第3章 羽有ちゃんと天然あざと美少女

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懐かしい下の名前呼び。ほんとに外では久しぶりに聞く(家では未だに両親双方の祖父母たち全員、当たり前のようにちゃん付けで呼んでくる)。ていうか、正直これまで保育園を卒園したあとは本当に奥山くんしかわたしのことをそうやって呼ばなかったし。なのに一方で木村だりあはと言えばお友達申請をしてきた直後から、何の迷いもなくいきなりわたしをうゆちゃん呼びし始めたのだった。 「どうしよう体育。今日ってスポーツテストだよね?わたし全部苦手。自信ある種目ひとつもないよ。…あ、あれはちょっとマシかな。えーと座って前にぐーんとするやつ。身体だけはやらかいの。うゆちゃんは何が嫌?」 今日は午前中全部計測だから、朝から体操服で登校だ。制服はやっぱり窮屈だからわたしとしては気楽でありがたいしかない。昇降口で飛びついてきてぴよぴよと何事か囀りながら廊下を進むわたしの周囲を飛び回るその存在感に内心で辟易しながらも、なるべく落ち着いて最低限の応答だけを返した。 「何が嫌とかはない。運動能力や体力を測定する必要があるっていうんなら測る、それだけ。結果が高いか低いかは別に気にすることないと思う。そもそも自分の現状を把握するのが目的なんだろうし」 今出せる数値以上のものはどうせ出せない。結果に一喜一憂してもしょうがない。 わたしにしては割に親切に、考えてることをきちんと言葉にして伝えたと思う。そのことを知ってか知らずか、木村だりあはリュック型鞄を机の横にかけるわたしの周囲をぶんぶんと蜜蜂のように飛び回ってる。 「なんか、発想が大人。そうだよねぇみんなに較べて記録がしょぼいかもとか。今から気にしても仕方ないか。自分のために測るんだもんね?…あ、でも。柔軟だけは自信あるよ。うゆちゃん、わたしと勝負しよ?」 びし、と立てた人差し指を鼻先に突きつけて宣戦布告してきた。何でだよ。 自信のない種目は勝負しないんだな。まあいいけど、勝手に競えば。こっちは普通にやるだけだし。 「…うーん、悔しい。うゆちゃん狡くない?他の種目も全部結果いいのに。あたしの唯一の取り柄が。情け容赦なくあっさり抜かれたぁ…」 体力テストが終わって昼食の時間。教室に戻ってきて机を寄せ合って思い思いに弁当を広げる。当然のようにわたしの机に自分の弁当を持って寄ってきて、横から椅子を引いてきて座りながらしきりに悔しがるだりあに、わたしはすげなく答えて自分の弁当を机の上に置いた。 「空手は身体硬いときついから。小さいときから柔軟性は維持するよう気をつけてる。むしろ他の種目より重要かも。だから、正直あなたに負けてる場合じゃない」 「むむぅ、そっかあ。毎年空手で全国大会まで進んでるんだもんねぇ。そりゃ、勝つのが当たり前かも…」 「…よ。勝負してたんか二人。大人げねーな、天ヶ原。空気読んでちょっとは力抜いてやれよ。木村、一生懸命頑張ったんだろうに」 横から図々しく口を挟んできたやつがいる。通路を挟んだところに島を作ってたグループの中から越智が嬉しそうにこっちを向いて身を乗り出してきた。 いろいろと世話になってることは確かだし、こいつが木村だりあを意識してることはわたしも承知の上だからまあ、ぴしゃりとやって無碍に追い払うのも憚られる。 とはいえ彼女の情報を折に触れて横流しするのは請け負ったけど、直接顔を突き合わせて二人を取り持ってやるつもりだとは言ってない。わたしは憮然となってそれを素っ気なく受け流した。 「体力テストで勝負のために頑張って実力以上の結果出すならともかく。加減して負けてやるとか意味わかんない。そもそも勝ち負けの問題じゃないし。自分の今の力を把握するためのものだって、それは最初から言った」 「そうだよ、別にいいの。あたしが勝手に勝負したいって言っただけだもん、うゆちゃんは悪くない。…あ、そうだ。そしたら越智くん、長座体前屈の結果教えて。もしかしたらあたし、負けてないかも。ちょっと自信あるんだそれだけは」 話に巻き込まれてしょうがないなあ、と言わんばかりにどこか締まらない顔でごそごそと自分の測定数値を教える越智。やった勝ったぁ、とはしゃぐ木村だりあの愛らしさに惹かれて越智と一緒に机を寄せて昼食を摂っていた連中がそれをきっかけに我も我もと参入してくる。 えぇーそんなに身体柔らかいんだ。木村すごいじゃん、と実に嬉しそうに頬を上気させて彼女を見つめる男子中学生たちを横目にわたしはこっそりため息をついた。 木村だりあ本人がまとわりついて来るのはまあ、これまでもそういう風にくっついて来た子を積極的に遠ざけたことはなかったから。彼女だけ特別それより迷惑だとかうざいとまでは思わない。 だけどこの子はやっぱり目立ち過ぎる。掛け値なしにこの辺りじゃ珍しいほどの輝くような美少女だし。 言わば男子中学生ホイホイっていうか。これまで誰にも構われず介入もされずに済んできたのに、身近にこの子がいることによってどうにも目立つしこれに惹かれた他人が虫のように次々と近づいてくる(それも男子限定)。…実に面倒くさい。
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