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時戻しの魔法②
イチョウの葉が折り重なって、黄色い道を作っている。わたしはイチョウの木が並ぶ遊歩道に立っていた。右手にはミコトさんに渡された懐中時計を握っている。ここが過去の世界なのかどうかは、辺りの風景からはうかがい知れない。
並木道を少し歩いたところで、わたしはアキオさんの後ろ姿を見つけて、声をかけた。
「ここがどこか、ご存知ですか?」
「銀杏公園ですよ。四十八年前のね」
そう言って、彼は目配せをした。彼の視線の先に、イチョウの木にもたれて天を仰ぐ若い女性の姿があった。長い黒髪のその女性は、少しレトロな花柄のワンピースを着ている。よく見ると、小刻みに肩を揺らしているようだった。
「あの方は?」
「かつての婚約者です」
そう言って、彼は寂し気な笑みを浮かべてため息をついた。
「この日、彼女と海外に行く約束をしていたんです。お互いの両親に相談せずにね」
いわゆる駆け落ちということだろうか。わたしがかけるべき言葉を探していると、彼が言葉を繋いだ。
「私は彼女より、家を選んでしまった。彼女を裏切ってしまった訳です」
泣いている彼女を見つめながら、彼も感情を押し殺しているようだ。
「お話、されないんですか」
「こんな老いさらばえた身で会っても仕方ないでしょう。私は彼女の姿をひと目見れただけで十分ですよ」
わたしは懐中時計の文字盤を確認した。針は二分過ぎを指している。
「これは幻なんですから、遠慮せずにお話しするべきです」
わたしは若干強引なのは承知の上で、女性に駆け寄った。
「突然すみません。あなたに会わせたい人がいるんです」
戸惑う彼女の手を引いて、アキオさんのところへ連れてくる。彼女は彼の姿を見て驚いたようで、口に手を当てた。
「アキオ……さん?」
アキオさんは一度気まずそうに目を伏せたが、ハンカチを取り出して、彼女の頬を拭った。
「……今更だが、謝っておくよ。すまなかったね、カスミ。絶対に泣かせないという約束を破ってしまった」
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