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記憶の残り香②
わたしたちは天文観測所がある、山の上にやって来ていた。
石橋さんが満点の星空に向けて鐘を振ると、思いの外、澄んだ綺麗な音色が響き渡った。鐘の音の余韻が夜空に吸い込まれていくが、特に何も起こる様子はない。
「まだかな……」
ハルカちゃんが周りをキョロキョロと見回しながら、目を輝かせている。
「あの、念の為にお聞きしますけど、『アカガイ』を見たことは?」
「勿論、ありません。父もどんな姿なのかわからないと言っていました」
雲をつかむような話だ。空から来るのか、地上に現れるのかもわからないのでは、備えようがない。
「そう、父はこうして何度か鐘を振っては、僕に探せと言うんですが、何を探せばいいのかわからない訳です」
彼はわたしの考えを察したのか、そう言った。その口調は、かつての思い出を懐かしんでいるような、優しいものだった。
「ハルカちゃん、わたしは下を探すから、ハルカちゃんは空をよく見てて」
「合点承知」
マナとハルカちゃんは『アカガイ』探しに夢中のようだ。ふたりが楽しそうなので、まあいいか。
二人は小一時間ほど探し回っていたが、疲れたのか座り込んでしまった。
「いないねぇ」
「恥ずかしがってるのかな」
「僕も何度も探したけどね。この感じ、なんだか久しぶりだな」
彼がお面を外して空を見上げる。
「ねえねえ、もしかしたら、そのお面が知ってるかも」
ハルカちゃんは彼が手に持つお面を指さした。
「物には記憶が宿るんだよ。魔法で聞いてみてもいい?」
「そんなことが出来るの?」
彼からお面を受け取ると、ハルカちゃんは表面にかざした手を、くるくると回し始めた。
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