第3章 羽有ちゃんと天然あざと美少女

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なんかよくはわからないが。わたしのことを知りたくて自分からあえて近づいたという割にあまり楽しくはなさそうだ。まあそりゃ、無理ないというか。それはそうだろうと思うけど。 「それはわざわざごめんね。大して面白くもない結果で。何の変哲もないし別に、普通でしょ?どんなやつかわかってみれば、結局は知り合いになる手間かけるほどのことでもなかっただろうし」 一応慰め気味にそんな風に声をかけると、彼女は思わずといった感じで足を止めて呆れた顔つきでわたしを見返し、それから一瞬ののちに弾けたような笑顔で噴き出した。 「うゆちゃんて…。やっぱ、面白い。本気で言ってるのがすごいよね。仲良しになるまでは今ひとつわかんなかったけど。実際に自分のこと、平凡で普通だって考えてるなんて…」 「何がおかしいのかわからん。だって、普通じゃん」 天然扱いされたみたいで憮然となる。成績もまあまあ、容姿も特にどうってことない。校則はあえて破るのが面倒って理由でそこそこ守ってるし集団を乱すほど反対の行動もしない。こんな風に無難に静かに毎日過ごしてる中学生、どこ取っても何一つ別に尖ってなくない?単に空手がちょっと他人よりできるくらいで。 だりあはひとしきり笑って、何とか喋れるようになったところで目の辺りを手の甲で拭いながらまだ笑いの残る声で息も絶えだえに独りごちた。 「…いやこんな『普通』の女の子。全然いるわけないじゃん。自分が変わってるって、本心から考えてないの受ける。そういうとこなんていうか。…さすがうゆちゃん、って感じ。だよねぇ…」 それがどのくらいだりあの本心からの言葉だったのかはわからないが。本人が実際に口にした台詞が公式と認定して、それ以上はもうこっちが裏まで気を回す必要なし。と割り切り、わたしは以後彼女と奥山くんを取り持つことについては全く考えるのをやめた。 学年に2クラスしかない狭い環境だけど、その中でだりあが頼れるのが唯一わたしだけってこともないだろう。女友達は見たところいなさ気だけど、彼女がにっこり笑えばぼうっとなって動いてくれる男はいくらでもいそう。そもそも男子を頼った方が奥山くんと親しい子にたどり着ける確率も高いんじゃないかな。彼は遠目で見た感じ、一緒に行動する友人はほぼ同性みたいだ。 まあ、うちの中学は中途半端な規模の田舎の学校だから。めっちゃ少人数で山の分校的に全員子どものときから身内の和気藹々、ってほどアットホームな雰囲気でもなく、一方で都会ナイズされたさばさばした個人主義や開放的な空気もない。 そのせいかドラマや漫画でよく見るみたいに、学内では男女が入り混じって気のおけない友達みたいにフランクに接してるのはあまり一般的な傾向じゃなかった。 教室の真ん中でこれ見よがしにちょっと派手目の女の子たちと一緒に騒いでるのはクラスで一番目立つ男の子たち、多分いわゆるあれが『陽キャ』か。スクールカーストっていうほどきつくはないが、何となく緩やかにヒエラルキーはあって(っていうか、クラスの大多数はそこに関心ないけど中心で目立ってる人たちは自分たちが優位、って思ってる感じ)そこから離れたところにいる生徒たちは自然と男女別れて固まってることが多いようだった。 わたしはそもそもそういうのと関係ない独立勢力だし、男のみならず女の子とも基本つるまない。だから教室の風景がそんな感じになってるのも二年生になって改めて周囲を見回してやっと気づいた。どのみち用事がある人間は必要に応じてわたしに話しかけてくるし、空手部員であり道場の門下生もあるわたしに用があるのは男子であることの方が多かったから、異性と話す方がもともと多くてそういう傾向からは外れていたが。 だりあも何が理由ってわけでもなく自然と女子から浮いてたし、一方で男子たちは隙あらば彼女の気を惹こうとしてるのがありありだった。 だからあの子が本気で奥山くんともっと仲良くなりたい、と願うならなるべく彼に近しい友人を捕まえて手懐けて、繋ぎを作ってもらうのが一番近道に思える。だけどわたしが当てにならないと判明しても彼女は特に別の手段を講じたりせず、変わらずわたしのそばでふわふわちょこちょことつきまとい続けていた。 「ねーねーうゆちゃん。そろそろバレンタインだよバレンタイン。…どうすんの今年は?やっぱりあげないの、奥山くんに?」 中休みの僅かの時間でもいちいち椅子を引っ張ってきてわたしの席に近づいてきたかと思うと、やや声を落として周囲を窺いながら話しかけてくる。 その声がわかりやすくわくわく弾んでるのに内心げんなりだ。てか、何なのその振り。自分が贈りたいなら素直にそうすればいいのに。あえて他人に振る必要ある? 「何度も言ってるけど、今は接点ないから。わざわざ隣のクラスに行って何か渡す必然性は感じない。以前一緒に行動してたときだって。チョコなんか別にあげたことないのに」 とやや素っ気なく口にしてから、あれそうだっけ。なんかチョコあげる、って言葉が胸の隅にひっかかる。と一旦台詞を切ってつい記憶の底をさらってしまった。
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