第4章 野良猫と夜祭り

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友達になんかなるんじゃなかった。いや、いつ友達になったんだっけ?そういう覚えはないんだけど。 鍵のかかってない窓から勝手に上がり込んできた猫がいつの間にか完全に家族面して一緒に生活してたらきっとこんな感じなんだろうな。元気がなかったり調子が悪そうだったら、やっぱり病院連れてってやらなきゃって思うじゃん。 野良猫追い払うなら情が移ってからじゃ遅い。わたしはわざとらしくさらに大きなため息を追加して、根負けして呟いた。 「…少しだけだよ。あんまり長居はしない。ひと通り見たらすぐ帰るから。それでよければ」 だりあは現金にぱっと目を輝かせた。さっきまでの悄気っ振りは演技だったのか、と疑うくらいの素早い豹変だ。いやまあ、それでも。別にいいんだけどさ。 「やった。じゃあさ、わたし下ろしたての浴衣着るから。うゆちゃんも浴衣持ってるでしょ?お母さんに訊いてみてよ。女の子の親って、大概用意してるから。うゆちゃんがお祭りに浴衣着て行きたいって言えば絶対泣いて喜ぶよ」 そんなことないでしょ。ていうか、単純に着たくない、あんな動きづらそうなもの。輩に絡まれても絶対回し蹴りとか出来ないじゃん。 「わたしがそういうの嫌がるってうちの家族は知ってるから。無駄な備えはしないと思う。自分だけ着ればいいでしょ。それは各々の自由だし」 「えぇ〜、だったらわたし小学校のときの何とか着れるかもだから。新しいのうゆちゃんに貸してあげようか?お揃いで浴衣着たいよー」 あんまり教室の中で大声で浴衣浴衣言うな。男子が数人ちらちらこっち見てるだろうが。だりあが夜祭りに行くって知れば絶対、何人かついて来たがるに決まってる。 さすがに真っ昼間のプールに較べても、夜にお祭りって言われたらそれは越智に頼めばいいじゃんとは言い返せなかった。 いくらあいつに腕に覚えがあるとは言ってもやっぱり夜の闇の中のことで何があるかわかんないし。二人きりのとき何かに襲われてもこの子を守り切れるかって考えたら、正直わたしが自分で付き添った方がややましかなと…。まあ、実際には。素人相手に怪我させるわけにいかないから、本当のほんとに最後の手段なんだけど、空手は。 だから特に男手は必要ないし、形ばかりさっと赴いてさっと帰りたいわたしには余計な連れはうざい足手まといでしかない。なるべく声を落とさせようと彼女の上がったテンションを落ち着かせるべく声をひそめて話しかけた。 「あんたの身長に合わせて作った浴衣、わたしに着れるわけないじゃん。どのみちだりあだって小学生のときのちっちゃくなったので出かけたくないでしょ。せっかくだから、ちゃんと新調したのを着てきなよ。わたしなんか普段の格好で全然いいよ」 「えー、うゆちゃん絶対和服似合うのにぃ。道着があんなにしゃきっとしてカッコよく見えるんだから。浴衣だって絶対いい。ちょっと和風のきりっとした美人だし、もともと」 いやそんなこと。誰からも言われたことないし、美人とか。お世辞いらない。 わたしは何とかだりあのでかい声を鎮めて周りに話を拡散させないように注力しながら、とりあえずそれだけ付き合ってやればこの子も気が済むだろう。そしたら今度はあんたもそろそろもうちょっと真面目に受験勉強に取り組めば。ってそれを交換条件に発破かけてやるか。と内心でやや前向きに考えを切り替えていた。 「お、りんご飴の屋台あるぞ。木村、奢ってやろっか。それともチョコバナナがいいか?」 「かき氷もあるな。今日は昼間暑かったから。あと、もしもお腹空いてるなら。たこ焼きとか焼きそばは?」 全く。だからこうなるって、まあ予想はしてたけどさ、半ばは。 真ん中にだりあを挟んで両側から前のめりに身を乗り出してあれこれと話しかける越智ともう一人、野崎ってクラスの男子を後ろから見守りながらわたしはこっそりと肩をすくめた。 結局、だりあはすっかりわたしを介して仲良くなってた越智に夜祭りへ行く予定について天然ムーブでそのまま話してしまった。 うゆちゃんが一緒に行ってくれることになったんだ。新しい浴衣着て行くんだよ、大っきなローズの柄なんだ(そんなんあるのか!普通に朝顔とか麻の模様とかかと思ってた)とか無邪気に自慢したので一瞬ひやりとしたが、ああ見えてだりあを真面目に好きな越智はいつになく腰が引けてたのか俺も行くよ。と最初は自分から言い出すことができなかったようだった。 だけどその話を聞きつけた越智の友達の野崎が、もしかしたら奴の恋心を知っていて気を利かせたのかそれとも単に自分が学年一の美少女と夜祭りに行きたかっただけなのか。真偽のほどはわからないが、そしたら俺たちと一緒に行こうよ。と大胆にもだりあに提案したのだった。 わたしにとって幸か不幸か。野崎の言い分が新奇すぎてだりあの心を即動かしたようなのは間違いない。やつはよりによって、大勢に声はかけないで今回は四人で行こうぜ。と言ったのだった。 「そっちは木村と天ヶ原で、あと俺と越智にすれば。ちょうど男女二人ずつになるだろ。ダブルデートじゃん、これって」 何でわたしを勝手に巻き込むんだ!知らんぞそんなん。
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