第4章 野良猫と夜祭り

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「生活の中に空手がある、っていう日常を学生時代だけじゃなくなるべくずっとフラットに続けていきたいって気持ちはあるけど。空手のために人生を捧げるつもりはない。そのことを当たり前だろって押しつけてくる人と関わりたくもないし。そうすると、やっぱり出来るだけ自然体で空手を続けられる進路を選ぶってことが。わたしにとっては最重要だから」 「…うーん。なるほど、なぁ…」 本人も空手の特待を受けるどうか、ってポジションにいるからいろいろと思うところがあるんだろう。一概にわたしの考え方を否定もできない様子で考え込みつつ唸る越智。それでもまだ釈然としないでいるだりあが口を開くより先に、やや真剣な顔つきでわたしに向かって重ねて尋ねてきた。 「でも、だとすると。どの辺の高校を狙うつもりなんだ?県下でトップの☆☆高とか。寮のある私立の××学園とか?進学校っていうと」 「いやそこまでは。てか、県内でワンツートップじゃんそれは。あと、まず両方とも自宅から通うのが無理だし」 わたしが勉強に本腰入れたからって別にエリート目指そうってつもりはない。そこまでめちゃくちゃ成績よくもないし。 「普通に、公立の○○とか。一応あそこなら大学進学率もまあまあいいし。先のこと考えたら選択肢多くなる方がいい。まだ高校出たあと何したくなるか自分でも想像つかないから。あと、空手部がちゃんとある。うちの中学から進む生徒多いし」 「あー…。そうだな。空手って、必ずしもどこの高校でも普通にある部活ってわけじゃないからな、確かに」 奴は考え深げに両腕を組んだ。 「○○なら、うちの空手部の先輩も結構進学してるもんな。全国的な強豪ってわけじゃないけど県ではそこそこ強いし…。でも俺の成績じゃなあ。あそこ、結構偏差値高いじゃん。うちから通える公立だと一番じゃないか?」 「だから勉強してんじゃん、真面目に。正直これまで空手やってればなんも言われなかったから、親からも学校からも。あんまり本気で勉強に力入れてたとは言えないから…」 「…○○高校かぁ。うゆちゃん、すごいね。あたしにはさすがに。あそこはちょっと、無理かなぁ…」 あんまり大っぴらな話でもないので額を寄せてごそごそ言い合うわたしたちの横で、不意にだりあがぽつんと小声で呟いた。 何となくその声に微妙な寂しさの気配を感じて、わたしはそっちに顔を向けて思わずフォローの言葉を口走る。 「だりあってそんなに成績悪かったっけ。まあまあ普通でしょ、越智とそんなに変わらないくらいで。今から頑張れば別に行けるよ。まだ受験本番まで充分時間あるし」 「いや試験日はまあ先だけど。何気に内申がつらいかな、今からじゃ。…うーん、でも空手部での活動と実績で内申点に何とか下駄履かせて。それで当日一発勝負頑張れば。可能性ゼロでもないかも。…一応進路指導のとき相談してみるか…」 あんたに言ったんじゃないけど。越智が傍らで独り言でぶつぶつ苦悩してるのをよそに、だりあはわたしの台詞に首を可愛らしく傾げて応じた。 「勉強で本気で頑張るとか。あんまりやったことないし、そこまでする気もないや。女の子だし、下手に偏差値良すぎる高校行っちゃうと。お嫁の貰い手なくなっちゃうって、みんな言うし」 「は?」 あまりに時代錯誤過ぎる謎表現を唐突に耳にして、わたしだけでなく隣で越智も意外さで固まってる。 みんなって誰だよ。どこの過去の遺物セクハラオヤジだ、それ。 「…思うんだけど。本人どうこうじゃなくて卒業した学校のレベルで相手を選ぶような人物とは基本結婚しない方がいいと思う。偏差値高すぎるとか低すぎるとかどうでもいいし、余計なお世話じゃないかな。てか、そこまでして。結婚てしなくちゃいけないものか?」 思わず最後まで来て本音が爆発した。越智が常識人ばりに嗜めてくるかと思ったら、意外にも隣でそうだそうだ、とばかりに深く頷いてる。可愛い子の言うことなら普段は全肯定なこいつでも、さっきのだりあの台詞にはさすがに共感しかねたらしい。 「ていうか、木村ならさ。どこのどんな高校行っても結婚する相手がいなくなるなんてことないだろ全然。そんな心配しないで普通に行きたいとこ行ったらいいと思うよ。頑張って○○、目指してもいいんじゃないか?」 そしたらこいつと一緒に通えるよ、とわたしを横から指して付け加える。うん、そうするとまたさらに三年間ぴったりこの子に張りつかれてお守りをせざるを得なくなるわたしの立場のことは。考慮してはくれないってわけ? まあ、高校進めばクラスの数も中学までとは桁違いだし。進路によってクラス分けも決まるから、どのみち同じ組になる確率はそんなに高くない。周りに人が増えて世界が広がればわたし以外の友達もできてこの子も自然と自立するだろうから。だりあがどこに進学しようとこっちが横から口挟んで妨害しなきゃならないほどの問題になるとも思えないが。 越智からそう言われてそうだね、だったらあたし頑張ってみる!と素直に即張り切るだりあを想像してたわけじゃない。 だけど微妙な憂いを頬に残しつつやや大人びた表情でそれを軽く受け流す彼女も何となく予想外ではあった。
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