第3章 羽有ちゃんと天然あざと美少女

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「うーん、どうなんだろ…。わたしなんかが直に渡しに行っても、なんかうじうじしたはっきりしないやつだなぁとか思われてがっかりされるだけかも。うゆちゃんみたいなきびきびした、はっきり喋れるきりっとした女の子だったら。よかったのになぁ…」 その自覚があるなら頑張ってきびきび喋ればいいだけでは。それくらいは努力で普通に変革可能な気が。 それでもありがたいことに説得されて前向きな気持ちになってきたらしく、わたしの背中を押すという見当違いな策略はすっかり忘れたようだ。早くも想像を巡らせて、宙に視線を彷徨わせつつあれこれと検討を始めてる。 「そしたら。…どんなチョコにしようかなぁ。手作り、…はやっぱいきなり怖いか。何入ってるかわかんないからとか言って捨てられたら悲しい。彼ってそもそも甘いもの好きなのかな?それによっても選択が変わってくるね。…ね、そしたらうゆちゃん。今度のお休み、チョコ選びに行くの付き合ってよ。たまにはお買い物しながら一緒に遊ばない?」 女子か。っていやまあ、一応女子なんだった、わたしも。 それはわかってるけどそういういかにもきゃぴきゃぴした付き合いは好みじゃない。だからこそあえて同性の友達を作らないでいたってところもある。ていうかそもそも、わたしとこの子は友人同士なんだっけ?既成事実になりかけてないか、この関係? いつの間にかすっかり向こうのペースに巻き込まれてるな。今後はもう少し注意して程よく距離を置かなきゃと改めて気を引き締めつつ、わたしは肩を素っ気なくすぼめてきっぱりと言い渡した。 「休みの日はわたし、空手あるから。…こればっかりは他人に頼らないで自分がいいと本気で感じるものを選ぶのがいいと思うよ。何を選んだかがその人を表すんじゃないかな。贈り物ってさ。ある意味自己紹介みたいなものでしょ?」 そんなわたしの台詞を意外と真面目に受け止めたみたいで、彼女はあれこれ悩んだ様子ながらも結局自分で考えてちゃんとチョコを用意してきた。 だけどバレンタイン当日。いざ渡しに行くとなったらやっぱりひとりじゃ無理、と言い出して土壇場でわたしに助けを求めてきたのだった。…やれやれ。 「そんなの。…教科書とかジャージとかの落とし物見つけて名前がついてたらふつー、届けに行くじゃん?それと同じ感覚で行けばいいんじゃないの。過剰に意識しすぎるから緊張するんだよ。はいこれ、あーどうもありがとう。で終了。…大丈夫、全然簡単な話だってば」 「ときどき思うんだよね。…うゆちゃんて本当に女子?もしかして女の子なのはガワだけで、中身に小学校低学年男子が入ってるんじゃないかって。さもなきゃおっさんか」 珍しく冷静な顔つきになって白目をこっちに向け、毒気の抜かれた声で突っ込んでくるだりあ。さっきまで嫌だあ〜ひとりじゃ別のクラスの教室になんて行けないー、とかぐずってたくせに。いきなりすんとなるな。 「小学生男子は否定しきらない。でもおっさんはないと思う。わたしの感覚だといい歳したオヤジはこういうの喜びそう。なんか変に男女関係の話に絡もうとしてきたり、テンション上がってはしゃいだりするイメージ」 「あー…。それはわかるかも。近所のスナックで飲んでるおっさんってそういうノリだよね、確かに」 いやそんな人たちは知らない。何であんたはそんなの知ってんの? 「オヤジノリって案外恋バナ好きかも。でもうゆちゃんはそれとは違ってそもそも恋愛に関するセンサーがないタイプだもんね。鈍いっていうか興味なさすぎっていうか…。うゆちゃんを好きになる男の子、気の毒過ぎる。同情しかない」 ぶつぶつ言いながらチョコの包みを入れた袋を抱きしめてる。なんか恨みがましいなぁ。さり気なくディスってくるし。 「そんなやつ存在しないから。心配は無用でしょ。それより、早く行かないと彼帰っちゃうんじゃない?学校にいるうちに渡した方が楽だよ。家まで届けに行くのが面倒じゃなきゃ、そういう手もあるけど」 「え、無理無理。いきなりお家にお邪魔するなんて。…お母さんに非常識な子だと思われちゃうよ。今から嫌われてハンデ背負いたくない」 だりあは慌ててぴょん、と跳ねるように顔を上げてわたしの提案を退けた。そんなこと言ったってさ。 「だって、学校で渡しそびれたらそれしかないじゃん。お宅訪問が嫌なら思いきってもうさっさと決断したら?それともまあ、せっかく用意したチョコ無駄になるけど。結局最後まで渡せなくてすれ違いって結末も、それはそれで後になればほろ苦くもいい思い出か」 「いやいや、終わらせないで勝手に。頑張って行動起こせばいいんでしょ。…わかった、行くよ。てかうゆちゃん、途中まででいいから。とにかく来て一緒に」 不意に眦をきっと決して、腕を掴んできて有無を言わせずずるずると廊下の方へと引っ張られた。もう、何なの。隣の教室くらい一人で行きなよ。 だけどやけに決然と袖を掴まれて大きく腕を振り払うこともできず。下手に動いてこの子を吹っ飛ばしてしまってもいけない。なまじ力がある分、過剰防衛し過ぎると素人相手に怪我をさせてしまいそうだ。
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