第3章 羽有ちゃんと天然あざと美少女

4/11
前へ
/22ページ
次へ
こうやってやむなく彼女相手に多少の会話を交わしてると、それに耳を傾けてた近くの男が隙を見て話題に食いついてくる。ってのが完全に通常のパターンになってる。 皆に囲まれて話しかけられて実に嬉しそうに受け応えてるところを見ると、だりあもそれが嫌ってほどじゃないみたいだ。本人は好きで孤立してたわけじゃなくて、本当はたくさんの人に囲まれて賑やかにしてる方が好きな性格なんだろうな。 そしたらこんな感じで人の輪に入るきっかけを掴めるようになれば、いつか自然とわたし以外の友達も増えて。何を話しかけても反応の薄いわたしとのやり取りに飽きて、そのうち離れていってくれるかもしれない。 まあそれまでの辛抱だと思えば我慢できなくもないか。お喋りに興じて箸が止まってる彼女に構わず先に食べ終えた弁当箱の蓋を閉めて、わたしは肩をすぼめてさっさと片付けを始めた。 ところが、夏を終えて秋になり冬が近づいた頃になっても。だりあは一向にわたしのそばから離れようとしなかった。 「…うゆちゃん!今日は部活?」 授業が終わるなりちょこちょこと駆け寄ってくる。もういい加減慣れたけど、周囲の男子がそのたび隙を見て話に入ってくるのは実に鬱陶しい。わたしの席の隣の奴が呼んでもないのに勝手にその声に応じて会話に参加してくる。 「天ヶ原は空手部と道場での稽古、両立してるからすげぇよなあ。俺なんか小学校四年のときにもう、きつくて道場やめちゃったわ。やっぱ本気で根性のあるやつだけが全国まで行けるんだよなぁ…。今年の夏はベスト4だっけ?」 「うん!すごい、カッコよかったよ。あたし応援行ったんだよ。おかーさんに頼んで連れてってもらって」 自分のことみたいに自慢げに胸を張るだりあに突っ込みを入れるどころかちゃんと話に乗って感心してあげるその男。そうか、小4のときまで同じ道場にいたのか。こいつのこと全然覚えてなかった…。 「ええ、全国の会場って東京だろ?すごいなわざわざそこまで行ったの、木村?友情だなー。天ヶ原、ちゃんと感謝しないと」 わたしがそこでうっかり場が白ける意見を開陳するまでもなく、だりあがぶんぶんと首を大きく横に振って遮ってくれて助かった。 「違うの、そんなに大変だったわけじゃ…。うちのお母さん、割とときどき東京行く方だから。頼んで一緒に連れてってもらっただけ。それに、結構会場で知り合いに会ったよ。うちの中学から現地に応援に行った子、たくさんいたみたいだった」 それは初耳。こっちは誰が来てるとか、全然気にしてないから。 隣の席のやつは思い当たったような顔つきで納得して頷いた。 「ああ、そっかぁ。今年は越智とか確か三年の先輩からもひとり?天ヶ原以外にも全国進んだからな。そっちの応援もいたはずだし。それに道場の連中は応援だけじゃなく自分の参考にするためにもできたら観戦に行けって言われるんだよな。天ヶ原のためだけじゃないなら結構人いても納得。…ああ、いや。みんなお前のことも応援してたと思うよ?そりゃ、現地にいたからにはね」 「そうだよ、みんな観客席で声出してすごい応援してたよ。うゆちゃんが結局一番最後まで残ったし。それに、空手関係者だけじゃなかったよ?わたし、いろんな人に会ったもん」 そのときのことを思い出してか、何故かだりあは嬉しそうにふふん、と笑った。会場で会った同中の子たちに構ってもらえて楽しかった記憶でもあるのかもしれない。 「そっかあ、俺も行けばよかったなぁ。友達の応援て言えばうちの親も交通費出してくれたかも。みんなでついでに東京で遊んでこられるいいチャンスだったかもな。来年はそうしよ。木村、そしたら向こうで渋谷とか行かね?」 「あの、わたしは毎年必ず全国進めるって決まってないから。東京遊びに行くならそれはそれで、別に計画した方がいいと思う。…当てにされても」 とばっちりを受けたくないので念押しに横から口を出した。途端に二人から揃って猛反撃を喰らう。 「何言ってんだ、弱気でどうする。お前確か小学校の五年生くらいからもうずっと毎年全国進んでんだろ?来年だって当然優勝するよな、県大会?てか三年の中学最後の年こそ全国制覇だろ!」 「うゆちゃんなら絶対大丈夫。心配いらないよ、わたしやみんながついてるからね。全力で応援するから、きっと今度こそ日本一になれるよ」 いや、今からそんなこと言われても。…むしろ、やれやれこれでしばらくの間大会もないし落ち着いてゆっくり休めるなと思ってるのに。次の大会の予選が始まるまでだってまだ半年以上あるんだ。少しは忘れさせてくれ、あんなもん。 外から見たら毎年全国に駒を進めてるから季節の風物詩程度に思えるのかもしれないが。こっちは毎年一戦一戦、何の積み立ても保証もない中いちから地道に勝ち上がってるわけで…。まあ、ここで愚痴言っても仕方ないけど。 「うゆちゃんはいいなぁ、誰にも真似できない特別な才能があって。わたしも何かあればよかった。運動系は無理なのわかってるけど、勉強もなぁ…。一生懸命頑張ってもみんなもやってるから、なかなか成績上がんないし」 鞄を背負って部室に向かうべく教室を出ると、昇降口まで一緒に帰ろ!と言って小走りにあとをついてきた。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加