶対、だりあを守るために奮起するだろう。軽くておちゃらけてるように見えるけどあいつなら信用できる。任せとけばまあ、わたしの方は当日試合に集中しててもいいかな。 「うゆちゃん心配性だよね。平気だよぉ、みんな顔見知りの同級生だし。すごい不良の子とかもいないもん。渋谷とか原宿ちょっと見て、何か美味しいもの食べて帰ると思う。それに終わったあと、夜はお母さんと待ち合わせてるし」 「ああ、そっか。お母さんと一緒に行くんだっけ」 それでさらにほっとした。東京に用事があるっていう話だから、昼間はそれぞれ別行動で終わり次第合流して帰るんだ。だったらそこまで危険なことないかな。待ち合わせ地点まで越智に送らせればそれでよさそうだ。 だりあは何となくむかつく得意げな表情でふふん、とわたしを横目で見た。 「うゆちゃんて、何だかんだ言いながら実は優しいんだから。わたしの心配してくれるのは嬉しいけど、そんなことより自分のことだよ。今年こそ、全国制覇するんでしょ?そのために中学三年間ずっと、空手頑張ってきたんだし。ろくに青春もしないでさ」 青春するって動詞何だよ。どういう状態のこと表現する言葉なんだ、全然わからん。 「それは。…わかんないよ。出るからにはもちろん、全部勝とうと考えてはいるけど。でもそれは今までの年も同じだし。別に中学最後だからどうとか。これまでと違うことは特に何もない」 去年までだって、負けても来年があるとか考えて試合したことはない。いつも全て勝つ気で戦ってた。それで結果負けたのはわたしの力が純粋に足りなかったからで。気の持ちようとかは関係ないと思う。 しゃんしゃんしゃん、と喚き立てる蝉の声に紛れてだりあの半ば呆れたような呟きが響く。 「うゆちゃんてほんと、ストイック。いつも全部勝ちにいくとか、そのくらいじゃないと全国では戦えないんだろうなぁってのはわかるけど…。でも、今度の大会が終わったら部活は引退でしょ?受験まではまだ少し余裕あるし。そしたら、ちょっとは遊べるよね。たまには息抜きしないと。常に全力疾走じゃスタミナ続かないよ?」 「あんたはいつも。ほどほどの力でまあまあ抜いて走ってるよね…」 そんなやり取りを交わしながら噴き出る汗を拭き拭き、わたしたちはじりじりと照りつける真夏の日差しを浴びてアスファルトの舗道を歩き続けた。 その年の大会をわたしは全国2位の成績で終えた。結局優勝には最後まで至らなかった。 全く悔しくないといえば嘘だけど、相手が自分より強かった。ってのが冷徹なる現実だ。そのことは納得いったので、わたしは結果を引きずらずに翌日から即、受験勉強へと注力する対象をシフトした。
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