私の狼煙

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私の狼煙

例年より早く梅雨が明けた空。 青く、太陽の日差しが降り注ぐ。窓を開け放った窓側の席に座り登校してくる学校の仲間達を眺める。 高校2年生の夏。これから先の漠然とした不安と諦めが心に渦巻く。 携帯に流れてくるネットニュースは刺された、撃たれた等の物騒な情報が流れてくる。そんな情報をスクロールして、私は流行りのコスメ情報をタップする。 “頑張りなさい” 大人達は簡単に、平気で困難な言葉を投げかける。 この世界は頑張る者が損をしているではないか。犠牲になっているではないか。 頑張った先に何があるのか。人の最後など、生まれた時から決まっているではないか。 キーンコーン ホームルームの合図の鐘が鳴る。 私は携帯を鞄にしまい、机に突っ伏す。 しばらくして、教室のドアが開き担任の先生が入ってくる。 30代と若く、見た目もソコソコ良い担任はノリも良くクラスでも人気が高かった。 「今日は、皆さんにお話したい事があります」 号令をかけようとする日直を止め、担任は穏やかな声で話し出した。 「…最近の世界は、君達には暗く、希望も無く映っていると思います」 クラスがしんと静まり返る。担任は話し続ける。 「理不尽にあらゆるモノを奪う事の出来る者たちが居る世界で、皆さんは自分自身がちっぽけで、無力な存在に感じているでしょう。もしくは、そんな事実すらにも蓋をしてしまって居る方もいるでしょう」 担任の言葉に私は顔を上げる。バチッと目が合った。担任は目を細め、優しく言った。 「理不尽に抗う為にはどうすべきか…学びなさい」 クラスの全員が息をのむ。 「知識が無ければ、知恵を使う事も、社会に抗う事も出来ません。様々な家庭環境の中で生きている皆さんには難しい事を言っている事も承知しています」 担任の目は、優しいながらも力強かった。 「少しずつで良いです、諦めないで下さい」 そう言い終えると、担任は深く息を吸い、静かに吐いた。そして、いつも皆んなに見せる笑顔に変わる。 「ホームルームは以上です。1限目は数学でしたね、頑張って下さい」 そう言うと教室を出ていく。クラスは微妙な空気に包まれ、数人の生徒が数学の教科書を机の上に出し始める。 私も置き勉していた数学の教科書を机から引っ張り出した。 「失礼します。2年3組の中村です田中先生いらっしゃいますか」 放課後、職員室をノックする。歴史の教科書を握りしめ、私は少し緊張していた。訪ねたのは担任。歴史の担当だった。 担任は私を見ると目を見開き、驚いている様子だった。 「中村さん、どうしましたか?」 担任は私が握りしめている教科書を見た。私は少し俯きながら言う。 「…授業で分からない所があったの…お婆ちゃんがデイから帰ってくるまで少し時間があるから、教えて欲しいなって」 「喜んで、どこが分かりませんか?」 恐る恐る担任を見ると、見た事のない笑顔だった。
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