運気誘引の魔法①

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運気誘引の魔法①

 時に人は、思いもよらない不運に見舞われる。傘を持っていない時にゲリラ豪雨に遭ったり、バッグが壊れて財布を落とした日に、ヒールが折れたりするのだ。  もし、人生で訪れる幸運の量が決まっているのなら、うまくコントロールして、ここぞという時に幸運を集中出来ればどんなにいいか。魔法事典には、それに近い魔法が存在する。  『運気誘引の魔法』。魔法習得に払った代価を、そのまま運気に変換する。この魔法は、どのぐらい代価を支払ったかで使える時間や効果が変わる。  その若い男性はキリヤと名乗った。包帯で右腕を吊った状態で、顔にもいくつか擦り傷がある。交通事故にでも遭ったような姿だ。 「お見苦しい格好ですみません」  しきりに恐縮している彼の前で、魔法事典のページがパラパラとめくれていき、『運気誘引の魔法』を示した。いつものように、ミコトさんがペンを走らせる。  ご注文 No・116 運気誘引の魔法  現金でのお支払い 36万円/日  時間でのお支払い 15日/日 「この魔法は使い切りになります。お買い上げ頂いた日数分を使用されたら、魔法の力は失われます」  彼はミコトさんが差し出したカードに視線を落として、難しい顔をしている。 「『運気誘引の魔法』は、その人の運気を最大まで引き上げます。運気とは、幸運を引き寄せ、不幸を退ける力の事です」  ミコトさんの説明を聞いていた彼は、不安気に目を伏せた。 「僕にそんなものがあるんでしょうか。自分で言うのもなんですが、僕はとことん運がないんです。この怪我だって、たまたま落ちてきた植木鉢を避けたら、その先のマンホールの蓋が開いていたんですよ」  話しながら、彼はとても悔しそうに眉をしかめた。確かにお気の毒ではあるが、マンホールに落ちて、腕の怪我程度で済んだのならば、むしろ幸運なのではという気もする。 「なるほど、ご自分は不幸体質だと感じられているわけですね」 「そうです。この手のエピソードには事欠きませんよ」  彼は妙にいきいきして答えた。
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