読心の魔法①

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「記憶の価値とは一つの側面からだけではわからないものです。あなたにとって辛い記憶だったとしても、ある人には重要な意味を持つこともあります」 「そんなこと、あり得ません」  ミコトさんは断言する彼女をしばらく見ていたが、小さくうなずいてわたしに目配せした。 「記憶でお支払いの場合、何点か注意事項がございます」  支払う方法によっては、細かい注意事項があって、専用の説明書が用意されている。わたしは、棚の引き出しから記憶で支払う場合の説明書を取り出して、彼女の前に置いた。 「失った記憶が二度と戻らない点についてです。例えば、あなたが一年前の今日から、三百日分の記憶を失ったとします。基本的には、その次の日の三百一日目からの記憶は残るわけですが、失った記憶に繋がる事項も連動して思い出せなくなります」  この点については、わたしも完全には理解仕切れていない。理屈はわかるが、どのぐらいの影響があるのかが推し量れないのだ。 「失った記憶の期間に新しく出会った人がいた場合、その方の記憶を留めて置くことができなくなります。例え、今日の時点で交友があったとしてもです。結果的に代価以上の記憶を失ってしまいますので、この方法はあまりおすすめ出来ません」  記憶とは時間的に繋がっている。出会った事を忘れると、その人が誰かも、何故一緒にいるのかも忘れる。少しでも失った記憶に関わる事があれば、すべて認知出来なくなるのだ。 「わたしは全部忘れたって構いません」  詳しい説明を聞いても、彼女に記憶で支払うことに迷いは無さそうだった。余程辛い過去を持っているのだろうか。 「もう一つ説明しておくと、記憶での支払いは、特定の事柄に絞る方法がございます。例えば、特定の人物、特定の場所などです。この場合は、関連する記憶を束ねた結果、代価相当の時間に足ることが条件となります」 「それなら、是非記憶から消したい人がいます」  彼女は険しい顔をして、両膝の上の拳を握りしめた。
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