第3章 羽有ちゃんと天然あざと美少女

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大した距離もないのにそのくらい、一人で行ってもあっという間だと思うが。 ほんの僅かの時間でもべったりくっつきたがる。こんなに一人でいるのが苦手なのに、一体去年まではどうしてたんだろう。前のクラスで仲良かった子とわあ、どうしてる?とか顔合わせて話したりしてる場面を見た記憶が全然ないんだけど。 「特別なって言うけど。現実にまだ一度も全国で優勝してないし。上には上がいるわけで、別にわたしの空手の才能は唯一でも無二でもない。並よりできるって言われればそれはそう。でも他のことはまあみんな普通だし。それがないと人生違ったってほどでもないよ。日常生活では特に役に立つ特技でもない」 将来の職業にするってこと考えても…。精一杯大風呂敷広げても自分の道場を持つ、くらいがせいぜいか。空手の師範でご飯食べてくって言ってもなぁ。これからどんどん少子化進むし。 「もしも何か人生でひとつだけ、飛び抜けた才能がもらえるとしたら。まあ選べる自由があるならあえて空手は選ばないかな…。多分普通より勉強できるとか、料理の腕があるとかの方が。断然将来の潰し効くと思う。選べないけどね、どうせ」 「え、そう言うけどさ。特に何もない人間から見たらやっぱりものすごいことだと思うよ。奇跡みたいな贈り物じゃない?」 下駄箱から出した靴をぽん、と乱雑に地べたに投げたわたしに向かって木村だりあは何だかちょっとポエムな言い回しで応えた。 自分はしゃがんで足許にきちんと靴を揃えて置き、履いたあと俯いてとんとんと爪先を打ちつけて整えながら珍しくもの思わしげな重い声で呟く。 「大抵の人は何についてもよくてまあまあ普通だし、何の取り柄もなくたって健康で元気なんだから。贅沢言ったらばち当たるけどさ…。うゆちゃんは毎日めちゃくちゃ真剣に練習してるし、毎年全国行ってるのもすごい努力の結果なんだってわかるよ。でももしわたしが同じくらい努力重ねても。どの分野でもどうせ同レベルの成果は挙げられないからさ…」 どうせ講堂の入り口でまたすぐ脱ぐ。ってわかってるからいい加減に靴の踵を踏んだまま歩き出すわたしの隣を、身長が低い分コンパスが足りないせいでペンギンみたいに急ぎ足でちょこちょこ進んで何とか歩幅を合わせようと努力しつつ、彼女は独り言のように続けた。 「全力で頑張ってるからこその結果だってわかってても、やっぱり飛び抜けた才能がある人を見てると。神様に愛されてるなと思うし、わたしにもなんかひとつくらいあったらよかったのになぁって羨ましくはなるかな。それが職業になるかどうかとかよりまずはやっぱカッコいいもん。空手とか。ピアノとか」 「ああ…、はい。彼ね」 確かに。うちの学年で特定の分野で突出してる人といえば当然奥山くんを思い浮かべるのはよくわかる。木村だりあは去年一年間、彼と同じクラスだったんだし。ピアノを弾いてるのを聴く機会も何かとあったはずだ。 そう納得して軽く相槌を打っただけなんだけど。途端に何故か、だりあははっとなったように耳を真っ赤に染めて俯いてしまった。 「あの。えぇと。…別に、具体的な誰かのことを引き合いに出したんじゃなくて。ピアノってのは、単にイメージ。…っていうかそう、一般論だよ?今からあえて奥山くんの話を。ここでしようってわけじゃなくてさ…」 その名を口にしながらさらにますます俯いて、消え入るような小さな声になってしまった。わたしは肩をすぼめて答える。 「あの子について話したいんなら別にそれはそれでいいけど。わたし、何も知らないし言うことないよ?去年も今年も同じクラスじゃないからここんとこほとんど話してない。そっちの方がよほど接点あるし、最近の奥山くんについては。知ってることも全然多いんじゃない?」 「ううん、違うの。…別に、あの人について知りたくて。うゆちゃんに近づいたりしたわけじゃ…。それはそれ、これはこれだから。うゆちゃんと仲良しなのは。奥山くんとの接点が欲しいとか、そういう理由じゃ全然なくて」 いや別に。そう思って近づかれたんだったらショック受けるとか、そんなのないけど。わたしは。 でも、期待させたら悪いし。一応それは断っといた方がいいかな。と判断して、わたしは遠慮なく即そのことを口にした。 「もし紹介してほしいとか取り持って欲しいとかなら、真面目な話もっと彼と仲のいい他の人に頼んだ方がいいよ。別に嫌とかじゃなくて、本当にもうずっと顔も合わせてないし話してないんだ。機会がないから自然にはできない。力になれなくて悪いけど」 正直に打ち明けて説明すると、彼女は耳を真っ赤にしたままぶんぶんと子どものように首をぶん回してむきになって否定した。 「そんなつもり。…最初からないよ。だいいち、去年はわたしあの人と同じクラスだったんだよ?さすがに一応面識あるし。紹介してもらわないと話もできないとかではないもん。ただ、…知りたかったの。『天ヶ原羽有』ちゃんって。一体どんなひとなのかなぁって」 いつもの仔犬か仔猫みたいに無邪気にころころ笑顔で喋りまくる様子とは違って、やけにもの思わしげに低い声で呟いてる。
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