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スピラが部屋に入ると、大臣は中にいた者をすべて下がらせた。 彼女が二人きりで一体何を話すつもりなのだろうと思っていると、大臣が椅子から腰を上げて声をかけてくる。 「次の魔女狩りに、おまえも参加させよと王から命が下された」 部屋に入る前に付けられた手枷を見つめていたスピラは、顔を上げて大臣のほうを見た。 剣奴が外に出されるなど、これまでに前例がなかったことだ。 まさか衛兵に取り立ててもらえるのかとスピラは考えたが、これまでこのロマリス帝国で奴隷から出世した者は誰一人としていないことを思い出す。 「そんなことを言って、あたしを殺すつもりかよ? いよいよ邪魔になったか?」 「相変わらず口の利き方を知らんな、おまえは。少しは自分の立場をわきまえろ」 大臣は強い言葉を吐きながら、側にあった杖を手に取ってスピラの眼前に突きつけた。 だが彼女は怯むことなく、睨みつけてくる大臣を見つめ返している。 これまで屈強な男たちを打ち倒し、さらに腹を空かせた猛獣らの牙から生き残って来たのだ。 小太りの中年男の振るう暴力など、スピラにとっては小石をぶつけられるよりも些細なことだった。 そんな彼女の態度を見て、脅しは無駄だと判断した大臣は、顔をしかめながら杖を下ろした。 それから忌々しいと言いたげに背を向け、再び口を開く。 「ふん、まあいい。出発は明日だそうだ。今夜は身体を休めておけ」 「行きたくないと言ったら?」 「そういうと思って、王はおまえに恩赦を出すとおっしゃった。できる限り望みは叶えてやれとな。言ってみろ。何を望む? やはり自由か?」 大臣にそう言われたスピラは、少し考えた後に答えた。 彼女の願いは奴隷から解放されることではなく、この円形闘技場――ティンダーボックスの環境改善だった。 食事や衛生面、さらに冬の寒さをしのぐための設備など、闘技場に出場するすべての人間、猛獣のことを考えてほしいというものだ。 スピラの願いに大臣は思わず顔をしかめたが、すぐに表情を戻して訊ねる。 「本当にそれでいいのか?」 「ああ、それでいい。なんでも叶えてくれるんだろ? まさか無理とは言わねぇよな」 「……わかった。おまえの望み、私から王に伝えておこう」 大臣はスピラの返答が意外だったようで、戸惑いを隠せずにいたが、彼女の言葉を受け入れて下がらせた。 それから檻へと戻されたスピラは、部屋で待っていたライオンを撫でながら横になった。 「ここを出ても奴隷にまともな仕事なんかあるかよ。衛兵になったところで結局使われるのは同じだろうが……」 彼女はそう独り言を呟くと、置いてあった食事を取ってすぐに眠った。 ――次の日の朝。 スピラは闘技場から出た。 魔女狩りの一団に加えられ、郊外にある森の中を進んでいた。 当然手枷は付けられたままだったが、腰には剣と簡素な鎧とは呼べない装備をを身につけている。 話によれば、この一団は森の先にある屋敷に向かっているそうだ。 スピラはたかが魔女一人に、数十人もの兵を集めるなどずいぶんなことだと鼻で笑う。 その行軍中に、彼女に声をかける者などいなかった。 スピラの強さは国中に知れ渡っている。 衛兵たちは誰もが彼女を恐れていた。 たとえ手枷を付けられたままだろうと、ふざけた態度で接すればただでは済まないと思っていたのだろう。 それは一団の指揮官も同じで、スピラとは必要最低限のことしか伝えないし、会話もしない。 嫌われたものだと彼女が思っていると、魔女の住む屋敷が見えてきた。 その屋敷は古びていたが大きく、庭園には様々な武器を構えた無数の石像が立っている。 門もないので、魔女狩りの一団は屋敷に向かってゆっくりと行軍していると――。 「なんだこれは!?」 「魔女だ! きっと魔女の魔法だ!」 前方にいた衛兵たちが騒ぎ始めた。 騒ぎを聞いた指揮官は、一体何が起きたのだと声を張り上げると、返事の代わりに悲鳴が返ってきた。 なんと庭園にあった石像が動き出し、衛兵たちに襲いかかっていたのだ。 突然の強襲と石像が動くというあり得ない事態に、兵たちは陣形を乱して完全に浮足立っていた。 もはや逃げ腰になった兵たちに無数の石像と戦える力はなく、魔女狩りの一団は次々に殺されていく。 「おい、枷を外せ!」 そんな状況の中でスピラは冷静だった。 彼女は側にいた兵らに怒鳴り上げると、拘束を外させて剣を抜き、無数の石像へと飛び込んでいく。 まるで螺旋の中心へと向かっていく光のような動き。 円形闘技場――ティンダーボックスで生き残ってきた独特の剣技で、スピラは石像を斬り倒していく。 「逃げないで戦え! こいつらは思っている以上に脆いぞ!」 スピラの戦いを見て、兵たちの恐怖が消えていく。 剣で倒せる相手だと理解したことで、再び奮い立ったのだ。 それからは指揮系統が戻ったこともあり、魔女狩りの一団は無数の石像を一気に破壊していった。 「よし、皆よくやった! これから屋敷に突入するぞ!」 すべての石像が破壊され、指揮官の男が馬から降りて声を張り上げると、屋敷の扉をぶち破って何かが飛び出してきた。 それは先ほど打ち倒した石像だった。 しかし、その大きさは八メートルはある巨体で、手にはそれぞれ剣と盾も持っている。 「ば、化け物……」 怯んでいた指揮官に向かって石像はその大きく分厚い剣を振るった。 その一撃で、指揮官とその周りにいた兵たちの体が斬り飛ばされてしまった。 胴体が切り離され、皆自分の下半身を見て正気を失うほど喚き出している。 「さすがは魔女の屋敷といったとこだな。こいつはさすがにヤバそうだ……」 それを後方から見ていたスピラは、冷や汗を掻きながらも歩を進めていた。
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