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カスミと呼ばれた彼女は、真っ直ぐアキオさんを見据えていた。何かを言おうとしたようだったが、すぐに口を閉ざしてしまった。
懐中時計の針が間もなく三分を指そうとしている。ミコトさんからは三分経ったら竜頭をひねるように言われていた。それで元の時代へ戻れるという話だったが、こんな中途半端な形で二人が別れてしまうのは忍びなかった。せめて、二人が胸に秘めているものを打ち明けて欲しい。わたしは懐中時計をポケットに仕舞って、二人を見守った。
「私は四十八年後の未来から来たんだ。信じられないだろう」
「いいえ、信じるわ。どう見てもアキオさんなのに、すっかりお爺さんなんだもの」
カスミさんは目をこすりながら、笑顔になった。
「恥ずかしいな。私だけこんなに歳を取ってしまって」
「そんなことないわ、素敵よ」
二人が見つめ合っているのを見て、こちらも恥ずかしくなってくる。わたしはその場を離れるため、そっと背中を向けた。
「君」
急にアキオさんに呼び止められて、わたしは思わず背筋を伸ばした。
「もう、三分経っているんじゃないかね。これはあくまでお試しなんだろう?」
「さあ……」
とっくに過ぎているのは知っていたが、わたしはとぼけながら懐中時計を取り出した。何故か時計の針が二分五十秒で止まっている。最初は壊れたのかと思ったが、これは、ミコトさんの策略なのかもしれないと感じた。わたしは丁度三分を指したら竜頭をひねるように、としか言われていない。
「まだ、みたいですね」
わたしは懐中時計をアキオさんに見せた。彼は動かない時計を見て目を丸くしていたが、苦笑しながらわたしに頭を下げた。
少し離れたベンチでどのくらい待っただろうか。何しろ時計が動かないのだから、知る術もない。そして、二人が何を語り合ったのかも、わたしは知らない。再開したアキオさんたちの表情は晴れやかだったので、きっといいお話が出来たのだろう。
わたしが懐中時計にもう一度目をやると、それが合図だったように秒針が再び動き出した。
「カスミ、どうか幸せにな」
アキオさんの言葉にカスミさんがうなずいたのを確認してから、わたしは竜頭をひねった。
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