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「如何でしたか」
ミコトさんの声でわたしは我に返った。目の前のテーブルにミコトさんが座って微笑んでいる。隣の椅子にはアキオさんがいて、満足そうな表情で頭を下げた。
「とても長い三分でしたよ」
「そうですか。ということは、あまり満足いただけなかったですかね」
ミコトさんは表情を変えずにそう答える。なんとなく、ミコトさんのやり方が見えてきた。
「カスミはあの後、海外に移り住むことになりましてね」
アキオさんは宙を見つめてつぶやいた。カスミさんの姿を思い描いているのだろうか。
「大分前にあっちで亡くなったと聞いています。だから、『三分』でも話せて本当に良かった」
そう言って、アキオさんはもう一度頭を下げた。
「せめてお礼をさせて頂きたいのですが」
アキオさんが言いかけたとき、チリンと入口のドアの鈴が鳴った。振り返ると、白髪のお婆さんが立っていた。上品な雰囲気を纏う、こちらも素敵な女性だ。
「お待ちしておりました」
ミコトさんが彼女に声をかけ、アキオさんの方を手で指し示す。彼女はアキオさんの元に歩みよると、優しく微笑んだ。
「……まさか、カスミなのかい」
アキオさんは信じられないといった表情で、彼女を見上げた。彼女がカスミさんであることはすぐにわかった。若い頃の面影がある。
「わたしが死んだだなんて、ウソですよ。きっと、貴方のご両親が意地悪をされたのでしょうね」
カスミさんは失笑した。
「……そうだったか。良かった、本当に良かった」
アキオさんは、何度も噛みしめるようにうなずいた。
「アキオさん、あのときのままね」
「……私にはついさっきの事だからな」
「長かったですよ。四十八年間は」
「そうだろうな。本当にすまなかったね」
「いいえ、貴方も同じ時間、待ったのでしょう。四十八年後に貴方に会えることを信じていたから、わたしも頑張れたのよ。沢山、女を磨いてきたわ」
カスミさんが手を差し伸べ、その手をアキオさんが取って立ち上がった。
「お帰りになる前に、記念にこちらをお持ちください」
ミコトさんは、テーブルの端のビンから虹色のキャンディを取り出して、二人に差し出した。
「お世話になりました。貴方がたにも幸せがありますように」
わたしは、帰っていく素敵な二人を見送りながら、ここで働かせて貰えることに、幸せを感じていた。そうなると、わたしが払うべき代価はいつまでも減らないことになるのだが、それはそれでいいかも知れないと思ってしまった。
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