読心の魔法②

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 次の日の午前十一時。わたしはとあるIT関連会社のビルの一室にいた。清掃業者の服装に身を包み、帽子を目深に被って、眼鏡にマスクといういで立ち。モニタリングとは、要するに潜入調査だった。姿はちょっと怪しげではあるが、一応正式な清掃の仕事として請け負っているようだ。  ミコトさんの指示に従ってこのビルの一階事務所を訪れると、挨拶もそこそこに制服と掃除道具一式を渡された。眼鏡とマスクは自前の変装用道具だ。ミコトさんがどうやってここの仕事を取り付けたのかは大いに謎ではあるが、考えてもわかりそうにはない。  わたしがいる部屋は割と広めで、軽く百人程度は働いていると思われた。ミコトさんのメモによると、廊下側から見て、向かって左側の端にレナさんの席があるとのこと。どこから仕入れた情報なのだろう。  わたしはフロアの床を掃除機で吸いながら、目的の席に近づく。すると、レナさんがロッカーから荷物を取り出してダンボールに入れているのを見つけた。耳には魔法のイヤリングをつけている。わたしは顔を見られないように気をつけながら、少し離れた位置で床の汚れを落としていた。  彼女はダンボールを自席に置いて、ひとつため息をついた。向かいに座っている女性の様子をちらちらとうかがっている。おそらく、あれがユキノさんなのだろう。ユキノさんは黙々とキーボードを叩いていたが、視線に気づいて呆れたようにレナさんを見た。 「言いたいことがあるなら言えば」  かなりキツめの口調だった。レナさんは気後れして口を開けない様子だ。 「ここを辞めてどうすんの? アテでもあるの」  レナさんは首を横に振った。 「あんたなんか、雇ってくれるところないんじゃない。大人しくここにいればよかったのに」  レナさんはうつむいて視線を泳がせている。 「あんたが途中で投げ出したから、わたしがその分を被る羽目になったんだよ。まったく、こっちの身にもなってよ。……聞いてるの?」  だんだんとユキノさんの口調が激しくなってくる。周囲の他の社員たちも遠巻きに気にし始めた。 「何とか言ったら。これじゃ人形に話してるみたい」  それを聞いて、レナさんが拳を握った。険しい表情で、真っ直ぐユキノさんの顔を睨む。今にも喧嘩が始まりそうで、わたしはハラハラしていた。ところが、不意にレナさんが驚いた顔をして、後退りをした。彼女はそのまま背後のロッカーにもたれかかるようにして床に座り込む。それを見たユキノさんが、慌てたようにレナさんのところに駆け寄った。 「ちょっと、どうしたのよ」  ユキノさんの表情は、明らかに心配そうに見えた。レナさんの方は、膝を抱えて泣き出してしまった。
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