第4章 野良猫と夜祭り

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だけど青春の思い出にこだわりのあるだりあにとってこれほどの有効打はない。中学生同士秋の夜祭りで浴衣でダブルデート!まるで少女漫画かドラマみたい!って考えで頭が一杯になってしまったようで、男の子メンバーに今回本命が入ってないことなどはとりあえずどうでもいい。それは別に気にならない、ってことらしかった。そんなもんかね。 まあ、二人が両側にぴったりついてだりあに注意を向けてくれてるから。わたしとしてはガードが俄然楽になったことは確かだ。三人の後ろにゆったりとついて歩いて、背後から前方を確認したり時々周囲に目をやったりするだけでいい。野崎はともかく、越智ならとっさの危険にもある程度は対応できるだろうし。 そんなわけで思ったより気持ちの余裕を持っていられたし、はしゃぐだりあの相手を男二人に任せてられて楽だったからそれほど不満は感じてなかったんだけど。 問題は、わたしそっちのけの男子たちの方じゃなく。こっちが疎外感を覚えてないかどうやら気にしてるらしいだりあが、何かにつけて後ろを向いてわたしを話に巻き込もうとしてくることだった。…だから。そういうのはもう、いいのに。 「うゆちゃんはどう?お腹空いてる?スイーツ系じゃない方がいいよね。多分」 いやこっちのことはどうでも…。自分の感覚で普通に答えればいいと思うが。 越智と野崎も彼女に夢中なあまりわたしを置いてきぼりにし過ぎた、と感じたのか振り向いてじっとこっちの返事を待っている。何かを言わなきゃ収まらなそうな流れなので仕方なく答えた。 「夕飯食べてきたから。わたしのことは気にしないで。だりあの欲しいもの買おう。せっかく縁日来たんだから、何がいいか自分で選びなよ」 「あたしも軽くご飯済ませてきたんだ。まだお腹は空いてないなあ、確かに。…デザートは後にしよ。あ、ねぇ。あれ何?面白そう」 空腹感ない、ってのはわたしに無理に合わせたわけじゃなく本当のことらしい。前方のある屋台に目をつけ、目を輝かせて指差した。野崎がそっちに顔を向けて確かめてからああ、と頷いて説明する。 「俺も実際に見るの初めてかも。あれ、射的じゃね?棚に景品が並んでるだろ。鉄砲で撃って、当たったらそれをもらえるんだよ」 「ああ、漫画とかで見たことある。…えー、ちょっとやってみたい。けど、難しいのかな。あたしとろいし…。うゆちゃん、やってみてよ」 いやいや。 「わたしだってやったことないし。てか、興味があるんならさ。まず自分で試してみなよ。他人に頼むのはそれからでしょ」 言い方きつかったかな、と口にしてから内心でほんの少し反省した。だけどこの一年半ほどですっかりわたしの口調に慣れてしまったらしいだりあは特に違和感も感じなかったらしく、素直に自分がまず最初にチャレンジしてみることに決めたようだ。 しかしかえって余計なこと言った。とこっちが思わず後悔してしまうくらい、彼女の射撃の腕はまるっきり駄目駄目だった…。 「いやぁ〜、難しいぃ。ねえこれ、どうやったらちゃんと前に飛ぶの?どうしても変な方に飛んでっちゃうよー」 「ほら、見本見せてやれよ。次は天ヶ原の番な」 いつの間にかしっかり代金を払ってお店の人から受け取った鉄砲を、野崎のやつがわたしの方に当たり前のように渡して寄越す。いやお前が払ったんなら。自分でやりなよ、まず。 「いいよ、わたしは。あんたがやれば?」 「いやお前の方が絶対上手そうだもん。木村に見本見せてやりなよ。空手強いんだから、こういうのも得意だろ?」 そう言って有無を言わせずぐいと押しつけてきた。どんな理屈だ。 「空手と射撃はまるで共通点ないよ。…てかさぁ。わたしは特別運動神経いいわけでもないし、特に射撃はそこら辺とあんまし関係ないと思うよ、才能。センスと経験がものを言うんじゃないの。っていうか。…空手上手いから射的当たるだろうって。普通思わないでしょ」 「そうだよ、何の関係もないだろ。いきなりこんなのできるかよ」 わたしの隣で越智も勢い込んで同調する。いやお前はそれでいいのかよ。わたしは半ば呆れてそっちに目をやった。 「あんたはもう端っからいいとこ見せようって気もないの。諦めんの早すぎじゃない?ここでばしばし当てまくってみせたら。絶対カッコいいのに、と。思うけど」 「う」 腰が引けてる事実をわたしに指摘されて思わず絶句する越智。隠しきれずごまかせないところが正直すぎる。わたしは自分のポケットから素早く五百円玉を取り出してお店の人に差し出し、もうひとつ鉄砲を用意してもらい奴に向き直った。 「勝負しようよ。わたしだけ晒し者はごめんだから。空手上級者同士、実力見せ合おうじゃないの」 「わー、カッコいいうゆちゃん。越智くんも。頑張ってぇ〜」 目の前で盛り上がっただりあにめちゃくちゃ喜ばれて、越智も引っ込みがつかずやむなく心を決めたらしい。…やむなく、って言うには。何となく目尻がだらしなく下がって見えた気もしなくもないが。 空手の実力と射的の才能は全然相関関係がない。ってことは程なく目に見えてはっきりした。
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