◎月◎日

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◎月◎日

      「はああ」  珍しく姉ちゃんがくそデカため息をついていた。 「どうしたの?」  どんぶり飯をかき込みながら訊いてみたけど、理由はわかってる。  三葉の握ったままの手のことだ。 「三葉の手が――」  ほらね。この先、幼稚園、小学校に通うことを考えると心配でたまらないのだ。  友達にいじめられないか、学業に支障はないかとか。  いじめ問題はきっと大丈夫だ。一葉も二葉も側にいるし、何より四葉がついている。  この前も初めて遊びに連れて行った公園で出会った少し年上の女の子が握ったままの手に気づき、意地悪をしてきた。  普段出会うお友だちはすでにそれを認知していて、幼児たちなりに気を遣っているのか、嫌がらせみたいなものはしてこない。  子供ってみんな天使だ。  それで僕は安心して三つ子たちが見える位置のベンチでスマホを見ていた。  後から聞いた話だが、出会ったばかりのその子は三葉の左手を「変なの」と笑ったのだという。  しかも三つ子+1の乗った箱ブランコに無理やり乗り込んで、いきなり大きく揺らしたらしい。両手でつかまっていなければブランコから放り出されそうになるくらいに。  ここまで僕が気づかなかったのは姉ちゃんにぶん殴られても仕方がないほどの大失敗だった。騒ぎに気づいて顔を上げた時には、一葉と二葉が三葉を囲むように庇いあって激しい揺れに耐えていた。  慌てて走り寄ったが、突然、その女の子がブランコから落下し、顔から血を流して激しく泣き出した。井戸端会議に夢中になっていたらしいその子の母親が飛んできて、「うちの子を突き飛ばした」と、三つ子たちを怒鳴り始めた。  でも、突き飛ばしたのは一葉でも二葉でも、ましてや三葉でもない。  四葉だ。  僕はそれをはっきり見た。でも誰がそんなことを信じてくれよう。突き飛ばされたのは事実だから、やったのは一葉か二葉か三葉しかいない。  僕は三つ子の保護者として、この親にしてこの子――の典型みたいな母親に頭から怒鳴られながら、まずは電話の許可を取り、母ちゃんと買い物に出かけた姉ちゃんに急いで連絡を取った。  詳しい事情を話す前に姉ちゃんと横から入って来た母ちゃんにまずひどく怒鳴られたが、三つ子たちに怪我がないと知って、とにかくすぐ行くと電話が切られた。  箱ブランコに座り、くやしそうに唇をかみしめる一葉、二葉、三葉ににやりと笑っているかのように見える四葉を見ながら、事情のわからない僕は謝ることもできないでいた。だって、自分たちに非がないのだからこんな表情を浮かべているのだろうし、いくら霊だといっても四葉だって理由なく悪さをするはずがない。  すると、 「僕、見たよ」  箱ブランコの向こう側でボール遊びをしていた小学三年くらいの三人の少年たちがこちらに近づいてきた。 「そうよね。この子たちが悪いのよね。ちょっとかわいくても腐った性根をしてとんでもない子たちだわ」 「違うよ。意地悪してたの、梨絵ちゃんだよ」  おかっぱ頭をした一人が血だらけの顔をそのままにおかれた女の子を指さした。 「なんですって? そんなはずないでしょ」 「ううん、僕らも見たよ。なっ」 「うん」  他の少年たちもそう言いながらうなずく。 「梨絵ちゃん、この子にひどいこと言ってたんだよ。  そういうことしちゃいけませんって、幼稚園で教えてもらってないの?」  おかっぱ少年が涙と鼻水を流しっぱなしの少女に訊ねたが、返事もしない。 「この子たち言い返しもせず我慢してたよね。なっ」 「うん」 「でもね、突き飛ばすことはないでしょ。こんな大怪我して。意地悪いこと言ったくらいなによ、ブランコに乗せまいとそっちこそ意地悪したんでしょうがっ」  僕の顔と少年たちの顔を交互に見て母親は怒鳴り続ける。 「だから違うっていってるでしょ。おばさん」  おかっぱは鼻でふっと笑って、 「意地悪したのは梨絵ちゃんのほうなんだよ。この子たちの乗ってるブランコに無理やり入って来ていきなり大きく揺らしたんだ。もう少しでこの子たちが落ちるところだったんだから。  それに誰も梨絵ちゃんを突き飛ばしてないからね。自分が揺らした揺れに耐えられなくて勝手に落ちたんだよ。  おばさん、それ以上言うと恥ずかしいし、逆に訴えられるよ」 「そうそう、僕らもばっちり見たし。なっ」 「うん」 「な、なんですって――」  赤やら青やら顔色を変えながら母親は歯軋りした。 「君たちすごく偉かったね」  おかっぱ少年は一葉たちに向かってにこやかに微笑んだ。そして母親を振り返った。 「僕明日の朝の会でこのこと発表する。意地悪に屈することなく頑張った小さな女の子たちと自業自得な女の子とその愚かな母親の話」 「むきぃぃぃ。もういいわっ。梨絵、行くわよっ。もうこんな子たちと遊んでやらなくていいからねっ」  母親はぐずぐずと泣きべそをかいている自分の娘を引っ張って公園から出て行った。 「こっちこそ願い下げだよ」  おかっぱ少年がその後ろ姿に毒づく。 「君たちありがとう。助かったよ」  一葉たちを一人一人抱いてブランコから降ろしながら、僕はおかっぱ少年に礼を言った。  三つ子たちは誰一人泣くことなく、地に足をつけてから少年たちに「ありあちょ」とお礼を言った。  順番にちょこんと頭を下げる三つ子のかわいい仕草に少年たちは照れ笑いを浮かべている。  四葉も同じく頭を下げていたが、もちろん少年たちには見えていない。  ん? なんだ? 他二人の少年の笑顔が三つ子たちに向けられている中、おかっぱの視線だけ僕に向けられている? それって何を意味している?  思案がまとまらないうちに姉ちゃんが駆けつけ、その後ろから母ちゃんも追いついてきた。  母ちゃんが目前に立ったとたん、「何のための子守りじゃああっ」と力いっぱい僕の頭を(はた)いてきた。
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