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時戻しの魔法①
タイムマシンで昔に戻れたら。誰しも一度は考えた事があるのではないだろうか。そんな夢のような魔法が存在する。魔法事典でその魔法を見つけたとき、心がときめいた。その名も『時戻しの魔法』。ただし、過去を変えることはできず、戻っていられる時間も僅かな間だけ。結局のところ、少しだけ過去の夢を見られる魔法という程度のものでしかない。さらに、この魔法は人生で一度しか使えないという縛りまである。解説を読んで、わたしのときめきも急速にしぼんでしまったのだが。
ある日、ひとりのお客様が店を訪れた。年齢は七十代は超えていそうなおじいさん。ソフトハットを被り、ジャケットを羽織った、素敵な紳士だ。
彼がゆっくりとミコトさんの前に座ると、魔法事典が『時戻しの魔法』を示したのだ。ミコトさんは、黙ってカードにペンを走らせた。
ご注文 No・017 時戻しの魔法
現金でのお支払い 1億2千万円
時間でのお支払い 5000日
ミコトさんの後ろからカードを目の端に捉えて、わたしは内心驚いていた。文字通り、桁が違う。
「お支払いの説明に入る前に、こちらの魔法の説明を致します」
ミコトさんは、時戻しの魔法の制限事項を彼に説明した。
「時を戻した先での体験は、あくまでも貴方の中にしか残りません。それでもよろしければ、お売り致しましょう」
体験するだけの魔法なのに、この価格設定はどういうことなんだろう。わたしなら諦めるところだが、彼は前のめりになってうなずいた。
「ぜひ、詳しいお話しを聞かせて頂きたいですな」
「承知致しました」
ミコトさんはいつものように、支払いの方法を彼に説明する。彼は時間での支払いを望んだ。
わたしは契約書をテーブルの上に置いて、ミコトさんの代わりに、時間での支払いについて説明した。
一つ目は寿命。未来の時間を代価とする方法。
二つ目は労働。現在進行形の時間を代価に充てる方法。
三つ目は記憶。過去の時間を代価とする方法。
彼は黙って説明を聞いていたが、優しい眼差しでわたしに問いかけた。
「寿命で払うとしたら、私の場合はどうなりますか」
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