第4章 野良猫と夜祭り

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「うん、うゆちゃんみたいに自立してる女の子なら。勉強できて空手めちゃくちゃ強くて、それでその辺の男の子たちが結果寄ってこなくても全然気にならないだろうしそれでいいと思う。たくさんの男の人に評価されなくてもうゆちゃんじゃなきゃ駄目っていう素敵な人は絶対ちゃんと現れると思うし…。でもあたしみたいな。特別な個性も取り柄もないような子はさ」 「そんなことないよ。木村には木村のいいとこいっぱいあると思うし」 越智が必死にフォローする。まあ、こいつが本気でそう考えてることは事実だろう。 少なくともこの子の取り柄は顔だけ、とも思ってないに違いない。きっとだりあの中に百のいいところを見出してるんだろうな。恋は盲目と言うし。 そういう男は世界に越智だけとも思わない。木村だりあなら、進学校に行こうが大学に進もうがどこに行ってもそういう天使みたいな頭で彼女のことなら何でも受け入れてくれるやつが、いくらでもその場にぼこぼこ生えてくるに決まってるけど。 本人はそう思ってないのか。なんか意外だ。普段天真爛漫に彼女に群がってくる男の子たちに接してる様子からして、自分の生まれつきの魅力のことは天然に承知してるとばっかり思ってた。 わたしは無神経になり過ぎないよう一応言葉を選びつつ、それでも端的に思ったことをそのまま伝えた。 「あんたの人生だからわたしが口を出すのも変だし、自分で何でも決めればいいと思う。だけどどの進路を選ぶにしても、他人から見てどう思われるかとかそういう基準じゃない方がいいよ。偏差値高いか低いかに関わらず、この学校に通いたいなって自分が本心で感じるところに決めたら。それ以上は特に意見しない」 「うん。…うゆちゃんならまあ、そう言うよね」 ほんのり微笑みを浮かべて呟くその目に、微かに浮かんでる諦めに似た色が気になる。…と思ったらわたしがそれを見てとったことに気づいたのか。不意にぱっと表情を明るくして、いつもの無邪気で天真爛漫な顔つきに戻った。 「大丈夫だよぉ。ちゃんと勉強はしますって、学生の本分だもん。てか、やんないと。○○高校どころか他の学校も落ちそう。せめて公立行かないと。親が泣くと思うし…」 「今そんなに学費気にする必要ないだろ。私立だって、補助出るから」 越智が励ますようにフォローする。まあそれはそうなんだけどね。親の収入が限度額超えるとそれは出ないから…。家庭の事情によりけりだけど。なんとも言えないな。 そういう理由で公立にして、って言われてるのかも。あとは田舎の悲しさで。通える範囲にある程度以上の偏差値の私立が実はない、って話もある。だからせめて公立って言われるのは親からも学校からも、この辺りではそれほど珍しい要求ではなかった。 今度試験前にみんなで一緒に勉強会やろうよ、せっかくだからうゆちゃんに教えてもらおう。とか勝手に盛り上がってる二人をよそ目にわたしは肩をすくめて自分の席につき、次の教科の支度をしながらそんな相談は聞いてません。とばかりに知らないふりを決め込んだ。 わたしは周りの騒ぎにとらわれず、黙々と自分のペースで受験勉強を進めた。部活を引退したあと遅まきながら塾にも通い、短期集中で頑張った。身体の調子を維持するために道場通いも続けてたので、結構忙しい毎日を送ることになった。 「うゆちゃん。夏にプールに付き合ってくれなかったんだし、これくらいはいいでしょ?今度の土曜日、神社の秋祭りの夜店に行こうよ。勉強の息抜きにさ」 息抜きが必要なほどちゃんとやってるのかどうか。今いちわからないつやつやの元気そのものの顔つきで、だりあは駄犬みたいに尻尾をふりふり嬉しそうに声をかけてきた。 「最近塾まで通い始めて。結局全然遊んでくんないじゃん。今からずっと勉強し続けてたら、煮詰まっちゃって来年の本番まで集中力保たないよ?気分転換しよう。一晩くらいいいでしょ」 「そりゃまあ。その程度の時間も時間取れないほどみちみちに棍詰めてるわけじゃないけどさ」 めちゃめちゃ勉強してる。ってすっかり思いこまれてるのに少し気が引けてつい正直に白状してしまう。だいいち単にこれまで遅れてた分を取り返そうとしてるだけで、塾だってそんなに毎日ぎっちり予定を入れてはいない。遊ぼう遊ぼう、と隙があると誘ってくるだりあが面倒くさくて勉強あるから、と言ってるだけのこともあるので。道場通いも普通に続けてるし。…だけど。 「気分転換するにしても。わざわざ夜に外出してまでお祭りに行くなんて気が重い。寝るのが遅くなるし。決まった時間にさっさと寝たい方だから」 「結局夏休みにプールも付き合ってくれなかったのに。夜祭りも駄目かぁ…。今年はお母さんにねだって素敵な柄の新しい浴衣、買ってもらったのになぁ。そしたら着ていく場所がないや…」 見るからにしょぼんと萎れてしまった。そんなこと言われてもさ。 「うゆちゃんとは多分、高校は別々になっちゃうし。何か少しでも一緒にやった思い出を作りたかったのにな。…中学時代の最後にお祭り、一回くらい。お友達と行きたかった」 …たくもう。わたしは諦め混じりにため息をついた。この子、ほんとに面倒くさい。
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