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午後八時。店を開けてすぐに、鈴の音が鳴った。
「こんばんは」
扉の向こうから、レナさんが現れた。午前中とは別人のように晴れやかな顔だ。彼女はミコトさんの前に座ると、イヤリングのケースをテーブルの上に置いた。
「鍵は見つかりましたか?」
ミコトさんが聞くと、彼女は少し声を弾ませた。
「見つかったと思います」
「では、ユキノ様の記憶でお支払いなさいますか?」
レナさんは少し気まずそうにミコトさんの顔を見た。
「その事なんですが……魔法は必要無くなったので、キャンセルしてもいいでしょうか。イヤリングの代金は払わせてください」
「このイヤリングもあくまで試用品としてお貸ししたものですので、代価は頂きません」
ミコトさんが言うと、レナさんは少し困った顔をした。
「本当にいいんでしょうか。このイヤリングが無かったら、ユキノの事をずっと勘違いしたまま、別れてしまうところでした」
「貴方の人生の手助けが出来たのなら、それで十分です」
ミコトさんはイヤリングのケースを引き出しにしまうと、柔らかい微笑みを浮かべた。
「仕事も辞めなくて済みそうなんです。ユキノが裏で話をしてくれていたみたいで」
「それは何よりです」
最初にレナさんがこの店に来た時、そのまま記憶で支払っていたら、そのことにも気づけなかったことになる。ユキノさんの記憶が足らなかったというのは、もしかしたら。わたしはミコトさんの横顔をうかがった。
「記念にこちらをお持ちください」
ミコトさんは、テーブルの端のビンに入れてあった、不思議な色のキャンディをレナさんに差し出した。
「本当にお世話になりました」
「貴方の今後の人生に幸せが訪れますように」
深く頭を下げて、レナさんは店を出ていった。彼女は読心の魔法などなくても、やっていけるだろう。そんな気がした。
「……アヤさん、モニタリングの結果はいかがでしたか」
ミコトさんから不意に聞かれて、わたしは困った。
「結果と言われても……レナさんがイヤリングで何かに気づいて、ユキノさんと仲直りするまで、わたしは陰で見ていただけです」
「十分です。あなたは優秀な助手になれそうですよ」
ミコトさんは満足そうにわたしを見た。一体何を評価されたのかわからないが、ひとまず認められたようで安心する。
「ところでミコトさん、どうやってレナさんの情報を手に入れたんですか? 職場の席まで完璧に合っていましたけど」
「それは企業秘密ですよ」
そう言って、ミコトさんは人差し指を唇に当てた。どうやら、わたしはまだ助手以上の存在としては認められていないようだ。
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